第11話 『高級な個室へ』:


 アキヒコ達が通された個室は、石造りらしき15〜6畳の部屋。その室内は天井のシャンデリアで照らされ、片隅には暖炉が設置されている。部屋の中央には燭台しょくだいや花で飾られた長い木製テーブルが置かれ、そこには人数分の食器類が並べられて賓客ひんきゃくを待ち構えていた。


 隠れ家的なフランス料理の店として一部で有名なこの店、実は白三プロの誰かが出資者で、研究科声優の卵たちが修行も兼ねてアルバイトさせてもらっているという説がある... が真実は誰も知らないし、きっとそんな事は知らない方が人生は楽に生きていけそうな気がする。



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 リコが席につこうか迷っていると高野が、


「お嬢様、どうぞこちらへ」


 と、高い背もたれのついたロココ調デザインの椅子を引いてくれた。リコは戸惑いながら椅子に座る。その席の隣には堀井扮するユッコこと結子が座っていた。


 白三プロの高野、堀井、小野寺は例によって Bluetooth 経由で分室と接続されたイヤフォンを耳にかけているが、3人とも髪の毛が耳にかかっているので、ちょっと見た目では何か付けているとは気付かれない。


 イヤフォンから上森の指示が聞こえた。


『小野寺さん、高野君、堀井さん、お疲れさまです。今日は部屋のセキュリティーカメラで映像も見ていますから、そちらの動作も確認できますんで... それじゃ、そろそろスタートしてください』


 堀井はアキヒコ達に気付かれない程度にうなずくと、高野に目をやった。ギャルソン高野は『ハッ』というような軽い相槌あいづちを打つと彼女の座っている椅子を軽く引く。


 堀井は立ち上がると演技を始めた。



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「皆様、一昨日は危ない所をお助けいただき、まことにありがとうございました。本日はささやかな宴ではございますが、お礼を兼ねて皆様にお食事など召し上がっていただきたく、お時間をいただきました。短い時間ではございますが、どうぞお楽しみください」


 挨拶が終わり軽く頭を下げると、それを受けて小野寺が、


「さあさあ、堅苦しい話は抜きにして、皆さんどうぞおくつろぎください。君、じゃそろそろ始めてくれたまえ。まずは食前酒だけど、今日のオススメは何かな?」


 と高野に聞く。今日はソムリエ役も兼ねた高野がワインボトルのラベルを見せながら言った。


「そうでございますね。アペリティフですし、女性の方もいらっしゃいますからシェリー酒がよろしいかと。本日ですとヘレス産もございますし...」

「ふむ、じゃあそれで。皆さんもそれでよろしいかな?」


 アキヒコ達はそう聞かれたのだが、何を言ってるのかさっぱり分からないので『ウンウン』と首を縦に振った。でも直感でお酒を飲ませてくれるって事だけは理解しているようだ。


 全員のグラスにシェリー酒が注がれると三枝がグラスを高く掲げ、乾杯の音頭を取った。


「それでは我が最愛の娘を悪の魔導師より守りし、若き騎士達に乾杯!」


 と何だか RPG のフレーズのような言葉。もっとも小野寺はここの所、オンライン RPG 『ヘルケドス・サーガII/魔界からの挑戦』シリーズのアフレコやイベントが続いているので、この手のフレーズは考えないでもスラスラと出て来る状態だ。


 小野寺や堀井がグラスに軽く口をつけると、アキヒコ達は小さなグラスのシェリー酒を『ゴッゴッゴッゴッ』という喉の音が部屋の中に響き渡るほどの勢いで、一気に飲み干した。


「ブハ〜! うめえ... のか、これ?」

「いや、いけるんでね、なんたってフランス製だし... じゃ、もう一杯!」

「先輩、このお酒、なんかすっげぇ良い感じっす!」


 アキヒコ達が次々とグラスを前に出すと、そこには続きのシェリー酒が並々と注がれる。また一気飲み、また注ぐ。食事前だというのに、そんな動作が3回ほど繰り返された。


 上森の少し喜んだ声がイヤフォンから聞こえる。


『いい飲みっぷりですね〜! 喉越しの音がこちらにも聞こえて来てますよ! ターゲットはシェリー酒の飲みやすさと度数はご存知ないようだ』


 実は高野がわざとすすめたヘレス産シェリー酒は、食前酒としてはかなりアルコール度数の高い部類だ。アブク銭を稼いだ成金親父が若いネーちゃんを落とす時に使うのでお馴染なじみワインの種類でもある。


 空腹なのに、そんなシェリー酒を駆けつけ3杯も飲んでしまったアキヒコ達はメインのコースが出る前に既に酔っ払い状態になっていった。


「さすがに若き騎士達ですなあ、まるでギルガメッシュの酒場を見ているようです! 勇者たちに祝杯を!」


 小野寺は調子の良い事を言って、アキヒコたちにさらにお酒を勧める...


