第4話 『性格違うね4人組』


 高野/梶宮のBチームがターゲットを追って移動し始めた頃、C/Dチームの4人は駅前の喫茶店『スターベック』でコーヒーを飲みながら待機していた。


 昭和の時代を思わせる古臭い木造りの店内にはコーヒーとタバコの匂いがただよい、店内 BGM はもちろんポールモーリア・グランドオーケストラの『オリーブの首飾り』だ。


 重厚な4人掛け木製テーブルに座るC&Dチーム。


 手前側のCチーム、ヒロとカイジは俳優志望の20代。黒基調の地味目なジャケットを着たシリアス系希望の研修生だ。それだけに全身からはストイックな雰囲気が溢れ出している。彼らは時折、テレビの刑事番組などに呼ばれてはピストルで撃たれて悶絶もんぜつしたり、川辺で血まみれになって倒れている役などをやっている。


 その反対側に座るDチームのキラとウラは声優ユニット “Core⭐︎Cure!” のメンバー。今をときめくアイドルスタイルの声優ユニットであるにも関わらず、この二人はもっぱらビンテージ死語ギャグを連発するお笑い担当の年齢不詳女子だ。今風なんだかレトロ風なんだか分からない微妙な服装をしているが、曖昧あいまいな立ち位置の声優になるくらいなら、いっそお笑い系声優を目指してみようという野心家でもある。


 キラが言った。


「それにしても『スターベック』って凄い名前だよねえ」

「ホントホント! 大人の事情的に大丈夫なのかねえ?」


 ウラが明るくそれに答えると、ヒロがボソッと言った。


「大人の事情というと、どのような事情すか?」

「いや、あの〜... あ、ネットで見たら、この店の名前って町内会レベルじゃ問題になったけど、全国的にはガン無視で、一部マニアが盛り上がるオマヌケ喫茶らしいよ」

「ウス、でもコーヒー美味いっす」


 キラの言葉に今度はカイジがつぶやいた。


「なんかノリ悪!」

「自分、シリアス志望すから」

「鶴田浩二系!?」

「いや、自分、高倉健派っす」


「うぎゃ〜! マニアック。今時知らないっつ〜のよ! いやファンは喜びそうだけどさ」

「でんなでんな、寡黙かもくキャラっつ〜か月水金キャラっつ〜か」

「課目とゲッスイキンって何すか?」


「ダミダこりゃ」


 彼らが、なんだか噛み合わない話をしていると、テーブル中央に置かれたスマホがブルブルと振動し、画面に上森からのメッセージが表示された。


“ターゲットが移動開始。Bチームが追跡中。Cチーム駅北口改札、Dチーム駅前広場に移動願う。ターゲットの権田原は黒の背広に赤いネクタイ。角刈りでサングラス。赤いバッグを所持”


 ヒロがスマホの画面をタップすると、先ほどBチームの撮影した権田原の遠景スナップが表示された。


 4人は急に真顔になると、高野/梶宮コンビが使っていたのと同じようなイヤフォンを耳にかけた。


 彼らのイヤフォンは超小型のワイヤレス方式で、分室の上森や各メンバー間の声をポケットのスマホが受信すると、それを Bluetooth 経由で各自の耳元に送るという仕組みだ。小さいので、ちょっと見では付けている事を他人に悟られる事はまずない。


 さらに喋った言葉は骨電導こつでんどうで拾い、これまた Bluetooth スマホ経由で、お互いに会話が可能という分室自慢の優れアイテムでもある。


 そんな特製イヤフォンを付けた4人は、急いで立ち上がると喫茶店をあとにした。



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 各々のイヤフォンには次々とターゲットの情報が入る。Cチームのヒロとカイジは、ほどなく北口改札に到着した。ホーム下のうらぶれた雰囲気の改札にはサラリーマン風の人があふれている。


