ダンジョン農家! ~モンスターと始めるハッピーライフ~
ぐう鱈
第1話「こんにちはお肉さん♪」
「がぅ」
巨大な豹のモンスターが小柄な少年の背中をそっと突く。
「アームさん、今日の分はまだだよ」
種を植えながらよっこらしょと腰を上げた少年は笑顔で答える。
「がぅ……」
その答えにあからさまにがっかりしたのか、項垂れる全長3mはあろう巨大な豹。
アームさんと呼ばれた巨大な豹はその姿だけ見れば可愛い動物である。
だが如何せん3mである。凛としたたたずまいを取ると歴戦の勇者も震えあがる迫力があり、その紅く美しい毛並みは王者の貫禄が如く艶やかに輝いている。
「もう、さっき作業始めたばかりだから収穫するはずないじゃん…」
少年はあきれながらに言うと、アームさんは顔を上げうるんだ瞳で少年を見つめる。
「う……その瞳は反則だよ……しょうがないなぁ…」
よっころせっと、そういう掛け声で移動し始めた少年の後を「がうがうがー♪」と少年が作業中に歌っていた鼻歌と同じものを、上機嫌なアームさんも歌いながらついて行く。
「お、さすがダンジョン。育成速度凄いなぁ。これ、もういい感じだな」
熟したトウモロコシを一本もぐ、そして素早く皮をはぎ、ヒゲを取ると金色に輝く実がアームさんの目に映る。
「がうがう!」
アームさんの眼もキラキラに輝き、よだれが垂れる。でも少年の許可がないのでかぶりつかない。
アームさんの眼は戦闘時には視線だけで人に死を連想させる程鋭いのだが、現在は潤んだ瞳でトウモロコシと少年を交互に見ている。もう辛抱たまらない様子だ。
「はい、食べていいよ。回してあげるからゆっくり食べてね」
「がーうー♪」
そして行儀よく食べ始めるアームさん。
それを微笑ましく見つめる少年。
巨大な豹と人間の少年。そんな関係もありなのではないだろうか。
ただ、ここがダンジョンでなければの話。
ただ、その豹がモンスターでなければの話。
神々の想定外。そんな2人が出会うためには数年時を戻さなければならない。
―――(数年前、とある村)―――
「僕はおいもさんがだいすきです!」
土に汚れても笑顔で語る幼い少年アユム、彼は農業が大好きだった。
そして、村の大人たちは幼少の頃から畑に遊びに来て手伝いたがるアユムの笑顔に村の明るい将来を見ていた。
「ふんふーんふん♪」
教えられるまでもなく村人たちの間で受け継がれていた歌を口遊むアユムは誰からも愛される子供だった。
そんなアユムだが週に数日、畑に来ない日がある。
農夫とは言え文字の読み書き、簡単な計算ぐらいできなければ余分に税金を取られる。副業で作った民芸品を安く買いたたかれる。
その為、村では子供たちに週に数日、基本的な学問を学ばせていた。
滅多にないケースで、豊かな村だからこそできる事だとアユム自身も思っていた。
そして学校が終わるとその日はその後自由時間になる。アユムはいつもの幼馴染達に手を引かれ野を駆ける。
「イット兄、リム姉、はやいよー」
正直言うと畑でお手伝いがしたいアユムは、『俺たちは冒険者だ―』と木剣を手に笑うイットと『私は聖女様よ』とほほ笑むリムに苦笑いで着いてゆくしかなかった。アユムはこの3歳年上の幼馴染には逆らえない。しょうがない、子供なのだから。
―――(1年前夜、とある村)―――
「出してください……」
「本当にいいのか?」
「ええ」
ゆっくり進む馬車の上でアユムはそんな会話を聞いた。そっと目を開けると眉を顰める中年冒険者とイット、そしてリムが映る。
「ふぁあ、イット兄。リム姉……これは……夢?」
寝ぼけたアユムの言葉に、顔面蒼白となる中年冒険者。
「な! お前全員自分の意思だといったな。あと兄とか姉ということはこいつ未成年か! お前俺になんてことをさせやがった!」
「何を仰ってるのでしょうか? 俺たちは冒険者になりたい。その事実で間違いないのです。冒険者登録すれば全てが俺達の意思という事になります。全く問題ありません。大丈夫ですよ」
2度寝を始めたアユムは睨み合う2人の会話を聞いていなかった。
「冗談じゃねー! おいラモン村に戻せ!」
「戻していいの?」
焦る中年冒険者にリムがささやく。
「何が言いたい……」
「夜のうちにいなくなった冒険者と子供たち。今頃村は大騒ぎ。そこに戻るのでしょうか?」
イットが身振りを交えて大げさに、だがはっきりと言うと中年冒険者は言葉を返す。
「このままだと俺たちは誘拐犯だ。指名手配される前に馬鹿なガキのいたずらに乗せられたとして小さな罰を受けるくらいなんともない!」
叫ぶ中年冒険者達に「何時だと思ってるの……明日も朝から農作業なんだから寝させて……」と目をこすりながら抗議の声を上げるアユム。
御者をしていたラモンは静かに馬車を止めつつ、『この坊主大物になるな』とこっそり素直な感想を口にした。
