五分と五分
亀吉
セーフか、アウトか
男は真剣な顔をしていた。
「これは、セーフだと思うのだよ」
事務机の上、肘をついてそんなことをいう男に、男の後輩はため息をつく。
またくだらないことを考えているに違いない。そう思ったからだ。
「今日はなんですか」
しかし、どんなにくだらないことをいっていても、問わなければ、後が面倒くさい。後輩は経験上、それを知っていた。
「何って、ちょっとした哲学だよ」
「哲学」
「そう、哲学だよ。もしかしたら、数学かもしれない」
後輩は資料棚から重いファイルを取り出し、男のことばを繰り返す。それは格好つけたがりの男がよく口にする単語だ。本当の哲学には土下座では足りないくだらなさを発揮するときに出てくる単語でもあった。
「今、私が我慢している屁は、アウトか、セーフか」
今回のくだらなさは、爪を切ったときに切った爪を見失うくらいのものだ。ありふれていた。解決策もすぐわかる。しかし、男は席も立たず、難しい顔でじっと屁をこらえていた。
「アウトならどうなるんですか」
後輩はくだらないと思いながらそれでも、男の相手をする。資料を自分の机に置き、席に着きながらのそれは、明らかに適当だ。
けれど、男は屁をこらえているばかりに、後輩の様子にまで気が回らない。
「パンツに茶色い染みがつく」
「……ちょっと、哲学に謝ってください」
一度男の顔を確認して、後輩は口を曲げた。いかにも嫌そうだ。男のパンツのしみなどどうでもいいが、それに伴う屁の匂いとその後の残り香について、心の底から嫌だと思ったのである。
「確率は、五分と五分だ」
「そろそろ数学にも謝らないといけませんね」
どうしてそんなことで真剣な顔をせねばならないのか。もはやのっぴきならない状態だとでもいうのだろうか。それなら、すでに五分五分ではない。手遅れだ。
なんにせよ、後輩のいうことは一つである。
「早くトイレ行ってください」
「うん……こ」
小鹿のような足でトイレに向かうわりに、ギャグまでつぶやく余裕がある男に、後輩はやはり嫌な顔をしたのであった。
おわり
五分と五分 亀吉 @tsurukame5569
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