第5話 『最初のアジト発見!』:
ヒロ&カイジのCチームは権田原を追って、駅の改札を抜け、電車通りを右に曲がった。
電車通りと言っても商店が飛び飛びにある
寒風吹きすさぶ人通りのない道を歩きながら、ヒロがボソボソと上森と連絡を取る。二人の地味な喋り方もこういう時には周りに聞こえなくて便利だ。
「ヒロです。現在ターゲットを追って...」
ここまで言うとスマホを確認していたカイジが続けた。
「ウス、現在駅前通りを北東に移動中。駅から100メートルほどの場所です」
『上森です。追跡よろしく。そちらの場所は、こちらでも位置情報を確認しています。ターゲットは電話発信元の目黒通り沿いに向かっているのではないようですから、他にも仲間がいるのかもしれませんね。恐らく潜伏先の一つに行くと思いますから、よろしくお願いします』
「はい、ターゲットは今、右の路地に入りました。駅から150メートルほどの位置です。方角は...」
ヒロが言うと、再びカイジがスマホを見ながら言った。
「ウス、やや南東方向に折れました。この先は公園と住宅街のようっす」
『了解しました。引き続きよろしく』
二人は30メートルほどの距離を取りながら権田原を追う。道の両側には営業してるんだか、いないんだか、微妙なスナックがポツポツと並んでいる。
離れてはいるが、黒服のサングラスに似合わない赤いバッグなので、とても目立って追跡は楽だ。
「これ、目立ちすぎて犯罪者失格だよな」
ヒロがボソッと言うとカイジも、
「オウ、小林旭アニキにも怒鳴られるよな」
「お前さっき菅原文太とか言ってなかったか?」
「そうだったか?
「お前そっち系?」
「そっち? どっちだ? 右か? 左か?」
「いや、まあいいけどよ...」
どうやら二人とも見た目よりは、いい加減な性格らしい。
そんな会話をしながら追跡を続けていると、権田原が右側の建物に入るのが見えた。
「ターゲット、右側の建物に入りました。これから建物の前を通過して情報を送ります」
『了解。気をつけて』
上森からの言葉を聞きながら二人は建物の前を通過しつつ、スマホを建物の方に向けて画像を撮り、分室のサーバーに転送した。
「マンションの名前はフォレストヒルズ。入り口奥にターゲットらしき姿が見えました。エレベーターに乗るようです」
ヒロがそう言うと、カイジがスマホを確認しながら言った。
「ウス、南町7ー5ー12の建物です」
『こちらでも位置確認しました。サーバーに送られた画像とストリートビューで建物も確認。現在の不動産情報を見ると、何室か賃貸が出ているようなので大まかな間取りも確認しました。ワンルームから2DK程度の部屋が12室あるようですね』
「この先に小さな公園があるようですから、そこで待機するっす」
『現金を受け取ったわけですし、この後、かけ子の目黒通り沿いに移動すると思います。こちら犯人と接触のチャンスを狙えるよう、
「その間に動きあったら連絡します」
『ハイ、よろしくお願いします』
二人は連絡を終えると、少し先の小さな公園入り口の階段に座り込んで雑談を始めた。
「巨匠も登場か...」
「オウ、今回、力入ってるよな」
巨匠は声優界の
「でもよ、人から聞いた話だけど、巨匠って実は、アソコが巨大なほど小さいから、実は巨小だって説があんだってよ」
「それ、ホントかよ? 危ねえな、おい、これ分室に聞こえてんじゃねえの?」
イヤフォンから上森の苦笑まじりの声が聞こえた。
『聞こえてますよ〜。全部記録してますけど、今んとこハサミ入れ*ときます』
「危ねえ〜。カットよろしくお願いいたします!」
(注:ハサミ入れ=昔は録音物は磁気テープに記録していた。そのため、不要な音をカットしたりする場合、テープをハサミでカットして処理していた。転じて、不要部分のカットを『ハサミを入れる』という風に呼ぶようになった)
「ウス、じゃあ真面目な演劇論な。『カッコ良い
「おう、お前また殺されんの?」
と、まあ二人がそんな地道な演劇論を交わしてしばらくすると上森から連絡が入った。
『巨匠、堀井さん、
「了解っす。堀井さん、氷室さんとは美女も登場っすね。よろしくお伝えください!」
ーーーーー
『巨匠登場』:
二人が更なる演劇論を語って30分ほどすると、見覚えのある赤いバッグを持った男が、もう一人の男と一緒にマンションから出てきた。
権田原はサングラスを外し、下品な紫のオーバーを着込んでいる。
もう一人はネズミっぽい小男で、ネズミらしくグレーのコートを着て、肩から茶色の肩掛けバッグをタスキがけにつけている。髪の毛は中途半端に伸び、あまり手入れをしていない金髪が所々地毛の黒と混じり合ったマダラ模様になって見苦しい。
ヒロは二人の姿を背後から隠し撮りすると、分室のサーバーに転送し、上森に連絡した。
「ターゲットの権田原が、もう一人の男と出てきました。赤いバッグを持って駅方向に歩いています。服装はサングラスとネクタイ背広をやめて紫のオーバー。連れの男はネズミっぽ小男で、まんまネズミ色の服に金髪。サーバーに後ろ姿を送りました」
