第6話 『追跡、目黒へ』



「ウス、カイジっす。ターゲットは現在電車通りを南西に移動。再び駅に行くようっす」


『了解、そのまま追跡続行をお願いします』


 Cチームのヒロ&カイジによる追跡は続いていた。相変わらず人通りの少ないローカルな駅前まで来ると、権田原は抱えていた赤いバッグを、コンビニのゴミ箱に強引に押し込んだ。


「ヒロです。権田原が赤いバッグを駅前コンビニ『スリーセブン』のゴミ箱に捨てました」


『証拠隠滅かな? Cチームで回収可能ですか?』


「小さい投入口に押し込んだので、すぐに回収するのは無理かもしれないっす」


『なるほど、了解です。それでは後で堀井さんに回収してもらいましょう』


「ウス、現金が入ってるわけないっすよね?」

『恐らく、別の持ち物に移しているでしょう。ネズミ男が茶色いバッグをタスキがけしていると言ってましたが、それが怪しいですね』


「確かに。ネズミ男は茶色いバッグを手で守るようにして歩いてますね」

『フム、やはり。とにかく追跡を続けてください』


 ヒロ&カイジの二人はターゲットを追って駅改札に入って行く...



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『堀井さん、ちょっと手伝ってもらえますか? こちらの位置情報ではまだ先ほどの場所の近くにいますよね?』


 ディスプレイで堀井の現在位置を確認しながら上森が言うと、堀井はすぐに答えてきた。


「ハイ、大丈夫です。何かありますか?」


『ええ、ターゲットの一人、権田原が赤いバッグを駅前コンビニの『スリーセブン』店頭のゴミ箱に捨てたようなんです。恐らく証拠隠滅と思いますんで、コンビニに行って回収してもらえますか? 指紋も残っているでしょうしね』


「分かりました。ちょっと演技して入手してみます」


 堀井は急いでコンビニ前まで行くと、ゴミ箱の穴を軽くのぞいて見た。確かに赤いバッグが見える。自分でゴミ箱の蓋を開けて取るというのは、ちょっと不自然なシチュエーション...

 やはり、何らかの工夫が必要そうだ。


 彼女は軽く深呼吸をすると突然困った顔になり、自信なさげにコンビニに入るとカウンターの店員に言った。


「あの、あのあの、私のバッグ... 友達がイタズラして、そこのゴミ箱に捨てちゃったみたいなんですけど... すみません、フタを開けて出してもらえないでしょうか? クスン...」


 堀井の少し涙ぐんだ演技にコンビニ店員は驚いて聞いた。


「え、いいけど、大丈夫? 何かイジメられたとかじゃないのかい?」


 堀井はオズオズと、


「い、いえ、そんな... そんな事ないです。仲良しの友達のイタズラなんです。ホント... 気にしないでください」

「そうかい? 君がいいなら、それでいいけど... ちょっと待ってね」


 店員はそう言いながら外に出ると、ゴミ箱を開けて赤いバッグを取り出し、堀井に渡した。


「はい、これ。本当に大丈夫?」

「え、ええ。ありがとうございます。一応お母さんには話してみます...」


 その言葉に店員は少しホッとしたように言った。


「そうだね。それがいいよ、気をつけてね」

「はい、本当にありがとうございました」


 堀井は軽く頭を下げると、トボトボと店を後にして、先ほどの路地に入った。

 コンビニから見えない場所まで来た堀井は突然シャンとしたかと思うと言った。


「上森さん、赤いバッグ確保しました。私、手袋をしてるんで、指紋は今のコンビニ店員さんと権田原の物がメインで付いていると思います。中身はカラですね」


『OK、ご苦労様。やはり現金はネズミ男のバッグかな? ところで、中々良い演技でしたよ』


「ありがとうございます、でもちょっと良心の呵責を感じちゃいます」


『う〜ん、まあ仕方ないね。犯人を捕まえられれば社会のためになるんだしね』


 堀井は、上森の言葉に元気を取り戻し、


「そうですよね。詐欺を告発できると良いですよね。ヒロさんとカイジさんには追跡を頑張ってもらわなきゃ!」


『うん、大丈夫、今二人は電車に乗った権田原とネズミ男を追跡中です』


「そうですか。それは良いですね。では私は離脱します。バッグはこの後、研究科の受付に預けるのでいいですか?」


『はい、堀井さんは夜、研究科でボイトレですね』


「そうです。今日は来季アニメ OP の歌 Get 目指してボイトレ頑張ります!」


『分かりました。バッグはスタッフに回収させるようにします。歌の方も頑張ってください、それでは』


「はい、また何かあったら声をかけてくださいね」


 堀井はそう言うと、赤いバッグを大事そうに脇に抱えながら駅に向かった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 堀井がバッグを回収している頃、ヒロ&カイジのCチームは追跡を続行し、JR の目黒駅を下車していた。