「Cチームヒロです。北口改札に到着、人が多いので、以後テキストメッセージを送ります」


 ヒロはボソボソ言いながら、カイジを見て首を斜め横方向に動かした。カイジはそれが改札の反対側で待機しろという合図だとすぐ理解し、場所を移動した。


テキスト送信者/カイジ:北口改札、ヒロと反対側の位置にて待機中


 二人はスマホをいじりながら人を待つフリをし、権田原が来るのに備えた。



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 一方キラとウラは、少し遅れて小さなバス乗り場のある駅前広場に到着。おバカ女子を演じる二人は、周りを気にする事もなく堂々と周辺の状況を説明し始めた。


「Dなキラとウラは駅前広場んとこ来たにょ! そ〜んなに人はいないねえ、今んとこ赤いバッグを持った人なんていないにょ!」

「ね〜、キラ〜東京凄かよ! 電車が走っとるわ!」

「なに言ってんの、そんなんうちの田舎だって1時間に1本は走ってるがね!」

「そういうわけで、私たち JR 駅前広場にて自撮りしマッスル〜!」


 と言ったかと思うとポーズを取り、スマホを自分たちに向けたり街に向けたりしながら写真を撮り始めた。あまりにも大胆な行動なので、周囲の人たちは東京に出てきたばかりの田舎娘がはしゃいでいるものと思い、生暖かい目を二人に向けている。


 イヤフォンの上森の声が言った。


『了解、Cチームはそのまま待機、Dチームは東口路上に移動』


テキスト送信者/ヒロ:C了解。北口改札前にて待機。


 キラとウラはスマホで自撮りポーズを撮るフリをしながら東口に移動して行く。

 すると間もなく、遠方からガタイの良い黒づくめの男が、不似合いな赤いバッグを抱えてこちらに向かって来るのが見えた始めた。


「キタ〜〜〜!」

「キタコレ〜!」


 二人はそう言うと権田原と反対の方を向いてスマホを自分たちに向け、シャッターを押した。


「ダ〜〜、ウラちゃん全然違うとこ写ってるにょ! 後ろのオジサンのアップ撮ってどうするっちゅ〜の!」

「キラごめん! もう一枚! あ、また後ろっ側が写ちった!」


 なんちゃって自撮り写真には二人の肩の向こう側に赤いバッグを持った権田原がしっかりとアップで写っている。


「ターゲット写真のアップ補足。サーバーに転送します」


 キラはコッソリそう言ってから、


「あ、電車来ちゃうよ。ウラ、ほら早く改札行こ! ウララ〜ウララ〜」


 と昭和歌謡を歌いながらウラの背中を押して改札に向かった。ウラは押されながらスマホでテキストを打って上森に連絡した。


テキスト送信者/ウラ:ターゲットは東口改札を通過。D追跡続行。


 上森からはすぐに指示が飛んだ。


『Cチームは北口改札からホームへ移動。Dチームからの情報を元にターゲットと同じ電車に乗ってください』


テキスト送信者/ヒロ:了解、ただいまよりホームへ移動


『Dチームはターゲットの情報を出来るだけ詳しくCチームに伝達してください』


テキスト送信者/ウラ:了解



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ヒロとカイジは北口の階段を上りホーム中ほどまで移動したが、混雑したホームでは遠くから権田原を視認できそうにない。ヒロはメッセージで上森に状況を報告した。


テキスト送信者/ヒロ:ホーム混雑。車内でもスマホのテキストを打つのは困難な可能性


 上森からは対応策の指示が入った。


『それではこちらから Yes/No の質問形式でメッセージを伝えます。答えが Yes ならヒロ君が咳払せきばらいを、No ならカイジ君が咳払いをしてください』


 すぐにヒロがゴホンゴホンと咳払いをすると上森が伝えた。


『その方法でよろしく』



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 一方、キラとウラは、相変わらずハシャいだフリをしながら権田原の数メートル後ろを移動していた。