「コガモのテリーヌとズッキーニのムースでございます」


 高野の言葉に続いて、全員の前に芸術的にデザインされた料理が並んだ。

 ヘベレケのアキヒコたちの目には、その美しい料理もすでにボンヤリと二重写しに見えているようだ。


「オイオイ、これなんでこんな沢山ナイフとかフォークがあんだよ? 箸ね〜の? 箸...」

「で、なんだよこれ? 食えんの? 皿に絵〜描いてね?」

「デッカい皿なのに食べるもんチョビっとしか乗ってないっすよね? あ、もしかして、お代わりさしてもらえるんじゃないっすかね? この... なんだっけ? テ、テ、テリー...」


 ショウがグダグダ言っていると、誰かがボソッとささやいた。


「テリーヌ伊藤」


 しかし、そのつまらないダジャレは石造りの部屋をむなしく響きわたるだけだった。

 実は高野は内心爆笑していたのだが、一切顔色も変えず給仕を続ける(さすが声優である)。


「ささ、皆さんご遠慮なさらずにどうぞ」


 小野寺はそう言いながら食事を始めたのだが、アキヒコたちは何をどうしていいのか分からない。とりあえず小野寺の真似をしてナイフやフォークを使ってみる事にした。



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『お品のない会話ですこと!』:



 彼らがカチャカチャと音を立てて食器類と格闘していると、小野寺が会話を始める...


「しかし、皆さん勇気がおありになる。もし皆さんが偶然お通りにならなければ結子の身に何が起こっていたかと考えると身の毛もよだつ思いです」

「い、イヤ、オレら偶然通りかかっただけっすから。それに何もしねえのに相手が逃げてっただけで...」


「またまたご謙遜を! いや、しかし皆さんのような鍛えられた体をお持ちでしたら、悪人も見ただけで逃げ出すというもの! 皆さんはやはり、そう言った社会貢献をされるようなご職業におつきですか?」


 彼らはちょっと戸惑ったが、シゲルが答えた。


「え、いや、あの〜、ご職業っつ〜とですね... なんつうか電話で連絡を取って色々とやり取りをしたり的な事とか、お金とかを運ぶ的な事をやるっつ〜か...」


「ほうほう、なるほど! テレフォンアポイントメントなどを担当されておられるのですね?」

「あ、そうそう、そのアポイン、アポ、アポ...」


 誰かが言った。


「アッポ〜!」


 だがキラウラコンビにはウケそうな昭和のギャグも、ここでは誰にも理解されず、またしても滑ったまま石造りの部屋に虚しく響き渡った。


 このネタに反応した上森が言う。


『いいなあ〜、うちもお笑い部門作って彼らに手伝ってもらいたいな! 小野寺さん、ターゲットの仕事ネタを、もうちょっと掘り下げてみましょうか? 色々ボロを出しそうですし...』


 上森の指示を受けて小野寺が続けた。


「しかし電話を使ってのお仕事では、相手に直接お会いするわけではないでしょうから、あれこれと神経を使って大変そうですなあ」


 再びシゲルが答える。


「あ、まあオレらは電話だけじゃなくて、多少は相手にお会いするっつ〜かっすね... ま、一人暮らしの年寄りとか、寂しそうな人ん所に電話して、それなりに相談料をいただいたりとか、気をつけないと騙されるって事を実地で指導してる...的な?」


「なるほど、犯罪予防のためのボランティア活動をなさっているのですね。素晴らしい事です」

「いや、それで儲けさしてもらってるっつ〜か、楽さしてもらってるっつ〜か...」


「いえいえ、最近はコンピューターを使ったヴァーチャルな世界ばかりが注目を集めてリアルな部分が軽んじられる傾向にありますから、実地で社会的な弱者の方々に指導をするというのは大変重要なお仕事ですよ!」

「ま、オレらもそれのおかげで、今、金入ってリア充的っす...」


 酔っ払い状態ながらも、あれこれネタバレしそうな話をするシゲルの言葉を聞きながら、上森は言った。


『話しぶりからすると、どうやらこのシゲルって男が詐欺の主犯格のようですね。小野寺さん、彼を責めてみましょうか』


「フムフム、私の会社でも社会的弱者の方々のお役に立てるような、リアルなセキュリティ保護関連ビジネスを展開しております。色々と皆さんとは共通する部分が多いようですねえ」