「ヒロです。ターゲットは目黒で下車しました」


『やはり! すると、昨日のかけ子のいる目黒通りに行くんでしょうね』


「ウス、ターゲットは、今改札を出て目黒通りに出ました。左の下り車線側の歩道を大鳥神社方向に歩いてるっす」


『了解です。こちらの予想が正しければ、大鳥神社おおとりじんじゃの先の裏通りに辺りにあるマンションが、かけ子のアジトと思われますんで、注意していてください』


「分かりました。追跡を続けます」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

『カイジが苦手な場所...』:



 二人は距離を置いてターゲット達の後をつけた。

 幹線道路沿いの歩道は、イヤフォンを付けてボソボソしゃべっていても人に聞かれる心配はなさそうだ。


 ターゲットは目黒駅前から続く坂を下りきると、大鳥神社の交差点を渡った。駅前と違い人通りはかなり減ったが車の交通量は相変わらず多い。

 道は直進すると徐々に登りになり、楽器メーカー Hamaya のビルを通り過ぎると次の角を左に入った。


 それを見たカイジが妙な声で言った。


「ウゲゲ、あそこ曲がるかよ。オレの一番苦手な場所だろ。そう来るか?」


 突然のセリフにヒロが聞いた。


「ン? お前何言ってんの? 何か問題あり?」

「いや、そこの角、オレダメでよ。アア、具合悪くなってきた、早く通りすごそうぜ」


「何言ってんだよ、お前は...」


 ヒロが角の建物を見るとそこには『目黒寄生虫館*』と書かれた看板が...


(注:目黒寄生虫館=目黒通りの大鳥神社近くにある博物館、ちょっと怖い)



「なに、オメあれがダメなわけ?」

「ウス... 小学校ん時、友達と興味本位で来てみたらよ、なんかグニョグニョした長いのが沢山ホルマリン漬けになってて... あ、具合悪くなってきた」


「しょもな〜、文太兄キが泣くぜ!」

「ウス、でも生理的にダメなもんはダメで... と、とにかく建物見ないようにして先行こうぜ」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 二人は目黒通りを左折すると、セカセカと寄生虫館の前を抜ける。


 辺りは大通りの喧騒けんそうを離れ、閑静な住宅街の雰囲気になって来た。

 ターゲットはそこから100メートルほど歩くと右に折れ、路地に入った。


「ヒロです。ターゲットが右の路地に入りました」


『はい、位置確認しています。マップで見ると、その路地を30メートルほど直進すると行き止まりにマンションがあるようです。近づいて尾行するとバレる可能性がありますから、路地の入り口から様子を見てください』


 上森の言葉にカイジもスマホを確認しながら言った。


「ウス、そうっすね。30メートルくらい何もない袋小路の道っす。片側は公園裏の土手、反対側は別な建物の壁になってるみたいっす」

「ヒロです。今、路地の角に来ました。ターゲットは突き当りの茶色っぽいレンガ造りのマンションに入って行きます。スマホでズームして画像送ります。マンション名はメゾン・グランドエンペラー目黒」


『メゾン・グランドエンペラー目黒... こちらのデータと同じですね。4階建物件のようです』


「エントランス写真をズームで見ると、正面のエレベーターが3階に止まってるみたいです。3階がアジトかもしれないっす」


『フム、昨日の位置情報にもマッチしますから、ここがかけ子のいる場所と思って間違いなさそうですね』


「ウス、これからどうしましょう?」


『ターゲットが3人で行動してくれると良いんですが、しばらく様子を見てもらえますか? こちらから車を出して氷室さんにも加わってもらって、接触のチャンスをうかがいたいと思います』