「ホームに来たけど、ちょっと混んでれら。ん? ウラ見て! なんか行き先案内に事故で遅延とか出てるよ」

「あ、ほんとだ。スマホの遅延情報だと、10分遅れで徐々に平常運転に回復中だって」

「こりゃみんなハグれないように気をつけにゃ!」


 キラウラの二人が数メートル先を注視すると、権田原も同様に遅延情報を確認しながらスマホを見ている。画面を何度かスワイプした権田原は体を2番線の渋谷方面側に向けた。


 それを見たキラは、


「そんじゃ私たちナウなヤングは渋谷でフィーバーしようかにい」

「んだねえ、んだば次の電車で渋谷へ Go! 2番線だよ2番線〜!」


 ウラの言葉を確認した上森はCチームに指示を送った。


『ターゲットは次の2番線、渋谷方面行き電車に乗る模様。Cチームはターゲットから離れた車両に乗ってください』


 ヒロはそれを聞くと『ゴホン!』と一度咳払いをした。


 ”本日は人身事故のためダイヤが乱れてご迷惑をおかけしております。次の電車は只今お隣の駅を発車いたしました”


 ホームのアナウンスが告げて3分ほどすると電車がゆっくり入って来た。ドアが開いたが降りる人はほとんどなく、ホームにあふれる人たちは、隙間のありそうなドアを狙ってドッと押し寄せる。


 キラとウラはそのかたまりになった人の後ろから、ドアの中に入ろうと必死に踏ん張ってみたが、所詮は年齢不詳女子... 多量の肉塊に弾き飛ばされドアに近づく事すらできない。


 “列車は続いて到着します! 無理なご乗車はなさらず、いている後続の列車をご利用下さい!”


 気の抜けた脱力発車メロディーが鳴る中、悲鳴のような駅アナウンスが流れるが、ほとんどの人は取りかれたように電車に乗ろうとドアの縁に手をかけて押し相撲をやっている。


 ウラがふと後方車両を見ると、権田原は早々に乗車をあきらめ、次の電車を待つ事にしたらしく、涼しい顔をしてホームに戻っている。


「ア! 私、乗るのや〜んぴ!」


 ウラのわざとらしい声を聞いたキラも、チラッと後ろを見ると、


「そだね〜、次のにしましょ、次のに!」


 と、トコトコとドアから離れた。


「ふ〜、危ない危ない、もうちょっとで離れ離れになっちゃうとこだったよ。って事で、キラウラ、次の電車待ちま〜す!」


 キラがそう言うと上森からの指示が聞こえた。


『了解です。Cチームも車両から離れて次の渋谷方面行きを待ってください』


 Dチームの二人がホッと一息ついていると、再び脱力駅メロが鳴り、電車が動き始めた。徐々に速度を増す電車を見た二人の目には、すし詰め状態のドアにビッタリと貼り付いたようなヒロとカイジの姿が一瞬映った。


「ね、キラちゃん、今一瞬、ドアんとこに押し潰されたヒロ&カイジさんが見えなかった?」

「うんうん、なんかドアガラスに顔がくっ付いて、タコ唇してたよね」


 上森の慌てた声がイヤフォンから流れた。


『Cチーム、電車から降りられませんでした。次の駅で降りて待機するよう伝えます』


「アチャ〜、降り損なっちゃったのね、ハードボイルドなのに」

「だねえ、固茹かたゆで系なのに、お笑い系になっちったね。ご愁傷様です、チ〜ン...」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 キラウラがそんな会話をしている時、電車の中で身動きの取れないヒロとカイジは、ギュウギュウ詰めの車内で、圧迫されてギシギシ鳴る背骨の痛さに耐えていた。


『Cチーム、次の駅で下車して後続列車に乗って追跡を続けてください。ターゲットの様子は随時報告します』


 上森からの言葉に、ヒロは無理やり体を動かしてゴホンゴホンを咳をした。周囲にいるハゲちゃびんやポマード頭のオヤジ臭サラリーマン達は、病気の感染源でも見るかのような目でヒロを見つめると、できるだけ彼らの吐き出した咳の空気を吸わないようにとそっぽを向いた。


