第七話 本の階段
それから数日が経った。授業が終わり放課後、千春はいつものように図書館へ行った。僕は教室で千春が帰ってくるのを待っていたのだが、担任の国沢先生がやってきて、
「千春さんはいる?」
と聞かれた。僕が
「図書館です」
と答えると
「悪いんだけど帰る前に職員室によるように言ってくれる?村長さんが本を寄贈してくれたんだけどうちの図書館て狭いじゃない。図書館に置くか、職員室で保管しておくか図書委員の意見がほしいの」
と言うので、僕は
「わかりました」
と言って、千春を呼びに図書館へ向かった。図書館に着くとドアをノックして、
「おーい、千春、先生が呼んでるぞ」
と声をかけた。数秒待っても返事が無い。
「ちーはーるー」
と大声で呼んでみても中からの反応は無かった。
(先に帰っちゃったのか?)
と思いながらドアを開ける。図書館の中には誰もいなかった。
(おかしいなぁ)
と思いながら貸し出し机の前に立つ。綺麗に並んでいる貸し出しカード、記入用の鉛筆。千春がやっているのだろう。
(仕事が綺麗だな)
と思いながら見ていると、不意に目の前に千春が現れた。
「うわっ!」
驚いて後ろにのけぞった。
「きゃ」
お互いに。
僕は後ろの本棚に背中をぶつけ、千春は壁に背中をぶつけた。
「翔君なんでここに!?」
「お前こそ一体どこから来たんだ!?」
「えっと、それは・・・」
「今、いきなり現れたよな。隠れてたとかじゃなく」
「う、うん」
「どういうことなんだよ、これは」
「・・・」
「言えないのか?」
「ごめんなさい」
「その本はどうしたんだ?」
千春は両手で数冊の本を抱えていた。
「まさか、どっかから盗んできたんじゃ」
「ちがう!」
「じゃあどうしたんだよ!」
お互いの語気が強くなる。
「これは・・約束だから・・」
「どうしても言えないのか!」
「言えない!」
数秒間の沈黙。
「分かった。じゃあもう僕は君から本を借りない」
翔の言葉に千春は下を向いた。
「じゃあな」
図書館を出て行こうとする翔。
「待って!」
後ろから千春の声がして、翔は立ち止まった。数秒間の沈黙の後
「言うよ・・」
つぶやくような千春の声が聞こえた。
「ドア、閉めてね」
千春に言われてドアを閉める。
「こっち・・」
貸し出し机の奥へ案内される。
「これ、見て」
しゃがんで見ると机の下に黒い本が並んでいた。
「翔君、前に本を返しに来た時、その本棚が無かったって言ってたよね」
翔は花音と話したときのことを思い出していた。
「そうだ、確か32番の本棚だ」
千春は黒い本の中から一冊を取り出した。よく見ると『三段目』と書いてある。そしてその本を開くと、胸ポケットからしおりを取り出した。
「いくよ」
そう言ってしおりを本にはさみ、勢いよく閉じた。一瞬目の前が暗くなったような気がした。
「翔君」
千春のほうを向くと
「こっち」
と本棚のほうへ歩いていく。僕もそれに続く。
「ここ」
千春が立ち止まって指を指した。その本棚には32番と書かれていた。
「え、なんで?あの時は無かったのに」
千春の方を見ると
「ここは学校の図書館じゃない。本の階段の三段目」
と言われた。わけが分からなかった。
「ここは本の階段。花音さんが作った図書室。私はそれを使わせてもらっているの」
僕の頭がすごい速さで回っているのが分かった。そして出した答えが、
「よく分からなかったが、花音の本を千春が借りているってことか?」
「まぁ、そういうこと」
千春が答える。
「だったらもっと早く言ってくれれば良かったのに」
僕が言うと
「ダメなんだよ!」
千春の語気が強くなる。
「このことを他の誰かに知られたら・・・もうここは使えなくなる」
その言葉を聞いて僕は絶句した。そして、千春の絶望的な顔がすべてを語っていた。
「つまり、千春はこのことを僕に話してしまったからもうここに来ることはできない」
千春が小さくうなずく。
「・・・」
僕は言葉が出なかった。千春が誰よりも本を読むのが好きなのを僕は知っている。それを僕のせいで奪ってしまったのだ。
「帰ろう・・」
つぶやくように千春が言って、ゆっくり歩き出す。僕も後に続く。僕は歩きながらこの状況を何とかできないか頭をフル回転させていた。そして一つの結論にたどり着いた。
「なぁ、千春、この事って俺と千春が黙っていれば花音にはバレないんじゃないか?」
千春が立ち止まって振り返る。
「そうだろ、俺が黙って、知らないふりをしていれば誰にも・・」
「ダメ!」
千春が僕の話をさえぎった。
「それはダメ。約束だから。花音との」
「でも、それじゃあこれから本が・・」
「いいの。花音との約束を破るくらいなら。それに本なら他の所にもあるし」
「そ、そうか・・・」
僕はやるせない気持ちでいっぱいだった。
「帰るよ」
千春がそう言ってあの本からしおりを抜く。すると・・・
目の前には花音がいた。僕たちは戻ってきたんだ。学校の図書館に。そしてそこに花音がいた。花音はじっと僕らを見ていた。
「ごめんなさい」
千春が頭を下げた。すぐに僕も
「ごめん、花音、僕のせいなんだ」
と頭を下げ、
「僕が千春にしつこく・・」
言いかけたところで
「もういいのよ、頭を上げて」
と花音が僕と千春の肩にやさしく手を置いた。僕たちが頭を上げると
「千春さん。あなたは私との約束を守ってくれた。それで十分よ」
と花音の優しい声が聞こえた。
「ごめんなさい」
千春は泣いていた。僕にはどうすることもできなかった。
「千春さん」
花音は優しい声で
「あなたは本の階段のルールを破ってしまった。でも私との約束は守ってくれた。」
千春は涙を拭きながら聞いている。
「だから、今回は特別」
花音が急に明るい声で言った。僕と千春が
「え!?」
と言う顔で花音を見る。
「今回のことは無かったことにしてあげる。翔君も本の階段、使っていいよ」
予想外の答えに僕と千春は放心状態だった。それを呼び覚ましたのは
「そういえば先生が千春さんのことを探してたけど」
と言う花音の言葉で、
「そうだった、先生が図書委員の仕事があるって千春を呼んでたんだ」
「そうだったの!早く行かなきゃ」
と、いきなり現実に戻った気がしていると
「それじゃあまた明日ね」
花音が手を振っていた。僕と千春は図書館を後にして職員室へ向かった。一人残された花音は椅子に座り、机にもたれるように大きなため息をついた。そして
「これで終わりかぁ・・・」
とつぶやいた。そして
「でも、最後は楽しくなりそうだし」
と微笑した。
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