『了解、写真確認しました。巨匠にも転送します。とりあえず、小男は仮にネズミ男と呼んでおきましょう。今回の依頼ファイル M-175 でも、強面のスポーツ刈り男と、小柄でチョロチョロした男、それに電話をして来た男の3人がリストに上がっていますから、その内の二人の可能性が高いですね』
「なるほど、ピッタリですね。ターゲットは現在、駅の方向に向かってますから、恐らく電車に乗るのでしょう」
『了解しました。それでは道の途中で巨匠に登場してもらいます。お二人はその後も追跡続行願います』
「分かりました。ターゲットと距離を置いて追います」
権田原とネズミ男が駅方向に100メートルほど歩いた頃、上森から巨匠達に指示が飛んだ。
『それでは巨匠、先ほどの電話打ち合わせの感じでお願いします。堀井さんは最初から、氷室さんは後の登場です。手順通りよろしく』
巨匠達3人は、
「はい、よろしく」
と答えると車を降りた。
巨匠と堀井は、人通りのない道をターゲットの来る方角に50メートルほど移動して待機、氷室はその反対方向の路地まで歩き、物陰に軽く身を隠した。
巨匠は薄汚い作業服を着てズボンのポケットにはシワくちゃの競馬新聞が挟まった労務者スタイル。
一方、堀井と氷室はセーラー服を着た女子高生風だ。まあ、二人とも年齢不詳のキラウラコンビとは違い、実際に現役の女子高生なのだが...
1分ほどすると権田原とネズミ男の二人が巨匠達の視界に入って来た。それを確認すると巨匠は堀井の腕を軽く
「それじゃ」
と小さく言いながら演技を始めた。
「いいじゃねえかよ、減るもんじゃねえし」
「やめて下さい!」
「そんな事言うなよな。オジサン、今日は馬が当たっちまってお金あるんだぜ」
「離してください。私、家に帰りたいんですから! ひ、人を呼びますよ!」
スナックが点在する人気のない裏通りで二人がそんなやり取りをしていると、権田原とネズミ男は近づいて来てこちらを見た。
堀井は助けを求めるようにターゲット達を見たが、巨匠はお構いなしに、
「楽しいとこ連れてってやるぜ〜、ヘッヘッヘ!」
と、堀井の腕を引っ張る。
無視しようにもターゲット達の進行方向の真ん中で
権田原は思わず声をかけた。
「オイオイ、何やってんだよ」
ちょっとした言葉だが、ガタイの良いスポーツ刈り
「エ、なんだってんだよ! オ、オレは何にもしてねえぞ。ちょっとお嬢さんとだな、話をして... 合意の上でだぞ! お前らには関係ねえだろう、エ? どうだってんだよ... お前らなんざ張り倒したるぞ... オレ様はなあ、怒らせると...」
と、言葉の最後の方はモゴモゴと分からないような捨て
堀井は大きな瞳を輝かせながら権田原を見つめ、
「あ、ありがとうございました。私、怖くって怖くって、どうしたらいいか分からなくって...」
権田原も悪い気はしないのだろう、薄笑いを浮かべながら、
「いいっていいって...」
と、その場を去ろうとした。しかし堀井はそれを止めるように、
「いえ、助けていただいて本当に良かったです。お二人が通りかからなければ、私どうなっていたか... あの... お礼をしたいんで...」
瞳をウルウルさせる堀井。
権田原たちは嬉しそうであるが、やはり手に抱える赤いバッグの方が気になっているようだ。
「いやいや、大丈夫ならいいって。それじゃ俺らは...」
そんなやり取りをしていると、路地の陰に隠れていた氷室が駆け出して来た。
「ユッコ、どうしたの?」
息を切らせるフリをする氷室に堀井は、
「今ね、酔っ払いに
と、お祈りのポーズのように、胸の前に手を組みながら氷室に言った。氷室は権田原達に向かって
「ヘェェ、それは危なかったねえ。本当にありがとうございました!」
と、頭を下げた。権田原は、
「いや、ホントに良いって。じゃ、オレら急ぐんでこれで。ま、気をつけてな...」
そう言うと、そそくさとその場を離れ、再び駅の方に向かって早足で歩き出した。
「ありがとうございました!」
堀井達は深々と頭を下げて見送ったが、権田原達が電車通りの方に曲がって見えなくなると、氷室は
「OK かな? 上森さん、とりあえず最初の接触完了です。向こうは私の顔を覚えたと思います」
と、ケロっと言った。
『お疲れ様でした。それでは巨匠と堀井さんは、これでお疲れ様です。氷室さんは後ほどまた... Cチームは再びターゲットの追跡願います』
上森の声が終わるか終わらないかのうちに、ヒロ&カイジは堀井達の横を足早に通り抜け、
「ご苦労様っす」
と声をかけながら権田原達の後を追った。イヤフォンからは、
『お疲れです。悪役の黒木です。酔っ払い終了! それじゃ今夜の劇団の公演に合流しますんで、これで』
と、巨匠の笑い声が聞こえた。
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