第十二話 トイレに居る人

 祖父の死から数年後、

 そういえば、と気づいたことがある。

 生活の一部過ぎて気にも留めなかったのだ。

 その夜も私は寝静まる家族をよそに目が覚める。

 当然部屋は真っ暗だし、

 シンと静まり返っているである。


 そんな時は大抵トイレから、カラカラカラとトイレットペーパーを引く音がしているのだ。


 同じ部屋の兄は寝ている。

 となりの部屋(とはいってもふすまは開けっぱなし)の両親も寝息をたてている。


 はて、誰がトイレに居るのだろう。

 そう思うのだが再び眠気がやって来てそのまま朝まで寝入ることが何度もあった。


 ある日母に、「夜中に誰がトイレに居るの?」と聞いたとき。

 一瞬奇妙なものをみる目をした母は、

「お父さんが夜中に起きて行っているんじゃないの?」

 と笑顔で答える。


 寝ていたのに?

 と言いたいが、なんとなくまたあの目をされるのが嫌で「そう」と話を終えた。


 そんな日常が何年も続いて。


 転勤で引っ越すことになったと聞いた日の夜。


 また目が覚めると、カラカラカラと音がしている。


 兄に聞いても、そんな音はしないと言われ続けた私は、どうせ引っ越すのならば観てやろうと

 家族を起こさないように布団を出る。


 まだ春には遠い日で、ぶるりと震える寒さだった。

 ヒタヒタと歩く床板が冷たくて、やめようかと悩んだ記憶がある。


 トイレの前に立つ。

 やはり音はこの中から聞こえてくる。

 緊張しつつも、鍵を確認。

 誰も入っていない。


 ふう、と白い息を吐く。


 カラカラカラ、カラカラカラカラ、カラ…ガラガラガラガラガラ!!


 急に音が暴れだす。

 ビクッと体が反応し、開けようと触れたドアノブを離す。


 カラ、カラ、カラ

 と、緩やかに先ほどと変わって静かな音だ。


 開けることにビビってしまった私は、取り敢えずノックをしてみた。


 コンコン

 カラ、カラ、

「誰かいますか?」

 カラ、カラカラ


 音以外の異変はない。

 むしろ、音がするだけで気配もない。


「開けます」

 宣言と同時にドアを開く。



 底はいつも通り、何も変わらないトイレ。

 明かりもつけてみたが、

 本当に何もなかった。


 音は扉を開けると同時に止んでしまっていて、トイレットペーパーも確認したが、異変がない。

 はて、なんなのかと首をかしげると、母が起きてきて早く寝なさいと声をかけられた。


 そのままトイレに入り、用もないのに用を足し、再び眠りにつくのだった。


 この不可思議な現象は、引っ越し先にもついてきた。

 怖いと思ったこともなかったし、現に音がするだけで何も見ていない。

 その音すら、私にしか聞こえていない。


 引っ越し先では、一年ほどしてその音は無くなった。

 その理由はまた別の話で。


 音しかないのになぜ、誰か居ると思っていたのか。


 それは、男の人…30代後半の人が、扉に背を向けて座って、足でバタつかせトイレットペーパーを触っている映像が頭に流れていたからだ。


 大人になって今振り替えると、もしかして

 ドアノブに紐を着けて首を縛り、座ったら……

 あんな格好になるのではないのだろうか。

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