第3話 『高野と梶宮行動開始!』

『高野と梶宮行動開始!』:


 小笠原のミッションが終了して、マイクロバスが白金に向かうより30分ほど前、白三プロの声優研究所、研究科の高野と梶宮の二人は上森の指示に従って待機中のワゴン車を降り、三笠山公園に向かっていた。


 背が高く痩せ気味だが精悍せいかんな雰囲気の高野は、少し髪の毛を金色っぽく染め、白っぽいダウンジャケットに身を包む。眼は悪くないのだが、一応変装の意味もこめてメガネをかけている。


 一方、小柄な梶宮は、ちょっとフリルの入った薄いブルー系のワンピースにモコモコのオーバーを着ている。少し頼りなさ気に見える彼女の容姿、そしてそのロングヘヤーは、歩くたびに風に流れ、妖精のような雰囲気だ。


 二人とも小笠原が使っていたのと同じようなイヤフォンを耳にかけている。ただ、彼らのイヤフォンは小笠原のものとは違い、白を基調にしたお洒落なデザインだ。


 二人は公園に向かう途中、周囲に誰もいないのを確認すると独り言のように喋り出した。


「上森さんお疲れさまです。Bチーム、研究科の高野です、今日はよろしくお願いします」

「同じく研究科、梶宮です、よろしくお願いします」


 イヤフォンからは白三プロ分室にいる上森からの声が聞こえてきた。


『はい、二人とも今日はよろしくね。それで今日の二人のお役目だけど、昨日ちょっと説明したみたいに小笠原さんがお金を渡す予定の自称 "権田原" という男の追跡です。お金は赤いバッグに入れて渡すんで、これを目標に追ってください。バッグを捨てて現金だけ持って行く事も考えられるので、追跡が大変になるかも知れませんけど、頑張ってくださいね』


「できれば、バッグを持ったまま移動して欲しいですねえ!」


 高野の意見に上森も同意する。


『まったくです。で、ターゲットの移動方法は、まだ分かっていません。車か電車のどちらかを使うと思います。もし、ターゲットが駅方向から公園に入れば電車移動、それ以外なら車移動と考えています』


「わかりました。それで、私、Google Map で調べたんですけど、公園の真ん中に噴水があるみたいなんです。そこからだと、どの方向も見渡せそうなんで、私達、その噴水の縁に腰掛けて愛を語り合いながらターゲットの来る方向を確認しようと思ってます」


 今度は梶宮はコロコロ転がるような声で言った。


『いいですね、それでお願いします。今、C/Dチームは駅前の喫茶店で待機していますが、ターゲットが駅方向以外から来るようであれば、両チームはその方向に移動してもらい、車でターゲットを追跡してもらいます。逆に電車の場合は、駅前までターゲットを追跡してから、C/Dチームにミッションを受け渡してください。二人の設定は軽い恋人同士が公園で楽しく話すって感じだけど、ネタは考えてもらえたかな?』


 上森の質問に、高野が答えた。


「ええ、大丈夫です。去年のスーパーセンチュリー研究科公演でやったアキラとメグミの雰囲気で行ってみようと思ってます」

『ああ、ヤマケンさんが脚本書いた話だね。OK それじゃその設定で...』


『なるほど分かりました。もし周囲に人が来てしまったら、会話を止めてスマホのメッセンジャーで分室のセキュアサーバーのボードに書き込んで下さい。こちらでも常時チェックしてますから...』


「退屈した二人が黙り込んでスマホをいじる構図ですね」


 梶宮の言葉に上森はちょっと苦笑しながら言った。


『そうですね、人前でスマホでラインとかやってても不自然じゃない時代ってのも不気味だけど、探偵には便利な世の中だね。一応試しに何か打ってもらえるかな?』


「はい、それじゃ...」


 梶宮と高野はスマホに文字を入力すると、上森の目の前にあるサーバーマシンの画面には次々と文字が現れた。


テキスト送信者/高野:高野です。テストメッセージ、読めますか?

テキスト送信者/梶宮:梶宮です。私もテストテスト! いかがですか?


『はい、問題ありません。それでは、これでよろしく!』



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 高野、梶宮の二人は急ぎ足で歩きながら、公園中央の噴水前に到着した。


「今、噴水の前まで来ました。30メートルくらい先のベンチに小笠原さんが座っているのが見えます。オシャレなおバアちゃんスタイルですね。今のところ、周りには誰もいないみたいです。とりあえず梶宮さんと座って恋人の会話を始めたいと思います」


 高野がそう言うと上森は、


『分かりました。周囲に注意していて下さい。小笠原さんがターゲットと接触したら、その会話を高野君たちのモニターにも垂れ流すんで参考にしてください。気をつけて!』


 と、言葉を切った。高野と梶宮はアキラとメグミになり切って会話を始めた。


「アキラ君と会って一年くらいだね。あの時も結構寒かったよね」

「そうそう。メグミちゃんったら公園の猫に話しかけちゃってさ! な〜んかドキ〜ンと感じるものがあったんだよ!」

「アキラ君も公園猫好きだよね」

「うん、前は家でも飼ってたんだけどさ、去年死んじゃったら家で飼うのが辛くなっちゃって... それで公園の猫さんを眺めて楽しむようになったんだ」

「分かる分かる、動物って喋れないだけに死んじゃうと『自分はこの子を精一杯可愛がってあげてたかな?』なんて自分で自分をさばいちゃったりして...」

「そうだよね。そういうペットロスの人って結構いるらしいし...」


 二人がここまで会話するとモニターから上森の声が聞こえた。


『そろそろ指定の時刻になりますからモニターつなげます』



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『権田原がやって来た』:


 二人が辺りを見回しながら擬似恋人会話を続けていると、駅方向の公園入り口からガタイのいいサングラスの男が噴水の方に向かって来るのが見えた。


 高野は梶宮との会話を続けつつスマホを操作して文字を送る。


テキスト送信者/高野:駅方向からターゲットらしき男が接近


『了解、経過を見守ってください』


 上森の声に緊張する二人。サングラスの男はその横を通り過ぎて行く...


