第三話 旧校舎

 私の通った小学校には旧校舎があった。

 コレまた古い歴史のある学校で流石に木造ではなかったが、よくわからない朽ちかけた石像が旧校舎近くの雑木に紛れていて気味が悪かった。

 この学校は昔沢山の死者が出た地域なのもあり、例のごとく当たり前に『七不思議』があったが、どこかで聞いたようなオリジナリティに欠けたつまらないものだった。

 それでも小学生は不思議なものが好物なので時たま話題に出るものだった。



 確か3年生の時だったと思う。夏休みが早く来ないかと親しい子と話をしているところに、クラスメイトのオキタがニヤニヤしながらやって来た。


 旧校舎の二階トイレには幽霊が居る。


 そんなことを言われても何を今さらと当たり前の話だったので誰も気には止めなかったが、


「だって俺見たんだもん。さっき二階の渡り廊下の近くにいたら旧校舎に人影が見えたから追っかけたんだ」


 私たちが普段居る校舎は二階建ての旧校舎と渡り廊下で繋がっていて、一階に職員室等の大人の拠点だが、二階はたまにしか使われない特別教室、多目的教室や理科室などで人はほとんど居ない。


 オキタが言うには、そんな所に入るなんて珍しいと後を追って行くが今度はトイレに入る影があり、さらにトイレまで追ったものの、トイレには誰一人として居なかったそうだ。

 気のせいだとか見間違いだとか、いつものように調子にのって冗談を言っているのだろうと口々に否定され、不貞腐れた顔で「ほんとなのにな」と呟くと走って他のグループにまた同じ話をしに行っていた。


 親友のミカが私の服を引っ張りニヤッと笑う。

 これは「放課後見に行くぞ」と言う意味だろうと理解できた。

 少し面倒だがこうなったミカに抵抗できた試しがないので頷いておいた。



―――――――――――――――――――――――――

「さて、そろそろ良いだろ!」


 張り切って席を立つミカ。

 さっきまで隠し持ってきた漫画をウヒヒと奇声を出しながら読んでいた癖に切り替えの早いことだ。

 放課後をしばらく過ぎた教室はもう皆家に帰ったのだろう、ガランと静まっていた。


「ほらほら、なにやってんの!見回り来る前に帰るんだからさっさと動け!」


 既に教室からでかかっているミカは今にも走り出しそうで慌ててランドセルを背負う。

 廊下に出ても誰も居ない。絶好の観察日和だぜ!と訳のわからない言葉を発しながら駆け出すミカを見送ると、下足ホールに向かって歩き出す。


「どこ行くんだよぉぉお!」


 見えなくなったはずの彼女が少し泣きそうな顔で戻ってくる。

 毎回何で同じことをしているのかわからないが、面白いのでミカが走って消えたときには帰ることにしている。

 今度はガッチリと手を繋がれて引っ張られる。

 ここから旧校舎への渡り廊下は近いので直ぐに行き着いた。

 渡り廊下にはオキタとサワベとヤノが旧校舎の入り口で固まっている。


「なんだ、お前らも見に来たのか?」


 私たちに気づいたヤノが笑って言う。


「あんた達何入り口で固まってんだ?」


 先客がいたのが気に食わないらしくミカは強い口調で話したが、ヤノは気にせずに何でもないと旧校舎に入る。

 それに続いて他の二人も入っていき、ミカも入ろうとするが、一度止まる。不思議に思い顔を見るとひきつった顔で中を見ている。

 のまれたんだろう、この雰囲気に。

 いつも静かな旧校舎は更に静まり返っているようで、薄暗い。下には先生達が居るはずだが何の音も聞こえてこない。ヒヤリとした空気が揺れる。ヤノ達も同じ気持ちで止まっていたのだろう。

 ギュッと繋いだ手を握ると一度此方にミカは顔を向けてまた前を見る。ギュッと握り返され旧校舎に入る。

 ――コレは何か見てしまいそうだ。

 嫌な予感はするものの、今更帰るとは言えやしない。


 いつも騒がしいクラスメイト達も珍しく静かに足音を消して歩く。二度廊下を曲がれば後は直線で行き止まり前に例のトイレがある。

 足を上げる度に、ガムでも踏んだ時のような引っ掛かりがあるが『気のせい』という魔法の言葉で心を整えた。


 トイレが見えている。そして、トイレ前にいるものも。

 皆気づいていないようだ。


 それにしても、はっきり見える。


 色も形も。でも、薄いと言うか色鉛筆で描かれたような違和感。

 近づくほどに、木の匂い?土に近いが土ほど濃くない匂いがする。

 怖いとも嫌だとも感じない。ソコにある置物のようで、映画をソコだけに映してるような。

 麦わら帽子に白いタンクトップ薄茶色の半ズボンの同じ年ほどの子供の後ろ姿だった。虫取り網のようなものを持っている。動きは一切ないが網だけ少しヒラヒラしてる。

 そんなモノには気付かずに先を行っていたヤノ達が麦わらの子を突っ切る。

 ブンと揺れた。それだけだ。当たる時に映像が乱れたように揺れただけ。

 このままだと私も突っ切ることになる。それはなんだか嫌だったので、ミカの手を少し引っ張り進行方向をずらす。

 ミカは気にした様子もなくトイレを覗く。

 この校舎は男女別ではなく、一応仕切りがあるが大して意味のない作りになっているので簡単に見回せてしまう。

 バタンバッタンと音を立てながら個室を開けまくるヤノたちをつまらなそうにミカが見てる。


「ガセかよ」


 ぼそっと呟くと手が自由になる。緊張してたのか少し汗ばんでいた。

 私はそっと目線だけさっき麦わらの子が居たところに向けたが、ソコには何もなかった。

 一通り調べ終えて安心したのかオキタに文句を言い合いながら元の道を戻る。

 ギャイギャイといつもより騒がしいのは恐怖心を紛らわすためだったのだろうか。


 曲がり角を曲がる瞬間、ふと目線が行く。

 旧校舎を出た時に様子がおかしかったのだろうか、ミカが大丈夫かと尋ねてきた。



 なんでもない。ただ、さっきの麦わらの子が振り返ろうとしたのを見ただけ。


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