第7話 『氷室さんは寄生虫がお好き』


 冬の夕暮れ、街灯がポツポツとき始めたうすら寒い歩道を注意深く歩くヒロたち。幹線道路沿いとはいえ、裏道りに人通りは少ない。


 彼らは権田原たちから20〜30メートルの距離をキープしつつ、会話を混ぜながら状況を報告した。



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「ターゲットは現在目黒通りに向かっています」


 ヒロの言葉にカイジはボソッと


「うぁ、またあそこかよ...」


 それを聞いた氷室が尋ねる。


「え? 何かあるんですか?」

「いや、こいつ寄生虫館が気持ち悪いってね」


 ヒロが説明すると氷室は不思議そうな顔で言った。


「え〜? 寄生虫、可愛いじゃないですか?」

「寄生虫が可愛いの? カイジも極端だけど、それもなんだよなあ。寄生虫のどの辺が好きなわけ?」


「だって、ホラ、ニョロニョロ〜っとしたのが、お尻から出てきたりするんですよ〜!」

「お尻から! 女子高生らしからぬ、すげえフレーズだな」


「ウス、その話題もうやめて先行きましょうよ」


 カイジが寄生虫館の建物から顔を背けながら前方を見ると、権田原一行は車の行き来の激しい目黒通りを強引に渡っていく。


「ターゲット、目黒通りを強引に渡りました。こちらも強引に...」


 3人はそう言いながら、車のクラクション攻撃を受けつつも、必死で道を渡った。


「フ〜、ったく迷惑な奴等だな」

「でも、私たちもかなりヒンシュク買いましたね? あ、ターゲットはファミレス行きみたい」


 氷室の目の先を見ると、権田原達は目の前のファミレス『ベリーズ』に入って行く。


「詐欺でお金取った割には謙虚なお食事ですこと!」

「上森さんヒロです。ターゲットは目黒通り沿いのファミレスの『ベリーズ』に入りました、指示願います」


『それでは、Cチームはファミレスでターゲット近くの席に座って、可能なら会話の音声を拾って、こちらに流してみてください。顔は悟られないようにね。氷室さんはターゲットと離れた席に座って待機していてください』


「ウス、それじゃオレら先に入りますんで」


 ヒロカイジはそう言いながらファミレスに入ると、権田原達の斜め手前のボックスのように仕切られた4人がけ席に座った。



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 夕食時のファミレスは、楽しげな家族や、営業に疲れたサラリーマンなどが、ゆったりしたソファー椅子に座り、ほぼ満席。店内には軽いポップスの BGM が流れ、ザワザワとにぎやかだ。


 少しつと、遅れて入って来た氷室がかなり離れたテーブル席に座るのが見えた。


「ウス、ターゲットの斜め入り口寄りの席に着きました。氷室さんも離れた席に着きました。スマホに集音マイクを付けて、向こうの会話を拾ってみます。そちらにデータストリーミングしてみるっす」


 カイジは小声で言うと、小さな集音マイクをスマホに取り付け、それを通路側のメニュー立ての陰にそっとセットした。


『集音マイクの音、確認しました。雑音が多いですが、こちらで斯波さんがフィルター処理*して録音します。お二人のイヤフォンに、その音声を戻しますから聞いてみてください』


(注:フィルター処理=音色を変えて音を聞きやすくする事を指している。こういった操作も前述の Protools が使われる事が多い)



テキスト送信者/カイジ:了解、斯波さん、よろしくっす

テキスト送信者/ヒロ:かけ子は電話中


『そのようですね。女の子に自慢気に話して、食事を誘ってる感じかな?』


テキスト送信者/ヒロ:金が入ったから彼女を誘うってパターン?


『そんな所でしょうね』


 ザワザワと、うるさい店内だが、一度分室に送られて音声処理されたターゲットたちの会話はかなり明瞭に聞き取る事ができた。どうやら今回の詐欺の話しをしているようだ。


「フ〜、それにしても今回のバアさんは結構チョロかったな。毎回このくらいで行けると、お仕事も楽なんだがねえ...」


 と、メガネの男が言うと権田原が答えた。


「今回は120、前回の金もまだ大分残ってるし、オレらかなりリッチなんでね?」


 今度はネズミ男がそれに答える。


「そうっすね、真面目にお仕事を続けて、コツコツと貯めて...」


「貯めてどうすんだよ、オメエは?」

「オレっすか? う〜ん、やっぱ美味いもんイッパイ食ってっすねぇ...」


「何だよ小せえな! 男ならもっとド〜ンとだな〜!」

「じゃ、先輩はド〜ンと何するんすか?」


「い、いや考えてねえけどよ。やっぱこう、一発当ててぇじゃんかよ」

「そうっすね。真面目な勤労青年のオレら的には、もうチョイ良い生活しても怒られねえっすよねえ」


「あ〜ね〜、やっぱ地味なオレオレ詐欺じゃ」

「バ、バカバカ、テメ声でけえっての!」


「わりぃわりぃ」

「誰に聞かれてるか分かんねえんだから気をつけろっての」


「オウ、壁に耳ありクロードチありだからな」


 と、権田原が、キラウラコンビに受けそうな昭和のギャグを飛ばしていると、髪の毛を金に染め、ピンクの派手な服にアクセサリーをジャラジャラ下げた軽そうな女がやって来た。彼女はモコモコのフェイクファーを脱ぎながら言った。


