第六話 黒い鞠か
母の実家は海へ徒歩3分。
縁側のある小さな日本家屋。
私はこの縁側が好きで、いつも此処に寝転がったり、足をブラブラとさせて座っていた。
午前中は皆思い思いに過ごす。
兄はじっとしていられないので、野山を駆け回って小川に侵入しタニシを捕まえて山に放り投げていたことだろう。
じい様は趣味の田んぼ、ばあ様は趣味の畑。父と母は近くを散歩。
此処に一緒に住んでいる従姉妹達は叔父と街に行っている。
つまり、今この家に私一人。
いつものように、縁側で足をブラブラ。
夏特有の草の匂いと、山から降りてくる冷たい風が気持ち良い。
麦茶を小さなコップに入れて隣に置く。柱に体を預けてウトウトしていたときだった。
トーン……トーン……
どこかと置くでボールが跳ねる音がする。
トーン……トーン……
サッカーボールでもない、ビニールボールでもない。何だろ、何処かで聞いたことがある筈。
トーン……トーン……
あぁ、思い出した!
鞠のおとだ。そんなものを持ってる人が要るんだろうか?見してもらおう。
もう過ぎ去っていこうとする音源を、私はやっと目を開けて顔を向けた。
人がいない?
黒い、ボサボサと纏まっていない鞠が、変わらずトーンと跳ねている。
「え?」
おもわず声が出た。
すると、鞠は進むことを止めて、その場でトーン……トーン……同じリズムのまま跳ねている。
何だろうとじっと見つめる。
この時私は不思議と恐く思わなかった。
ドンッ
今までにない音を出して鞠が高く跳ねる。
そして、鞠が横方向にクルッと回った。
ソレと目が合うとは、不思議な気分だ。
私と彼は目が合うと同時に
「あ!」
と声を出したのだった。
両者驚く。いや、何故お前も驚くんだと今では思う。
こちらを向いたのは、鞠ではなく、
頭だけの男の人。
髪は残バラで、見た目は痛ましいアザや傷があるのに何故かそいつは楽しそうに見えた。
驚いて着地に失敗した彼は、こちらを見たままコロンと転がる。
なんとも言えぬ沈黙。
蟲の声だけは響く。
少しして、モゾモゾと体制(?)を立て直し、もう一度こちらを見ながら跳ねる頭。
私の目線が上下に動く。
それを確認して、私が見えてると確信でしたのか、
『やっべ』と言う顔をしてもう一度ドンッと高く跳ねる。
一番上で彼はクルリと縦に回ると、そのまま私には見えなくなってしまった。
アレはなんだったのだろうと首をかしげたところに、いつの間に帰ったのか、ばあ様がトンと切り分けたスイカの皿を麦茶の横に置いた。
「ここも昔は落武者が来んさったらしいなぁ」
そういいながら、一応ね、と味塩をパッパと撒いた。
この時私は知らなかったのだが、影が見えるのはどうもこのばあ様の血筋らしい。
そして、あの頭は落武者だったらしい。
小学校2年生の夏。
青い青い空に消えた、楽しそうな落武者の思い出。
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