第七話 踊る子供
小学六年生で私は住み慣れた土地を離れなければならなかった。
父の転勤。
仕方がないことなのはわかっていたが、中途半端な時期で方言や地域独自の常識等もあり、中々周りに馴染むことができないでいた。
それでも時が経てば数人の友人はできたし、方言も出来るだけ馴染むようにと使う。聞いている方は違和感を持っていたかもしれないが、馴染もうとしているのは良い印象をもってもらえたようだ。
この学校にも『七不思議』は存在するらしいが、やはり似たり寄ったりの誰か適当に作ったような話ばかりだ。
この学校は新しく、まだ創立13年。
噂では『七不思議作ろうぜ!』と先生が言い始めて作ったとか。
自由な校風で、先生と児童の距離はとても近く、髪を染めている子も何人か居てとても衝撃を覚えた。
そんな学校だから、遊び心旺盛の先生がいても、おかしくはなかった。
現に当時の担任もそれなりにはっちゃけた人であったので。
新しいこの学校になんの謂れがと言いたいが、何もないと言いきれない場所があった。
それが今回の舞台である音楽室。
音楽室は第一と第二の二つあり、何故か隣接していた。
第一音楽室は主に楽器演奏の時に使われ、第二音楽室は歌を歌うなどのさほど音が出ない時に使っていた。
歌の授業中に隣から楽器演奏の音が聞こえる、ちょっとどうなのかと思う音楽室だった。
六年生だからなのか、音楽の授業は基本的に楽器を使うことが多かった。
まずは歌って、その後で楽器演奏。
そのため、楽器類の置いてある第一音楽室ばかり使っていたのだが、
第一音楽室に教室から行くには第二音楽室の前の廊下を通らなければならない。
この学校は児童数も少なく、教室と音楽室等の特別室は離れたエリアにあるので音楽室前の廊下は驚くほど静かだ。
クラスメイトの行き先はみんな同じだから、授業の間に移動となると遅刻しない限り誰か廊下を歩いている。
第二音楽室を通る度に、
チラッ、チラッ、と影が中で揺れている。
あまり見ないようにと思っていても、視界にチラリと何かが動くと反射的に見てしまう。
慌てて前を向き直す事もあったが、覗き込んだ事もあった。
それでも何か見えるわけでもなく、向こう側の窓から燦々と太陽の光を入れて輝く教室でしかなかった。
あれはどんな理由だったか。
もう忘れてしまったが、授業中に音楽室の外に出ることが一度あった。
何かを取ってくるように言われたのか、忘れ物を取りに行ったのか、二時間授業の合間にトイレにいったのか。
兎に角一人で外に出て音楽室に戻ろうと、静かな廊下を歩いてた。
チラッ、チラッ
周りに誰も居ないからこそ、私は覗き込んだのだと思う。
転校生が異質に見られたくなかったから、そう言う話を周りの子にはしなかったし、知らない振りは大分上達していた。
それでも好奇心はある。
お昼前の暖かい日の光で第二音楽室はキラキラとしていた。
埃かなにかに反射して綺麗。
すっと視線を動かす。
あぁ、居た。
走り回るようにクルクルと、ヒラヒラと。
大きさは自分より小さめ。
影だけど暗さはそこまで強くなく、少し色味がある。
男の子、かな?
