第14話 『フィジカル〜、なんか長い名前のパンフ来た』


 その日の夕方、シゲルの自宅マンションには『フィジカル・ロック・ソリューションズ』と書かれたオシャレな会社案内が送られて来た。

 数ページの厚手の紙に印刷された案内を開くと、中には昨日会った小野寺の写真や、会社を推薦するタレントの言葉などがアレコレと書かれている。もちろん、そのタレントは白三プロ所属の人たちだったりするわけだ。


 説明ページには、今後の世界のセキュリティ情勢の推察すいさつや、それに対する会社の対策、将来的収益性などがバラ色の構図で描かれている。ま、こういう絵に描いた餅は会社案内の定番ではあるわけだが...


 パンフレットを手にしたシゲルは、昨日からマンションで雑魚寝をしていたアキヒコたちを蹴り起こした。


「おい、来たぞ、例の会社の案内。結構立派じゃねえか、さっきインターネットのホームページも見てみたけど、これならオイシイ金ヅルになると思わね?」


 夕方だというのに昨日の酒がまだ残っているアキヒコたちは、目をこすりながら起き上がる。


「へ〜、おお、昨日のオッさんも写真載ってんのな。オ、このタレントこないだテレビで見た事ある気がしね? おっ、こっちの会社の売り上げグラフも上に伸びてってるよな。これ儲かってるってこったろ?」

「ま、そういう事だろうな」


 3人はパンフレットを眺めているが、写真とグラフを見ているだけで中の文章を読んでいる様子は全然ない。


「で、いいんじゃねえか? とりあえず取り入るのに... やってみっか?」

「おう、そうだな。善は急げって言うし、早速連絡してみんべえ」

「本当に大丈夫なんすか? 大金払う事になるんしょ?」


 盛り上がるシゲルとアキヒコに、ショウは懐疑的かいぎてきだ。


「ショウ! オメーはホンっとに心配性だな。オレが良いっつってから良いんだっつってんだよ」

「おう、今までも大丈夫だったし、オレらも随分人生経験積んだし、ここらで一発当てて楽しようぜ、ショウよ!」

「う〜ん、まあ二人がそういうなら、オレはいいっすけどねぇ」


 ショウは渋々同意した。


「で、オッさんがリコを芸能プロダクションに紹介してくれるって言ってたし、今ちょっと電話して夜にでも会えるかどうか聞いてみるべ」


 シゲルはそう言ってスマホを取り出すと、昨日小野寺が渡した名刺の番号に電話をかけ、彼的には最高の敬語をもって話し始めた。


「あ、三枝社長ですか? オレ、昨日ご馳走になったシゲルっす。そいで、今パンフレット見たんすけど、是非話しが出来ればと... ハイ...ハイ、そいでついでに昨日言ってたプロダクションにリコを紹介してもらえればと... ハイ、ハイ、あっそうっすか。そりゃいいや! じゃあ、これからそっちに行くっす」


 電話を終わったシゲルは、


「オシ、ちょうどいいや、オッさんはプロダクションの役員に会う用事があるから、オレとリコに来いってよ。ちょっとまとめてナシつけてくらぁ」


 そう言うと、リコに連絡を入れ、いそいそと出かけて行った。



ーーーーーーーーー


 駅前でリコと待ち合わせたシゲルは小野寺の指定したホテル品川のロビーにある喫茶店へ向かう。


 今日のリコは声優雑誌のファッションを真似たような、ちょっとメルヘン入ったベージュ系の可愛らしい花柄模様の服を着ている。

 シゲルの方は、昨日着ていたワイシャツに適当なズボン、それも雑魚寝していたのでかなりヨレヨレ。ホテルのロビーから追い出されるかどうか、ギリギリ及第点のような見た目だ。


「おい、オメエにもチャンスが来たぜ! プロダクションの社長に取り入って芸能界入って有名人になってくれよな! オレの方は三枝社長とビジネスの話しをすっからよ。なんかオレらアゲアゲじゃん?」