「シゲルがゴハンおごってくれるってから来たし〜」

「おう、リコが来た。俺ら今日はちょっちまとまった金が入っちまったから何でも食っていいぞ!」


「なになに、なんかいいことあったわけ?」

「そうだぜ、俺らちょっと凄い事やってリトル金持ちになったからな!」


「ま、好きなもん食ってくれや」

「そういうわけだからよ、パ〜っと行こうぜ、パ〜っとよ!」


「ヘェ〜、で、何やったわけ?」


 リコと呼ばれた女の言葉に3人はちょっと口ごもって、


「いや、オレは電話勧誘のアルバイトっつ〜か、んでアキヒコは〜」

「ア〜、オレ的には運送業的なアルバイト的...な?」


「フ〜ン、でショウは?」

「オ、オレは、自宅待機の連絡要員っつか、今回は...そんな感じっすかね?」


「ハァ〜、みんなマジメに仕事してんじゃん」


「な〜にが電話勧誘だってんだよな」


 会話を盗み聞きしていたヒロが不愉快そうに言うと、上森がまとめた。


『今の会話を整理すると...

  権田原=受け子=アキヒコ

  ネズミ男=ショウ

  かけ子=シゲル

  かけ子の彼女=リコ

 って事ですね』


「な〜んかこんがらがるな」

「ウス、でもこっちも小笠原さん=長坂トミ子、堀井さん=ユッコだし、しかもコウジは架空の人物っすから」


「ダ〜! 一覧表でも作んないと、誰が誰だか分かんなくなるよな」


 二人が小声で言うと、上森は続けた。


『どうやらリコという人物は犯行と無関係のようですね。役者も揃ったようなので、こちらも氷室さんに動いてもらいましょう。分室の方は小野寺さんが待機してます。架空の人物がもう一人増えますけどね』


テキスト送信者/ヒロ:了解っす。氷室さんよろしく!



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『それじゃ氷室さんターゲット接触お願いします』


テキスト送信者/氷室:氷室、いきます!


 氷室はゆっくりと席を立つと、権田原改めアキヒコ達の席に向かった。

 彼らの席の横を通過しながら、


「アレ? あの〜... もしかしてさっき私の友達を助けてくれた人じゃないですか??? ほら、酔っ払いに絡まれてた...」


 氷室がビックリしたように目をクリクリさせながら言うと、アキヒコも思い出したように言った。


「あぁ〜、さっきの女の子のダチだよね?」

「やっぱり! そうですそうです! こんな所で会うなんて奇遇ですねえ〜!」


 シゲルが小声で、


「おい、誰だよ? ゲロマブでね? 紹介しれ、紹介!」

「あ、先輩、この人はっすね...」


 ネズミ男改めショウが先ほどの顛末てんまつを話すと、氷室は嬉しそうに言った。


「あ、どうも... さっきの事をユッコがお父さんに電話で伝えたら『是非お礼がしたいが、名前とか分からないのか?』って言ってましたよ。ちょっと待って下さいね、せっかくだからユッコパパに連絡してみます」


 氷室はそういうとスマホを操作した。


「あ、ユッコパパですか? ミマです。さっきは電話でどうも。実はですね、今すごい偶然なんですけど、さっきユッコを助けてくれた人に会っちゃったんですよ! そうそう、目黒のファミレスで... ええ、ええ、あ、そうですか? じゃちょっと電話代わりますね!」


 氷室はそういうと小声で、


「さっきのユッコのお父さんで三枝祐一みえだゆういちさんです」


 と、強引にスマホをアキヒコに手渡した。アキヒコは少し戸惑ったが、


「え、あ、ハイ...ハイ、そうっす」


 と何やら対応している。電話の声の主は分室に待機していた小野寺なのだが...