 小野寺はあれこれと言っているが、シゲルが理解している様子は微塵もない... が、その方が相手をこちらのペースに乗せるのには好都合だろう。


 今度はアキヒコがボソッと聞いた。


「え〜〜と、会社の名前なんだったっけ?」

「ああ、弊社の名前は『フィジカル・ロック・ソリューションズ』ですね」


「ロックって〜と、ロケンローな外田裕也みたいな?」


 アキヒコの的外れな質問に、小野寺は微笑みながら答える。


「あ、いえいえ、よく間違われるんですが音楽のロックは Rock、私どものロックは Lock。日本語の発音では、どちらも『ロック』になってしまうんですよね。弊社へいしゃが扱うのは『Lock』の方でして、主にセキュリティ関連のフィジカルなロックディヴァイスを扱っています」

「ハァ〜、ロックでバイス... 万力まんりきとかかな...」

(作者注:町工場でお馴染み材料を固定する万力は英語でバイスと言います)


 狐につままれたような顔をしているアキヒコを無視して、小野寺の言葉攻撃は続いた。


「あ、でも最近は東南アジアの音楽関連の方々とも取り引きさせていただいていますから、音楽の方のロック=Rock とも少なからずご縁がありますねえ。まあオンラインショップの hamazon さんとも連携してるおかげですが...」


「ハァ〜、なんだか訳分かんねっす」

「え〜、でも hamazon とか有名だし〜。私も化粧品とか買ってるよ?」

「リコさん凄いっすね、ネットショッピング楽しんでんだ!」


 ショウがちょっと尊敬の眼差まなざしでリコを見つめた。


「そうですね。今や hamazon さんの売り上げはリアル店舗を超えてしまいましたからね。私たちの会社もそう言った新しい IT 分野には積極的に資金を投資しているんですよ」

「ヘェ〜、資金をねぇ。IT っつ〜となんか金が動きそうだよなぁ」


 シゲルがボソッと言うと、監視カメラを見ていた上森はそれを見逃さなかった。


『フム、ターゲットのシゲルは『資金』とか『投資』って言葉に反応した表情をしてますね。小野寺さん、この路線をちょっと引っ張ってみましょうか』


 小野寺は上森に『了解』の合図を出すかのように、軽く咳払いをすると、シェリー酒をちょっと口に含みながら言った。


「ええ、特に hamazon さんなどの IT 企業との連携で東南アジアの音楽ビジネス向けセキュリティーソリューションは、近年大幅な需要増になっていますから、私どもも積極的に資金を投入している状況なんです」

「ハァ〜、なんか良い話っすね。IT っつ〜と、なんか儲かりそうじゃないっすか? オレらももっと儲かるようにしたいんすよね」


「ホホウ...」


 小野寺は少し考えるフリをしてから言った。


「なるほど、良いですね。弊社もセキュリティビジネスの会社ですから、皆さんのように、社会的弱者の方を支援するような正義感の強い方々に意見をお伺いするチャンスがあるというのは、大変重要な事と思います。これも何かのご縁ですから、今後ビジネス的な連携も取れると、お互いプラスになる事もあるでしょうねえ」

「いいっすね。なんか協力したいっすよ、オレらも...」


 シゲルが前のめりになってそう言った時、


「失礼いたします」


 と、首からメダルをかけた恰幅かっぷくのいいシェフが入って来た。



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「ああ、浦上シェフ、お久しぶりです。今日は前途有望な若者を連れてシェフのお料理を堪能しに参りましたよ」


 小野寺に浦上と呼ばれた温和そうなシェフは深く頭を下げると、


「三枝様、本日は私たちのヌーベルキュイジーヌ1934へ、ようこそおいでくださいました」

「こちらが先日、暴漢に襲われたうちの娘を救出してくださった勇気ある若者たちです」


 なんだか話がさらに大きくなっている。それを聞いた浦上シェフは目を丸くして驚くと、両手を前に広げ、


「オオ、それは素晴らしい! そんな方々に私のお料理を食べていただけるとは、なんたる幸栄! わたくし、当レストランのシェフを務める浦上と申します。以後お見知り置きを...」


 と、なんだかオペラ歌手の身振りのように、演技過剰で深く頭を下げた浦上シェフに小野寺が言う。


「今日はそのお礼を兼ねての食事なんですが、お話を伺ってみると、ビジネス的にも協力関係を結べそうで、大変有意義な場となっている所なんですよ」


 シェフはさらに大げさに、


「ほうほう、三枝様のパートナーとなる方々とのビジネスマッチングの場として当レストランをご利用いただけるとは更なる幸栄! 皆様もセキュリティ関連ビジネスを?」


 シェフの質問にシゲルは、さっき小野寺が言った言葉を混ぜながら、しどろもどろに答えた。


「あ〜、え〜っとっすね、オレら社会的弱者の方々にっすね、世の中の現実をお伝えする的なビジネスをっすね、ソ、ソリューションするっつ〜か、やってるってぇか、なんつうかデバイスがどうのこうの的な...」

「おお、それは三枝様のビジネスにもピッタリですね。これを機会に皆様のビジネスの益々の発展をお祈りいたします」


 シェフはそう言い終わると、今度は堀井の方を向き、


「本日は結子様にもおいでいただき幸栄にございます。お友達もご一緒でございますか? お美しい方だ、俳優のお仲間でいらっしゃいますか?」


 シェフは一段と声のトーンを上げた(どこまでトーンが上がるのやら)。


「しかも! 皆様は運がよろしいですよ! 今、皆さんの前にあるスープですが今日入荷した食材は特に品質が良いんです」


 シェフはそう言いながらスプーンを取ると、それを少しだけスープ鍋につけ、スープを指先にらした。


「本日のスープに使っているブイヨンですが、フランスから届きたての、とても質の良い水と鶏ガラで作りました。御覧ください最初は水のようにサラサラですが、ほんの少し、このように指で触っていますと、突然粘度ねんどが増してベタベタになるんです。これは優れたブイヨンが完成したあかしでもあるのですが、本日のブイヨンはここ数年でも出色しゅっしょくの出来なんです! ぜひ、皆さんもお試しください」


 シェフが妙なオススメをするので、部屋中の人たちがスープを指の先に垂らして、親指と人差し指をペタペタとくっつけ始めた、異様な光景だ。だが、確かにシェフの言う通り、最初サラサラだったのに、突然ベタベタしてくる。


「オォ〜、なんか指がくっついたみたいになるぜ!」

「ほんとだ〜、不思議だし〜!」

「ペタペタペッタペッタ... ウヘヘヘ」


 すきっ腹に食前酒の飲み過ぎで、すでに酩酊めいてい状態になっているアキヒコたちは、呪文のように訳の分からない言葉を延々と聞かされながら、指の先に視線を集中しながらペタペタやっていたので、益々目が回ってきて、なんだか目元も怪しくなってきた。


「それでは、この後も本日のコースをごゆっくりとお楽しみください」



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『リコは芸能界好き〜!』:



 シェフがそう言いながら部屋を出て行くと、小野寺は指をきながら小さな声で微笑んだ。


「いゃ〜、浦上シェフは気に入ったお客さんが来ると、いつもコレをやるんですよ」


 しかしリコは目を輝かせながら堀井の方を見ている。


「なんか〜、結子さんてば女優さんなんですか〜?」


 リコの質問に堀井はちょっと戸惑った風を見せ、


「え? ええ、シェフは女優って言ってましたけれど、どちらかと言うと声優が多いんです」

「ええ〜? 凄い凄い〜! どんなのやってるんですか? アニメとか?」


 どうやら斯波の情報は正しかったらしい、リコの目の輝きが違う。


「そうですねえ、まだ新人ですから大した役はいただけないんですが、例えばテレビの『フェイタル・ファンタジー』とか『その先にあるもの』とかに、ちょっとだけ出てるんですよ。本当は舞台女優志望なんですけど、いつの間にか声優さんにっていう人は結構多いんですよね。先日、皆さんとレストランで会った同級生のミマちゃんも同じ事務所で声優とか舞台の仕事とかをやったりしてるんですよ!」

「ウァ〜、どっちも見てるし〜! 私もそういうのやりたいんだけど、どうやったらいいのか分かんないんですよぉ」


 リコは少し言葉使いが、まともになって来た。

 小野寺が興味深そうなフリをして答える。


「ほぅ〜、リコさんは、そう言った方面に興味をお持ちですか? 結子が劇団に入ると言い出した時は、反対したんですがね、幸い私の懇意こんいにしている方が声優さんの事務所や学校を経営しているので、そこに通わせるようにした所、今のようなお役をいただいたんですよ」

「そうなんですよ。お父様の知り合いの方が色々と面倒を見てくださって... そうでなければ、なかなかアニメの声優なんて成るのは難しいでしょうしね」


 堀井が控え目に言うと、シゲルが身を乗り出しながら言った。


「リコ、いいじゃんか! お前も三枝さんに頼んで事務所に入れてもらえや」

「えぇ〜? 私なんかで大丈夫なのかなあ?」

「リコさん大丈夫っすよ。リコさん可愛いじゃないっすか!」


 ショウの応援に謙遜けんそんするリコに小野寺は明るい声で答えた。


「ああ、大丈夫ですよ。後ほど私が事務所の方へ紹介して差し上げましょう。それにしても今日は、お互いに色々なつながりが出来る日ですねえ!」

「よろしくお願いします」


 リコが軽く会釈えしゃくするとシゲルは、


「そいで、リコだけじゃなくてオレらも、さっきのビジネスの方をなんか考えたいんすけど...」


 と、どうやら小野寺の話に乗り気のようだ。


『シゲルは乗って来たようですね。小野寺さん押し過ぎないように興味を持たせてみましょうか。ターゲットを煙に巻く言葉を選んでお願いします』


 上森の指示に小野寺は微笑みながら、


「そうですね。弊社の業務に興味がおありでしたら、明日にでもドキュメントをお送りしますから、それをご覧になってご検討ください。ちょうど先日から新しいセキュア・ディヴァイスのロケーション・テストを始めた所でして、関連業界の方々にも注目をいただいているんですよ!」

「ハァ〜、セキュアのロケーションねぇ...」


 例によって生返事のシゲルに酔っ払って呂律ろれつの回らないショウが小声でささやいた。


「アノ〜、先輩... 大丈夫なんすか? なんか色々話し進んじゃってますけど〜...」

「バカヤロ、お前らはオレに任しときゃいいんだよ。今までだってそれで上手く行ってただろうが!」


 シゲルにビシッと言われるとショウは、


「え、え〜と... ウス...」


 と、答えると黙り込んでしまった。


『シゲル俺様>ショウ下僕。微妙な力関係ですね。使えそうです、もう少しネタを振って様子を見てみましょうか...』


 上森の指示を受け、小野寺は笑いながら言った。


「ハハハ、ご心配なさらずに。今回の弊社最新ディヴァイスへの一般投資は一口80万円と大変低価格に設定していますからね。今までの大口投資とは一線を画し、一般の主婦の方々にも興味を持っていただけるよう、ローリスクなスタンスでプロモーション展開してみてはどうか? とアドヴァタイジング・エージェンシーさんとも話し合っている所なんですよ。ですから皆さんにも心配せずに気軽に出資していただけるというわけなんです!」


 小野寺の強引な英語混じりの説明に、シゲルは知ったかぶりに答えた。


「ふ、ふ〜む、確かにローリスクで良さそうっすね。80万円でアドヴァタイジングだし...」

「なんかホント大丈夫なのかなぁ〜...」


 ショウが心配そうに独り言を言ったが、シゲルは聞こえないフリをしているようだ。

 小野寺はたたみ掛けるように言った。


「分かります分かります。こう言った金銭に絡む事は心配なさる方も多いのが現状です。そこで、弊社のプロモーションでは投資家の方への信頼を担保するため最新ディヴァイスを無償で保有していただく事にしています。プロパープライスの20%で出していますから、コントラクトがエスタブリッシュした後には、それを hamazon などを通じて売っていただいても投資額の5倍の儲けが出る計算になります。このプランでしたら、一般の方にも安心して投資していただけるのではないか? と考えております」



「ローリス...プロパープラ...エージェンシー...5倍の儲け... ビジネスとしても、いいっすね」


 シゲルは酔っ払って座った目をしながら独り言のように、つぶやいていた。まあ、多分5倍の儲けしか理解できていないんだろうが...


「さらに皆さんのようにトラスト・リレーションシップを築ける方々には、弊社のストラテジック・パートナーシップ・プログラムにも参画していただき、会社運営にも大いに関わっていただく事が可能になっています」


 ほとんどよく分からない日本語だ。怪しいテクノロジー解説サイトを読まされた一般人のように、シゲルは、ほぼトランス状態に入ったように見える。上森が言った。


『小野寺さん。情報のインプットは、この辺で大丈夫じゃないでしょうか? この話題はそろそろ切り上げましょうか』


「まあまあ、しかし明日にはこちらの資料も届くようにしますから、是非ご覧になってご検討ください。リコさん、なんだかビジネスの話ばかりして申し訳ありません。ささ、話し込んでばかりいないで食事を楽しみましょう!」


 小野寺は、そう言いながら自分も次の料理を食べるのだった。

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