「誘拐犯にはなりませんよ。なぜならば全員分の書置きを残してきたましたから。皆さんは安心して街まで私達をお運びください。何の問題もないのですから。何処の村でもよくあるお話、なのですから」
リムの言葉に押し黙る中年冒険者。
「それとも罰を受けに戻りますか?」
「……その坊主も冒険者志望なんだな?」
『そんな訳がない』。中年冒険者もわかっていたが聞いてしまった。
「ええ、勿論じゃないですか」
イットとリムの笑顔。そして安らかに眠るアユム。
「……出してくれ」
翌日、村では騒動が起こった。子供が3人冒険者になりに村を出て行ってしまった。
その内1人は未成年。
残された書置きの文字は少年の文字ではなかった。
筆跡鑑定のないこの時代でもわかるほど違った。
そう、見覚えのある筆跡。村長の三女リムの筆跡だ。
村の面々は村長に詰め寄る。
村長もその事実を認識しながらも、アユムの意思と断定して騒動を終わらせた。
己の家に泥を塗りたくない一心だった。
こうして村長が村人から不信を買いながらも、この一件はよくある『若者の暴走』として処理された。
―――(1日前ダンジョン6層)―――
(やっぱりこうなった……)
心の中で嘆息をつきながらアユムは剣を抜き放つ。
そもそも実力不足なのだ。レベル平均10の6人パーティーでは6層攻略に向かない。
それは組合のダンジョンガイドにも明記されている。
ではなぜ彼らはここにいるのか。
それは前日、宿の食堂でのリーダの発言にある。
『先行投資だ! 次の目標を見ておくのも有意義だ! そう、中層へ行こう!』
皆、【リーダが慣れぬ酒に酔った挙句いつもの思い付きで喋っている】と流してしまおうとしたが、ここで想定外の人間からの発言があった。
『素敵! さすがイット! 先を見てるわね!』
何時もは冷静に諫めるサブリーダがまさかのっかってしまった。
輝く金髪を短く切りそろえた16歳の青年イットは輝くエメラルドの瞳でメンバーに熱く語りかけている。情熱的なだけで悪い人間ではない。
それにいつもはお淑やかなリムがイットを煽っている。
同席していたメンバーは一斉にため息をつくしかなかった。
ここにいるメンバーはまず戦士であるアユム(13)。
村を出るまでは快活なイメージを与える短髪であったが、その奇麗だった茶髪は今では肩にかかる程に伸びている。戦うときだけ髪をくくり、普段は下ろしている。その容姿は根暗で小心者のイメージを与える。実際にパーティー内ではそのような扱いだ。
その横にリーダでありアユムと同じ戦士のイット(16)。
イットの隣に赤髪で【冒険者やっている割に】奇麗な長髪、おっとりとした美人顔に情熱的な赤目。一般的に希少とされる回復魔法の使い手のリム(16)。
リムの隣で興味なさげにご飯をほおばる、16歳には見られないでいつもアユムと同じ13歳に見られ、その時だけ感情をあらわにする少女。この地方では珍しい黒髪黒目の攻撃魔法使いタナス(16)。
そんなタナスが気になるのかいつも横目でチラチラと窺う、茶髪に切れ長な茶色の瞳が特徴的な魔法剣士サム(16)。
最後にアユムの横で胃を押さえている、罠解除や弓を使いパーティーの中衛としてバランサーを務める軽戦士のセル(16)。セルはいつもの軽い調子はなくアユムにアイコンタクトで『お前の幼馴染何とかしてくれ』と送っている。
アユムは『こうなったら無理。ごめん』と首を横に振る。
翌日の6階層挑戦に当たりアユムとセルは準備を重ねた。あるあらゆる可能性を考慮し、不測の事態を想定した。
だから
がぉおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
フロア全体をふるわせる咆哮に遭遇した時、アユムは退路を確保する為、すかさず剣を抜いて前衛に立った。
一斉に逃げ出すのではなく、ゆっくりと悟られないように後退する。
アユムは殿。イットと並んで最後尾を警戒する。
その予定だった。
「炎よ爆ぜろ!」
その呪文が発せられるまでは。
背後からの爆発にアユムは為す術もなく倒れ伏す。
背中の激痛に視界が歪み、爆発の影響で聴力が弱くなっている
回復魔法使いの出番だったが、回復されることはないという事をアユムは知っていた。
薄れて行く意識の中でアユムが最後に聞いたのは、彼女の言葉だった。
「アユム。もう貴方いらない。むしろ邪魔なの」
回復魔法使いリムの爆発魔法。
その直撃を受けたアユムはその場に放置される。
(農家に……なりたかったなぁ……)
意識を手放す直前アユムの視界に巨大な赤いものが映る。
(せめて美味しいって言ってね……)
かなわぬ願いを胸にアユムは激痛に見舞われる意識を手放した。
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