「分かりました。それじゃ、この辺りをウロついてます」

「目黒通りの方行くのはやめような」


 カイジの言葉に上森が聞いた。


『何か問題ありますか?』


「ウス、いや個人的な話っすから...」


 カイジは言葉を濁しながらヒロと二人で路地近くの階段に腰を下ろし、またしてもカッコイイ殺され方に関して真剣に話し始めたのだった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 20分ほどすると氷室を乗せた黒いミニバンが二人のすぐ横に到着、ヒロ&カイジの二人は暖かい車内に入りホッと息をついた。

 氷室は先ほどのセーラー服から淡いピンクのセーターの上に白のカーディガンを着込み、首には小さめのネックレスを付けている。


「日が暮れると結構寒いっすね」

「お疲れ様です。お昼過ぎからずっとですよね、ご苦労様」


 氷室がそう言いながら、持参のポットのコーヒーをカップに注いで二人に渡した。カイジはそれを受け取ると、少し下を向いて言った。


「ウス、でも自分ら暇っすから」

「おいおい、カイジそれ言っちゃあ、おしまいだろ!」


「でも、私たち研究科だから、そんなに仕事なんかないですよねえ? 私だって研修を受けながら、時々ガヤをやったり、名もない人物になってうなずいたりっていうのが多いですよ。でも頑張らなきゃ!」


 両手で握った拳を顔の前に差し出す氷室のポーズに、ヒロ&カイジは少しなごんだ。


「ところでターゲットはどうですか?」

「ウス、権田原とネズミ男が、この先のマンションに入ったっす。上森さんによると、昨日の電話の位置情報から、ここがかけ子のいる場所で、詐欺に関わった3人が集結してるっぽいっす」


「私も上森さんに、そんな感じで聞いて来ました。この後、3人が移動するようであれば、私が接触して情報を得るように、との指示です」

「え? 氷室さん、そんな危ない事やって大丈夫っすか? 俺らなら何とかなりそうだけど」


「ええ、多分... さっきターゲットとは会ってますから、何食わぬ顔で出会ったフリして情報を聞き出そうかと... 危険だけど演技の勉強にはなりそうでしょ?」


 氷室は軽く微笑んで言う。


「まあ、命がけの演技は身につきそうだけど...」

「ウス、オレらも近くにいるようにしますから、いざって時は声かけてください!」


「ハイ! 頼りにしてますね!」


 ヒロ&カイジが現役女子高生にそう言われて、ちょっとホッコリしていると、前の座席から運転手が小声で言った。


「ターゲットが出てきました。3人いますね」


 見ると先ほどの二人の他に、青のダウンジャケットを羽織ったメガネの学生風男が加わり、談笑しながら路地を出て来た。

 バッグも何も持っていないところを見ると現金はマンションの部屋に置いてきたのだろう。


「上森さん聞こえてますか? 今、ターゲットがもう一人増えて計3人でマンションから出てきました。眼鏡をかけて、青のダウンジャケットを着ています。今そちらのサーバーに写真を送ります」


 カイジがそう言うと、上森が答えた。


『はい、聞こえてます。写真、確認しました。恐らくメガネの男が、かけ子なんでしょうね。この後の追跡よろしくお願いします』


「はい、少し間を置いて追跡します」


 ヒロが答えると、氷室がちょっと不快そうに言った。


「ニヤニヤしてますね。お金が入って盛り上がってるのかしら?」


 カイジもムカついた感じで言う。


「ウス、許せんす! 鶴田浩二のアニキもあの世で怒ってるっす」

「お前また違う人言ってんのな。もういいけど... で、あの青のダウンジャケットが偽コウジってわけだな。いや、こっちのコウジも架空の人物だけどな」


 ヒロが苦笑しながら言うと、氷室も同意した。


「うん、なんだか『本物は誰?』って感じですよね。クイズ番組みたい! 権田原だって偽名でしょうし...」

「そうそう。さっきの高野さんの話じゃ、自分の名前書くのに権田原の “権” の字が書けなくて悩んだらしいしな」


「偽名使うなら、漢字の書き取りくらいやっといてほしいですよねえ」

「さて、我々も行動開始と行こう。上森さん、こちらも追跡を再開します」


 ヒロ達はそう言いながら車を降りる。ターゲットは目黒通り方向に向かって行く。


『追跡よろしく。ターゲットと接触のチャンスを掴めそうになったら、こちらから指示を出します』



 上森の言葉を聞きながら、3人は暗くなった通りを、仲良しグループのフリをして談笑しながら再び大通り方向へ向かった。

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