第六話 花音
その日千春は風邪で学校を休んだ。僕は読み終わった本を返すために図書館へ向かった。考えて見ると図書館に入るのはこれで二回目だ。いつもは千春が借りるのも、返すのもやってくれる。それでは申し訳ないといっても
「図書委員の仕事だから」
とはぐらかされる。
何か僕を図書館に入れたくない秘密でもあるのだろうか。そう思ったこともあったが特に詮索する気もなかったし、いつか千春のほうから教えてくれるような気もしていた。だから今日まで一人で図書館へ来ることはなかったのだが、
(しまった。図書委員の千春が休んでいるって事は貸し出しとかできないのか?勝手に持っていくのはまずいよな。)などと考えているうちに図書館に着いた。
ドアを開けて中に入ると花音がいた。机に座って本を読んでいる。こちらに気づくと
「こんにちは」
とあいさつをしてきたので
「こんちは」
と返す。花音も本を読むらしい。そういえばいつも昼休みには教室からいなくなるが、ここで本を読んでいたのか。
でも、千春と花音が話してるところは見たことが無い。本好き同士なら仲良くなれそうだが。千春も僕なんかより花音のほうが話しが会うんじゃないか?過去に何かあったとか?などと考えながら自分の返す本の本棚を探していた。
本にはラベルが貼ってあり、『32-265』と書いてある。これが図書番号で32というのは置いてある棚の番号だ。つまり、32番の本棚を見つけて264と266の本の間にこの本を返せばいいのだ。以前に千春が教えてくれた。しかし、おかしなことに32番の棚が見つからない。本棚は全部で8番までしかない。32なんてどこにも無いのだ。困っていると花音が話しかけてきた。
「本を返すの?ああ、これね。わたしが返しておいてあげる。」
と申し出てくれた花音に、
「でも本棚が無いんだよ。32番なんて。」
僕が言うと花音は
「大丈夫よ」
と笑って両手を出してきた。僕はその手の上に本を乗せて、花音に任せてしまおうとも思ったが、やっぱり心配なので
「本当にいいのか?明日千春に頼んで返してもらってもいいんだけど」
と確認する。花音は
「大丈夫だから心配なら明日千春さんに聞いてみて」と言って僕の手から本を取って、机に戻った。どうやら今読んでいる本を読み終えてから返しに行くようだ。僕はなんとなく釈然としない気持ちだったが、とりあえず図書館を後にした。
翌日、千春にそのことを話すと
「花音さんなら心配ないよ。ちゃんとやっておいてくれる。」
と笑っていた。どうやら二人の仲は悪くは無いようだ。でもそれなら、なぜ千春と花音は普段学校で話さないのだろうか。
昼休みになった。千春はいつも教室で本を読んでいるか、僕と話している。しかし今日は先生の手伝いとやらで職員室へ行ってしまった。僕の足は自然と図書館へと向かう。ドアを開けると、やはり花音がいた。机に座り、イヤホンで音楽を聴きながら本を読んでいる。先日とは違って僕が入ってきたのには気づかない。
「何を聞いているの?」
と僕が声をかけると、多少驚いた感じで耳からイヤホンを外し、
「カノン」
と答えた。僕にとなりに座るよう促すと、座った僕に片方のイヤホンを渡してきた。聞こえてきたのはバッヘンベルのカノンだった。悲しい雰囲気の曲だが、僕は好きだ。
「私、好きなの」
花音の言葉に僕はびっくりして飛びのいた。耳からイヤホンが外れる。
「この曲」
花音が続ける。
(あ、曲。曲・・曲ね・・・)
なんか無性に恥ずかしくなった。
「どうしたの?」
と花音が聞いてきたので
「あ、いや、僕も好きだよその曲」
と答えた。花音はクスクスと笑いながら
「どこの楽章が好き?」
と聞いてきた。僕は
「ぜ、全部・・」
と答えた。花音はまたクスクスと笑う。僕は
「ほ、本当だよ。前から聞いたことあったし」
と答える。花音は
「そうね、意地悪な質問だったわね」
と笑った。そんな話をしていたら休み時間が終わってしまい、僕たちは教室へ戻った。僕と花音が一緒に教室に入ると、千春が驚いた表情を浮かべた。次の5分休憩の時、千春が僕のところへやってきて
「花音さんと何かあったの?」
とえらく真剣な顔で聞いてきた。僕が図書館でのことを話すと千春は少し安心したようだった。やきもちを焼いていたんじゃなかったのかよ(泣)
「ところで千春と花音って仲悪いのか?あまり話したりしてないけど、花音も本が好きだから、話が合うと思うんだが」
千春はちょっと複雑な顔をして
「うん、なんか怖いって言うか、何ていうか、近づきにくいんだよ。クラスでもちょっと浮いてるし」
僕はそんな風には思わなかったが、クラスで浮いているのは事実か。
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