気まぐれ

百合烏賊

完結  『気まぐれ』

外から雷雨の音が響く

午後の授業、丁度やけに口うるさい中畑先生の授業だった

雷のせいか、女子生徒の悲鳴や男子生徒の嬉しそうな声が混ざり雑音として、教室に響く

先生の注意が教室の声と入り混じった

私は呆然と窓の外を見ていた

中畑先生はついに怒鳴った

だが、学生たちは怯えることなく、笑っている

クスクスと少し聞こえる声を私は放置し

窓を見続けた

いや、窓の方の席にいる男子生徒を見ていた

その男子生徒とは接点など少ししかない

部活が一緒、同じ班…あげれば、片手で足りるくらいだ

私がなぜ、その男子生徒を見ているのかというと

綺麗だったからだ

…その光景は、綺麗という表現が私はしっくりときた

豪雨と雷、それらが彼を引き立たせているような気がしたのだ

目が隠れるくらいの髪の毛

髪の毛は天然パーマなのかなんなのか…それも彼の魅力だろう

その髪の毛が少しずつ揺れる

前方にある扇風機のせいなのか、それとも少し空いている窓からの風のせいか

私にはわからない

ふと、彼と目が合う

いや、合ったかもしれないだけだった

私は急いで窓を見ていたかのように見せた

「おい、窓ばっかり見るな」

私含む他数名がずっと窓を見つめていたせいだろう

再度、中畑先生の怒号が響いた

窓を見ていた生徒の口から口々にすみませーんとやる気のない謝罪が帰ってくる

私はそれを見てから、教科書に目を向けた

ふと目に入ったのは、夏目漱石の言葉だった

いや、元々は「I Love You」というイギリス英語だが…

「月が綺麗ですね…」

私がふと呟いてみる

それは、教師だった頃の夏目漱石が生徒の言った「I Love You」に対し、日本人はそんな直球で言わない、言葉を濁して言えと教えた言葉だそうだ

合っているかさえ分からない説明を頭で繰り返す

「死んでもいいわ」

そんな言葉が耳に入る

どうやら授業に戻っていたようで、私は急いで黒板に書いてあることをノートに書き留める

答えたのは隣の席の彼だ

先生は私の挙動を気にも留めずに話を続けた

「先ほどの答えのように、言葉を濁して言う月が綺麗ですねの返答は死んでもいいわというのがある。他に答えを知っている人はいるか?」

その返答を考えた…というより、二葉亭四迷が翻訳家として、ロシア文学を訳した「あひゞき」という作品で「Ваша」というロシア語を訳し「死んでもいいわ」となった。

実際の訳は違うけれど、経緯は一緒だからか、返答として用いられるようになったのである

私は無言で手を挙げた、なぜなら誰も手を挙げていないし、思い当たることがあったのだ

「珍しいな、浜野」

「でも、太陽がないと輝けません」

私のその回答は、先輩から教えてもらったものだ

「それを知ってるのか。じゃあ、それはどんな意味を持ってるかは知ってるのか?」

教えてもらっただけなので知っている訳がない

私はクラスメイトからの視線に耐え切れず、わかりませんと言おうとした時

大きな雷鳴が教室に轟いた

だが、違うことが一点ある

停電が起きたのだ

生徒は小さな悲鳴をあげたり、はしゃいだりなど様々だ

先生は落ち着けと叫ぶ

だが、遅い

悲鳴が響いた

それはただの驚愕の叫び声だ

だけれども、混乱を招くには十分だった

教室はザワザワと何?何?と囁いている

電気がつくと同時に生徒の数名が辺りを歩き回っていた

中畑先生がその数名の生徒に怒っているのを少し横目で見てから

この時間を活用し、ノートに書き留めようとした時

紙が置いてあることに気づいた

それを手に取り、黙読する

『意味わかってたらゴメンだけど、さっきの意味はでも、あなたがいなければ意味がない』

書いてあることは先ほど、私が困っていたことだった

文字の特徴に少し気がつき、私は隣の席を見た

それに気づいたのか彼は親指を立てる

その行為で彼がやったのがわかった

私は、軽く頷くかのように礼をする

「で…浜野、答えてくれるか」

「はい。えっと…でも、あなたがいなければ意味がない」

紙の内容を思いだす

私は少し微笑み、窓の外を眺めた

視界の中に入る彼の姿が心地いい

気づけば、授業が終了間際に近づいていた

鐘が鳴る、彼の姿が頭から離れない

それは恋ではない何かで、少し心地よく私は風のそよぐ席で眠った

窓の外の雨はポツポツと穏やかに降っていた

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気まぐれ 百合烏賊 @yurika3416

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