応募原稿の使い回しについての「大前提」
これを書いている数日ほど前から、ツイッター上で新人賞の応募原稿の使い回しの是非について、プロ作家・編集者含めて結構な議論になっています。
私のスタンスは今まで書いてきた通り、「使い回しは正義」です。
そもそも賞の側が「不利」だとか「やめろ」と言うのなら、メフィスト賞のように応募要項にきちんと使い回し禁止と書けばいいだけの話なのです。それを個人がどうこう言うのがまずおかしい。
それに加えて前にも書いたように、使い回しで受賞した作品はかなりの数存在します。ライトノベル、一般文芸に関係なくです。
ただし、この話がこじれているのは、単純にある大前提を無視して話が飛躍しているせいではないかと思うのです。
それについて、この作品で論じていなかったことに気付き、これを引用して議論に参加するような頭の悪い人が出ないよう、ここではっきりと書かせていただきます。
使い回しはいい。ただし、新しい作品を作り・送り続けるという前提の上で。
今回ややこしくなっているのは、一つの作品にどこまで固執するか、という条件の次元が、それぞれ異なるからだと思うのです。
たとえば、初めて書いた小説を傑作だとかたくなに信じ、それ一本書いたきり何も書かずにただ使い回し続ける――こんなのは、全くの論外です。
というか、使い回し別にいいんじゃないの? と言っている人は、そんなに次元の低い人がいると考えてもいないはずです。
そもそも公募に出すことを継続するというのは、すなわち新しい作品を書き上げ続けることと同義なのです。
使い回しは、あくまで可能性を広げる選択肢です。そして選択肢としてのウェイトは、新作を書いて出すことのほうがはるかに重いのです。
目標としていた賞で落選したので、来年用の作品を書く。でもそのままでは惜しいし、別の賞の締め切りとの兼ね合いもいいので、落選作をほかの賞に使い回す――のなら、文句を言われる筋合いはありません。
大前提として、新しいものを常に書き続ける・書き上げる。それを怠って一つの作品だけを使い回し続けるのなら、それはキレられても仕方のないことなのです。
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