「なんか嬉しいし〜! シゲルありがとね、私も頑張ってみる気が出てきたよ!」


 シゲルはリコの言葉に多少は良心が痛んだが、それよりも彼の目の前には札束片手に六本木で美女と豪遊する自分の未来像の方が大きく見えていた。


 シゲルとリコがロビーをウロついていると、小野寺が喫茶店の入り口から声をかけて来た。


「あ、こんばんわ。お二人とも、こちらです。白三プロの方も見えています」


 二人が喫茶店の席につくと、前には小野寺と上森が座っていた。


「こちらが声優プロダクションの白三プロの役員をやってらっしゃる上森さんです。今、丁度白三プロの劇団『スーパーセンチュリー』公演のスポンサードの件で打ち合わせをしていたんですよ」


 小野寺がそう言うと、リコは目を輝かせながら言った。


「わぁ〜、それって今、下北沢の元田もとだ劇場でやってる公演ですよね?」


 今回のミッションでは唯一本名で登場した上森は、立ち上がると名刺を取り出し挨拶を始めた。


「ええ、そうです。ご存じでしたか? それは幸栄ですね。申し遅れましたが私、白金3丁目プロの上森と申します。昨日夜に三枝さんからちょっとお話は伺っております。お友達が結子さんを助けられたとの事で… あ、結子さんは私どもの声優事務所に所属していただいているんですが...」


 上森が挨拶すると例によって小野寺は大げさ言った。


「そうなんですよ! 本当に彼のお友達が偶然通りかからなかったら、結子はどうなっていた事やら... まったく結子の命の恩人なんです。それで昨日、上森さんにもお話ししたようにシゲルさんのご友人のリコさんが声優活動に興味を持たれていらっしゃるという事でしたので、ちょうど上森さんと打ち合わせもあるので、ご紹介がてら、お会いしていただこうと思いまして...」

「よ、よろしくお願いします〜...」


 リコは神妙に挨拶した。


「ああ、こちらこそよろしくお願いします。リコさんは今までに何か演技経験などはお持ちですか?」

「い、いえ、特に何も... 全然素人です。そういうの、ダメでしょうか?」


 一所懸命敬語を使おうとするリコを見て、上森は微笑みながら、


「いや、そんな事はありませんよ。まあ、最初は誰だって素人なわけですし、白三プロにはそういった方のための養成施設もありますから、そこに入学していただいて勉強を重ねながら徐々に実力を付けて行く、という感じですね」


 と、バッグから白三プロの資料を取り出してリコに渡した。


「これが手前どもの会社や養成学校のパンフレットになります。こちらに入学していただいて研鑽を重ねながら、というのが良いのではないかと思います。講師には白三プロのベテラン声優や俳優の方もいらっしゃいますし、アフレコスタジオなども完備していますから、環境は良いと思いますよ」


 リコはパンフレットを眺めながら驚きの声をあげた。


「学費って50万円もかかるんですか〜?」

「そうですねえ。コースによってマチマチです。もう少し受講内容を詳しく決めないと分かりませんが、そのくらいを見ていただけると良いと思います」


 『ウ〜ン』と考え込んでいるリコにシゲルは軽く言った。


「なんだ、それくらいならオレが出してやるから、お前入学させてもらえよ」


 それを聞いたリコはビックリしたような声で言った。


「エ〜! だってこんな高いのに、簡単に決めちゃっていいの? 嬉しいけど〜…」

「まあ、良いって事よ。手切れ…」


 と、シゲルはここまで言って、パッと口を押さえた。


「テギレ?」


 リコ、上森、小野寺の3人が同時に聞くとシゲルは、


「い、いや、そ、その手は綺麗に洗わねえとな。ほれ、リコもこのウェットテッシュで手拭けや…」


 なんだか訳の分からない言い訳をモゴモゴしたが、


「そ、そうそう、そいでリコの入学金もあるけど、投資の方もやってみたいと思うんすけど、三枝さん、どうするのが良いっすかねえ?」

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