テキスト送信者/梶宮:今、噴水の横を通り過ぎて小笠原さんの方へ向かっています


『権田原の可能性が高いですね。駅方向という事は電車の可能性かな...』


テキスト送信者/高野:そういう気がします



ーーーーーーーーーー


 高野たちがそんな会話をしていると、サングラスの男は辺りを気にしながらベンチに座る小笠原の背後に近づいた。


 ほどなく、二人のイヤフォンには聞きなれない男の声が入ってきた。少し体を引きめて会話に聞き入る二人...


”長坂トミ子さんですか? 長坂コウジさんのお婆さんの...”


 いきなりの妙な言い回しに二人は吹き出しそうになり、


「声優学校で言葉の使い方覚えた方がいいよね」


 とコッソリささやきながら立ち上がり、噴水の前でお互いの写真を撮るフリをしながらスマホをズームにして、遠くにいる権田原の姿を写した。幸いにも撮影時のシャッター音は噴水の音にかき消され、ほとんど聞こえない。


「上森さん、高野です。今、遠方からですがターゲットの写真を撮影してます。そちらのセキュアサーバーに転送しますから確認お願いします」

『分かりました。怪しまれないように続けてください』


 二人は代わるがわるスナップ写真を撮ってはそれをサーバーに転送する。遠方ではターゲットが赤いバッグの中の紙幣を数え終わったようだ。少しの会話の後、小笠原からペンを渡された権田原が、


 "ご・ん・だ・わ・ら、え〜とゴンの字は〜〜、ゴンゴン..."


 と言ったのを聞いて二人とも吹き出してしまった。


「う、ウケル! 自分の名前くらい書けるようにしとかないとねえ」

「フェアリーちゃんな世界から来て日本語が書けないのかも知れないわ!」

「黒の背広に品のないネクタイ、ガタイの良いスポーツ刈りで職業フェアリー。新しいキャラ誕生かも知れないな!」


 そんな事を言っていると、


 “それではお金の受け取りも終わりましたんで、私はこれで...”


 と言う声がして、権田原は向きを変え公園の出口へと歩き始めた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

『追跡開始!』:



「ターゲットが移動を開始しました。これから梶宮さんと追跡します」

『了解です。そちらの場所はスマホの位置情報からも逐一ちくいち確認します。気付かれないようにね』


 上森の声を確認しながら、二人は権田原を追って公園を出た。


「ターゲットは公園を出て通りを駅方向に移動中」


 高野がそう言うと梶宮はスマホのコンパスソフトとマップを眺め、


「移動方向は北西です。500メートルくらい先が駅になりますね。やっぱり電車移動かしら...」


 と言いながら、


「繁華街へ近づいていますね、人が増えて来そうですから上森さんとの連絡は音声モニターをやめてテキストメッセージにします」


 と、スマホのメッセージソフトを操作し、分室のサーバーにテキストを送りつつ、先ほどの恋人設定の会話を始めた。


「アキラ君の飼ってた猫ってどんな子?」

「うちはアビシニアン!」


 二人はそう話しながらもメッセージソフトをたくみにあやつる。サーバーの画面には二人からのテキスト書き込みが次々に現れた。


テキスト送信者/高野:ターゲット駅前商店街に入りました


「あ、アビシニアンって友達のうちにいるけど、凄く人懐っこいよね!」


テキスト送信者/梶宮:マップだと駅の改札は北と東の2つ、車利用なら道はさらに1キロほど先に甲州街道


「そうなんだ、うちなんかお客さんが来ると、すぐにゴロゴロ言いながらひざの上に乗っちゃってさあ」


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『CDチームも行動開始』:



『上森です、マップで見ると、駅前の道はかなり入り組んでいるので、そのどこかに車が待っているとは考えにくい... 電車利用の可能性が高いですね。喫茶店で待機中のCチーム北、Dチーム駅前広場に移動してもらいます』


「わぁ〜、カワイイ! 私もアビシニアン飼いた〜い!」


テキスト送信者/高野:ターゲットは相変わらず赤のバッグ所持


『了解、先ほどの公園での写真も各チームのスマホに転送しました』


「今度うちのアビシニアン見に来て!」


テキスト送信者/梶宮:尾行続けます


 会話とテキストが入り混じり何だかパラノイアな状態だ。


「ウンウン、名前は?」

「アビちゃん」


テキスト送信者/高野:駅舎見えて来ました


「まんまですねぇ〜!」

「でもアビちゃんって名前はポピュラーらしいよ」


テキスト送信者/高野:ターゲット、北口をスルーしました


『了解、Cチームはそのまま待機、Dチームは東口路上に移動』


 二人が情報をやり取りしつつ猫会話を続けていると、権田原は東口改札方向へ道路を横切った。


テキスト送信者/高野:ターゲット、東口に入るようです


『了解しました。Bチームはそのまま道路を直進してターゲットをやり過ごして任務完了です。高野さん、梶宮さんはお疲れ様でした。追跡はCDチームが引き継ぎます。高野さんは今夜、研究科の授業。梶宮さんはソナスタのアフレコで見学兼ガヤの参加ですね』


テキスト送信者/高野:OK です。お疲れ様でした

テキスト送信者/梶宮:それでは失礼します


 二人はそのまま改札を通り過ぎると、追跡を次のチームにゆだねるのだった。

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