「ウィッス、そうすか? え〜と、4人、いいんすか? そりゃすげーっすけど。分かりゃした、それじゃ明後日の夜7時に...」


 アキヒコは何やら話しを決めたようでニヤニヤしながら氷室にスマホを返した。



「なんだよ、アキヒコ言ってみそ?」


 シゲルがかすと、


「俺らスゲ〜ついてる的な? 今よ、このミマちゃんの携帯で話してたのが、さっき俺らが助けた女の子の親父さんなんだけどよ。明後日、お礼にフランス料理おごってくれるってよ。リコも入れて『4人でおいで下さい』だと!」

「ウォ、すっげじゃん! おフランス料理ってなんだよ? 何食わしてくれんの?」


「ああ、ユッコのお父さんが良く使ってる青山のレストラン『1934』でしょ? 一軒家みたいな建物なんですよ。じゃあ、フルコースですよ! 正装してかないと。いいですねえ〜!」


 氷室がそう言うと、


「清掃? ちゃんと風呂入って来いってか?」

「アキヒコ、オメぇバカ? ちゃんとしたカッコして来いって事だろがよ」


 シゲルが同意を求めるような目で氷室を見た。


「そうですね。まあ一応ネクタイ締めてった方が良いかもしれないですよね」

「ええ〜? メシ食うだけなのにネクタイしなきゃいけないんすか? ってかオレ、ネクタイなんて持ってねっすよ... 先輩は?」


「オ、オレだって持ってねえよ。なんだじゃ買いに行くか? 俺ら金持ちだしよ」

「そうっすね。青山でメシなら、やっぱ洋服の青山でネクタイ買ってくのがいいんでねっすか?」


「ヘヘン、オメーらダセーな。オレは今日も背広とネクタイ姿だったんだぜ!」

「そりゃオメーの役が受け...」


「ウケ?」


 リコが聞くとシゲルは咳き込むフリをして、


「い、いや、こっちの話。ウケっつたらボーイズラブだろ... と、とにかくだな、明後日は正装を買ってから青山でおフランス料理を食うざます!」

「あたしもアメリカのご飯なんて初めてだし〜!」


「リコさん、ちゃいます。フランスったらヨーロッパ... っすよね???」


 今度はショウが同意を求めるような目で氷室を見る。


「そうですね。まあでもカジュアルな店だから、そんなに気にし過ぎないでいいんじゃないですか?」

「火事がある? ってなんなんすか?」


「バ、オメー、カジュアルだろ」

「で、カジュアルってなんだよ?」


「ウルセェウルセェ、カジュアルっつたらカジュアルなんだバカヤロ」

「おう、それな。カジュアル」


テキスト送信者/ヒロ:頭悪くなって吐きそうです

テキスト送信者/カイジ:品性下劣っす


『明後日の誘い出しも成功しましたし、氷室さんにもそろそろ撤収してもらいましょう』



 上森はそう言ったが、ターゲット達は氷室と盛り上がっているようだ。


「え〜! ミマさんもこういうの好き〜〜? 」

「うん、好き好き! 可愛いよねえ」


「ミマちゃん、こいつと趣味あうの? やめてくれよなあ、気持ち悪ぃじゃん!」

「そんな事ないですよ。ニュルニュル〜ってしてて可愛いですよ。リコちゃんの持ってるキーホルダーとか私も好き!」


「ほら〜! 聞きなよアキヒコ〜! 好きな人いんじゃん〜!」

「だってオメエ寄生虫だろ? オレは無理!」


「そんな事ないし〜〜! お尻からピョロピョロ出てたら可愛いし〜!」


 向こうのテーブルから聞こえて来る会話を聞いて、カイジは顔をしかめた。


「また、その話っすか。なんか今日はたたられてるっすね」


 そう言いながら頭を抱えたカイジは、うっかりテーブル脇に置かれているナイフやフォークの入ったプラスチックトレイを押して、通路に落としてしまった。


 "ガシャガシャン!" 大きな音に店内の人の目がカイジ達にそそがれる。あわてて散乱した食器を拾おうとするカイジに駆け寄ってきた店員が、


「お客様、お怪我はございませんか? あ、大丈夫です、食器類は私どもで拾いますから...」


 と、通路の掃除を始めた。


「ウス、申し訳ないっす...」


 下を向いていたカイジは、そう小声で言いながら、上目使いでターゲットの方を見ると、運悪くアキヒコ達と目が合ってしまった。


テキスト送信者/ヒロ:少々トラブル。カイジがターゲットに顔を見られました


『今の音は聞きました。まあ、Cチームがターゲットに接触する機会はありませんから、大丈夫でしょう。平静を装ってその場を離れてください』


テキスト送信者/カイジ:申し訳ないっす、では店を出るっす


 二人が店を出る準備をしていると、ターゲット達の席から声が聞こえて来た。


「それじゃ明後日は美味しいもの食べて来て下さいね! ユッコのパパは『フィジカル・ロック・ソリューションズ』って会社の役員をやっててお金持ちだし!」


 氷室はそう言うと席を立ち、ゴソゴソやっているヒロ&カイジ達の横を通り抜けると、一足先に店を出た。


 氷室が会計を終わるのを見計らってヒロ&カイジもレジを済ませ、落ち合い先の車に急いだ。

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