「俺ら、カッコ悪ぃかも」

「ゥス、文太兄ぃも泣いてるっす」

「お前さっき高倉健っつってなかったか?」

「ウぃす。どっちでもいいっす」

「ハァ〜...」


 二人は深いため息をつくと、再び周囲の人たちは迷惑そうに顔をそむけるのだった。



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 ヒロ&カイジが隣の駅で開いたドアから転がり降りた頃、ターゲットとキラウラのいるホームには電車が入って来た。


「よし! 今度こそ電車に乗るにょ!」

「うっゎ、この電車はガラ空き! みんな駅のアナウンスの忠告聞きゃ良かったのにね〜!」


 二人は今度こそ権田原が電車に乗るのを確認すると、一つ隣のドアに飛び乗った。


「ハァ〜、みんな電車乗れて良かったにょ」

「うんうん、次の渋谷方面行きは快適〜!」


『Cチーム次の渋谷方面行きに乗車して下さい』


「ゴホン!」


 上森の指示を聞いたヒロが人のいなくなったホームで軽く咳をして答えた。


 電車はゆっくりとホームに入って来る。


 ヒロはガラ空きの車両を確認すると、


「渋谷方面行き来ました」


 とコッソリ言う。

 上森が答えた。


『OK、その電車です、後方車両に乗ってください。ターゲットの動きについてはDチームの指示に従ってください』


 ヒロは軽くゴホンと咳払いをすると、電車に乗り込んだ。


テキスト送信者/カイジ:電車乗りました。7号車です。

テキスト送信者/ウラ:ようこそ、今ターゲットは一つ下り寄りのドアにいます。 こちらは3号車。ターゲット降車後は追跡よろにゃ。

テキスト送信者/カイジ:ニャ?

テキスト送信者/ウラ:気にせんといて。ターゲットは相変わらず赤いバッグを大事そうに抱えてるんで目印にしてにょ!

テキスト送信者/カイジ:ニョ?

テキスト送信者/ウラ:生きるの大変でない? おっと、ターゲット降りるかも、ちょと待って。

テキスト送信者/カイジ:ウス。


 二人がそんな会話をしているうちに電車は3つほど先の駅に近づいて来た。権田原は赤いバッグを胸の前に抱いたまま、ドア近くに移動して車内表示をながめている。キラがこれ見よがしに話し始めた。


「しゃーて、そろそろ降りるかもねえ。ね? ウラ!」

「そだね〜、ちょ〜とそんな気分にもなって来たかも」

「んじゃ、降りる準備とかしたりして」

「うんうん、じゃ、そんな気になったら降りるからね〜!」


 二人の会話にヒロがテキストを返す。


テキスト送信者/ヒロ:ウス。


 電車は速度を落とし、ホームに滑り込む。ドアが開くと降車する権田原が見えた。キラウラもすかさず電車を降り、


「降りた〜! さーてウラどこ行こか?」

「そだね〜、あ、前の方の出口から出よっか、早く早く!」


 見ると権田原はキラウラの方に向かって来ていた。恐らくホーム前方の改札から外に出るのだろう。


 それを聞いたヒロ&カイジも慌てて電車を降りると、急いでホーム前方に走った。眼前にはゆっくり歩くとキラウラの後ろ姿と、赤いバッグを持った黒服の男が見える。


 二人は少し速度をゆるめると、早足でキラウラを追い抜きながら、


「それじゃ」


 と小声で言った。

 キラはヒロの背中をポンっと軽く叩き、


「よろしく」


 と言うと、


「ねえねえ、ウラ、ちと疲れちゃったからベンチで休憩しよっかにゃ?」


 と、二人でベンチに座り、権田原が見えなくなるのを確認すると言った。


「Dチーム追跡完了しました。引き続きCチームが追跡続行」


『お疲れ様でした。それではお二人は今夜の ”お笑い声優王選手権” の予選、頑張って下さい。マネの増田とはテレ西ロビーにて』


「は〜い! それでは!」


 二人は元気よく答えるとイヤフォンを外して何事もなかったかのように、後続電車に乗り込むのだった。

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