何だかとても楽しそうに思えた。
これ以上見てないで早く用を済ませて戻ろう。
そう思った時、男の子は急に身震いをして止まった。
あ、と思っても遅い。
暖かい光の入る第二音楽室は、何も変化がないと理解しているのに、少しずつ暗く青みがかってくる気がする。
寒い。
男の子はゆっくりと歩く。
その先には合唱の時に上る低い段差が三段ある長い台。
真ん中の段の、正面より少し廊下側。
ギリギリ私が見える所でその男の子は止まった。
後ろを向いているようでこちらには気づいてない。
去ってしまいたいが、足は根を張った様に動かないし、目線もそらせない。
あぁやってしまったか、参ったなぁと呑気にしている自分もどうかと思いながら、ただ見ていた。
ふわ。
腕が舞った。
ふわふわと腕や体が風に動かされてる布のようにユラユラと舞う。
踊っているみたい。
なのに少しも楽しそうじゃない。
段々と激しくなっていくその動きは足をばたつかせ、狂気じみていた。
うっすらと人のような色があったはずのその男の子は徐々に暗く、影が強くなっていく。
─キーン
金属同士をぶつけたような高い音。
─キィィィィイーーン
男の子はもう言い表せない程の激しい動きで、その場でぐるぐると回りながら踊る。
苦しい。
何だろう、苦しくて目眩がする。
もう真っ暗な色に染まった男の子。
バタバタ、バタバタ。
あれは、
踊っているんじゃなくて、モガイテイル。
必死に。全身で。
もがいていると理解すると同時に、今まで初めて男の子(だったもの)と目が合う。
ぱくぱくぱく
それはもう影でしかなくて、
真っ暗な色で、
目の辺りが少しだけ明るいだけの闇。
口の場所が影を切ったように明かりがぱくぱく開く。
ぱくぱくぱく。
怖さより、苦しい。
─ギィイーーーー
突如後ろで大きな音がした。
その音で我に返ったように、私は後ろを振り返る。
「あ、うごけた」
そんな私の間抜けな声は静かな廊下に吸い込まれて消えた。
さっきまでの苦しさは嘘のように引いていた。
ギィと鳴った音の在処を探すものの、いつも通りの静かな廊下だけ。
教室の扉だってあんな音はしない。
そっと再び第二音楽室を除いてみる。
なにもなかったように、ただ日差しが入る穏やかないつもの風景。
青暗い寒々強いあの光景は嘘のように消えていて、勿論男の子も居ない。
ふぅ、と息を整えて私は何もなかったかのように第一音楽室に戻る。
おかえりと出迎えた友人が、こっちこっちと手を引いて担当楽器の前に連れて行く。
「ってゆうか、手、凄い冷たくない? 何してたの?」
苦笑いしか返すことができなかった。
─後日、偶々男の子の事を知る。
学校の裏門から友人と帰る事があって、そういえばと深い意味もなく尋ねた。
「なんかここら辺って水をよく溜めるところあるよね? 火事とか多いの?」
「あー、それもあるだろうからさ、貯水地? みたいにしてるらしいんだけどさー。 ここら辺元々は池が沢山あった所らしいんよ。
うちらの学校も、元は池やったんよ?
学校作るから埋めたけど、ほらあの水貯めてるとこ見てみ? 」
そこは学校裏のほんの極一部にある高い柵で囲まれたコンクリートの中に一メートルほどの深さの水が溜められていた。
「見えにくいけどさ、あそこに鉄の板あるっしょ?」
よくよく覗いてみると、確かに何か書かれた鉄板が見える。
●●池跡。
●●小学校設立により埋め立て─。
もう少し何か書いてあったが、それで十分だった。
「近くにもおっきな池の公園もあるし、昔は田んぼも沢山あったらしいからつかっとったんかもね。
あー、でもさ。
噂だからあんま知らんけど、池でやっぱさ、死んじゃう人おったらしいよ」
「事故とか?」
「さーね? うちらが生まれる前にも男の子がここの池で溺れたーとか、あっちの公園で自殺してたーとか。 色々あるみたい。
まぁ、ずっと聞かないからほんとかどうかも知りよらんけどね」
─あれは、もがいていた。
苦しかったのは、溺れていたから?
ぱくぱくぱく。
息ができなかったからなのだろうか。
恐らく、あの位置で……。
嘘だろうけど、と歩き出す友人についていきながら、
夕焼けに染まる校舎を見た。
楽しかった思い出と、恐ろしかった記憶を持ったまま、あの男の子はまだ第二音楽室にいるのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます