第8話 『挟まれた二人!』


「ヒロです。今、店を出て目黒通りから車に向かってます」


『お疲れ様でした。それでは氷室さんと合流して車で移動してください』


 ヒロ&カイジが連絡を取りながら歩いていると、前方に、車へと向かう氷室が目に入った。氷室も気配を察して後ろを振り向くと、軽く笑顔を見せる。


「フゥ〜、これで今日のミッション終了」


 ヒロがボソッと言うとカイジも、


「ウス、最後にちょっと顔を見られたけど、なんとか...」


 氷室に追いついた二人は、


「お疲れ様でした」


 と言いながら、かけ子シゲルのアジトであるマンションを見つめ、


「こんな普通のマンションが犯罪の拠点になったりもするんっすねえ」


 と言った。


「へ〜、あの奥のマンションのどこかから、詐欺の電話をかけてるんですね! 犯罪なんて手軽にできちゃうもんなんですねえ」


 氷室はそう言いながら、興味深そうにメゾン・グランドエンペラー目黒へ入る薄暗い路地に足を踏み入れた。


「氷室さんヤバいっすよ。ターゲットが戻ってくるかもしれないし...」

「そうですね。折角誘い出しに成功したんだから、気をつけなきゃネ! エヘ!」


 カイジの言葉に氷室は小首を傾げながらペロッと舌を出した。


 "ウ、カワイイかも... 寄生虫ヤだけど..."


 カイジはちょっと心ときめいてしまった。

 その時ヒロが、


「ヤバ! ターゲットがこっちに来てるぞ!」


 と慌てて、しかし小声で言いながら車内に飛び込んだ。

 それを聞いたカイジと氷室は一瞬戸惑い、マンションの方に駆け出してしまった。


 カイジは駆け出しながら言った。


「ヒ、氷室さん、ここ袋小路っす。隠れるとこないっすよ!」


 カイジの言葉に、


「そうか、じゃ急いで車に戻りましょう!」


 氷室は立ち止まって向きを変えながら言ったが、イヤフォンからは、


『ダメだ、今道を戻ったら角でターゲットとハチ合わせるぞ! その先のマンションに隠れるとこないか?』


 と言うヒロの無情の声が聞こえた。

 カイジと氷室は再びマンションの方に向きを変え、一目散に走り出した。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 数秒でマンションのエントランスにたどり着いた二人。


「これってオートロックですよ! 入れません。どこかに隠れないと二人一緒の所を見られたら...」


 氷室が慌てて左右を見る。カイジは左手のドアを見つけ、


「ここ、ここ。この自転車置き場に隠れれば...」


 とドアノブを回したが鍵がかかっていて開かない。

 今度は氷室が右手にあるドアに行き、


「こっち、ゴミ置場みたいです。ここに隠れましょう!」


 と、ドアノブを回したが、こちらも鍵がかかっていて開かない。


「まあ、なんてセキュリティのしっかりしたマンションですこと!」

「氷室さん! そんな呑気な事言って場合じゃないっす。あ、じゃ、こ、この宅配ボックスはどうっすか? こん中に体縮めて入るとか?」


「無理〜! サーカスじゃないんだから!」

「あ〜、もう〜、このオートロックのドア、暗証番号さえわかれば...」


 そういう二人のイヤフォンにはヒロから、


『間もなくシゲルとリコが、角に差し掛かるぞ。とにかくどっかに隠れろ!』


 と叫びのような声が聞こえた。


「か、隠れろったって... ドアはオートロックで開けられないし〜!!! じゃ、宅配ボックスに片足だけでも入れるとかどうっすかね?」

「ダ〜メ〜で〜す〜!」


 ドアの暗証番号キーの前で錯乱するカイジのイヤフォンに、上森からの指示が飛んだ。


『ドアの暗証番号は、非常用にわりと解りやすい番号が設定されてる事があるんですよ。例えば1−2−3−4−開とか、1−1−1−1−開とか、0−0−0−0−開とか試してもらえますか?』


「『1・2・3・4・開』ダメだ。じゃ『1・1・1・1・開』ダメ! 『0・0・0・0・開』こ、これもダメっす。じゃあ『1・0・2・5・開』」


「なんですか、その番号?」

「俺の誕生日っす!」


「も〜、そんなのダメでしょ〜! 上森さん、こっちに緊急用のボタンっぽいのがありますけど、これどうですか?」


『それは恐らく救急車とかが来た時用の非常ボタンなんですが、ドアが開く代わりに非常ベルが鳴ったり、場合によっては管理会社に通報が行きますからダメです』


『ターゲットは、もう角を曲がるとこだぞ! なんとかしろ!』


 ヒロからの非情の声...


「な、なんとかったって『5・1・9・3・開』、『3・7・6・0・開』、『4・2・6・8・開』ってメチャクチャ打ったって当たるわけねぇよなあ〜!」


 氷室はスマホで暗証番号の機械を写しながら、


「上森さん、これがパネルなんですけど、何か思いつく事ありますか?」


『う〜ん、このタイプは各戸の部屋番号の他に、住人が自分でも暗証番号を設定できるタイプの物かも知れません』


「んな事言っても〜!」


『ターゲットは角を曲がったぞ!』



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

『カイジ君の恋心、玉砕...』:



「カ、カイジさん、じゃ、た、た、試しにですね『2・5・6・4』は?」

「『2・5・6・4・開』ダメっす!」


「じゃ『3・8・1・1』!」

「『3・8・1・1・開』ダメっす!」


「じゃ『3・7・6・4』!」

「『3・7・6・4・開』あ、開いた〜!」


 ドアは微かなモーター音と共にゆっくりと開いた。まだ半分くらいしか開いていないが、二人は大慌てで飛び込むと、正面に見えるエレベーター脇にある階段を駆け上り、1階と2階の間にある踊り場に身を隠すと、息を潜めた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





 静まり返ったマンションの中...







 10秒ほどするとドアの開く音が聞こえ、シゲルとリコが談笑しながら歩いて来る音がした。

 足音はエレベーター前で止まる。

 ドアの開閉音の後、鈍いモーター音が数秒聞こえると、あたりは再び静けさを取り戻した。



「フ〜〜...」



 カイジと氷室は大きな溜息をつくと、その場で階段に腰を下ろした。

 緊張でガチガチに固まっていた身体中の筋肉組織が一気にゆるんで力が抜けて行く気がする...


「上森さん、カイジです。マンションの階段に隠れて、シゲルとリコをやり過ごしました。大丈夫です」


 カイジの報告に上森もホッとした声で、


『フ〜、それは良かった。ご苦労様でした。それでは、この後車で移動してください。お疲れさまでした』


「氷室です。ご迷惑おかけしました。これで安心です。緊張しちゃったんで、ほんのちょっと休んだら車に移動します」


『ヒロです。お疲れ! じゃ、車で待ってるからな。連絡終了!』


 それを聞くと二人は安堵あんどの表情でちょっと見つめあった。


 氷室は、


「ア〜、ホントに良かった。私がマンションの方に行っちゃったから、こんな事になっちゃって、カイジ君ホントごめんね! ちょっと休憩...」


 そう言いながら、体をクタッとカイジの方にもたれかけた。


 カイジは思わず、


 ”こ、コレはイケルかも!?"


 そう思って、左手を氷室の肩にかけようかどうしようか悩みながら聞いた。


「でも、凄かったっす。氷室さんなんであの時、暗証番号が分かったんすか?」


 氷室は思い出したように語り始めた。


「え? ああ、あれね。ほら、ファミレスで帰り際にリコちゃんと私が盛り上がって話してたでしょ? あの時、リコちゃんがキーホルダー見せてくれたの」

「へ〜、キーホルダーを?」


 カイジの左手は後30センチほどで氷室の肩にかかりそうだ。


「そうそう。さっき上森さんがドアの暗証番号が自分で設定できるかもって言ったでしょ?」

「ああ、そうっすねぇ」


「でも、自分で設定した暗証番号って忘れちゃったら困るから、大概好きな趣味に関する数字とかペットの名前を数字に置き換えたりとかに、するんじゃないかって思ったの。例えばコミックスを読むのが趣味なら539とか、ペットがミーシャって名前なら348とか...」

「ヘェ〜、氷室さん凄い推理力っす! カッコイイっす!」


 ”イ・ケ・ル!”


 カイジは思わず氷室の洞察力どうさつりょくに尊敬の念を抱きつつ、かなり本気になって肩に手を近づけた。


「そうそう。でね、リコちゃんが見せてくれたキーホルダーって、寄生虫館の記念グッズだったのね」

「き、寄生虫...っすか?」


 カイジは左手を止めた。


「うん。寄生虫って言えば、やっぱりフタゴムシかミヤイリ貝かサナダ虫じゃない?」

「そうなんすか? 自分、寄生虫詳しくないんで...」


 カイジは左手を少し下ろした。


「そうか、そう言ってたよね。でね、フタゴムシだったら、フ=2、ゴ=5、ムシ=64かと思ったのね。ミヤイリ貝だと、ミ=3、ヤ=8、イ=1、カイ=1ね」

「するとサナダ虫だから、サ=3、ナ=7、ムシ=64ってわけっすか?」


 カイジは左手をコンクリートの床に下ろしながら聞いた。


「そうなの! やっぱり日本人はサナダ虫だな〜って! お尻の穴からピョロピョロ〜ってね! 今度リコちゃんと寄生虫館に行ってみたいなあ〜! あ、カイジ君も来る?」

「い、イヤ、自分はいいっす...」


「そっか〜、残念。布教失敗だね〜! サナダちゃん可愛いのに〜!」


 氷室は屈託くったくのない笑顔で言った。


 ”やっぱ、氷室さんは俺的には無理っす”


 カイジの恋心はあえなく玉砕ぎょくさいしたのであった。

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