第四話 本
その日、翔は家に帰ってからいつもと同じように過ごした。千春の持ってきた本は一応カバンに入れて家へ持ち帰った。学校の自分の机の引き出しに入れておくことも考えたがなんとなく気が引けた。しかし、家に持ち帰ったからと言って読むとは限らない。高校受験の勉強もあるし、ネットの動画も見たい。結局本には一切手を付けずに眠りについた。
次の日の朝、いつものように家を出た僕は空を見上げた。空は曇天で今にも雨が降りそうな天気だった。梅雨の時期だったので傘を持って出たのだが、
(なんとなく嫌な日だな・・)と思った。昨日と同じ丁字路に千春が立っていた。昨日とは少し違う雰囲気だった。少し恥ずかしそうな感じで、僕が近づくと
「おはよう」
とだけつぶやいて、一緒に歩きだした。無言で歩く二人、僕は何か話そうと思って話題を探すが、共通の話題が見つからない。というかそもそも僕は千春のことをほとんど知らない。なのに二人並んで登校している。そんな違和感のようなものを感じた時、
「本、読んだ?」
と千春が聞いてきた。
「あ、いや、その、昨日はちょっと家の手伝いがあって・・」
とごまかすと、千春は急に悲しそうな顔になった。
「そうなんだ。いろいろと感想とか聞きたかったのに。」
と言って先に歩いていってしまった。僕は千春の後ろを歩きながら胸に罪悪感を抱えていた。その日の授業は何も無く終わり、僕は家に帰るなり本を開いた。本なんてめったに読まないから、読んでいるとすごく疲れた。
次の日の朝、千春に会うと昨日と同じ質問をしてきた。僕が
「途中まで」
と答えると、矢継ぎ早に質問が飛んできた。
「あの場面はどうだった?」とか
「この場面はもっとこうしたほうがいいと思わない?」
とか。正直そこまで考えないで読んでいた僕は、何とか話をあわせるが、千春の口調は止まらない。僕に対する質問から話が続かなくなると、千春は自論を話し始めた。
「やっぱり私は○○は××だと思うの。△△も捨てがたいけど、ところでどこまで読んだの?これ以上話すとネタバレになっちゃうかな?」
と言う千春に僕は
「気にしなくていいよ。なんか実際に読むより千春の話を聞いていたほうが面白そうだから。」
と答えた。すると千春はうれしそうにその先のストーリーを作者の考えと自分の見解を交えながら話してくれた。学校に着いても休み時間になるたびに千春は本の話をしてきた。どうやらこの学校には千春と本の話ができる読書好きがいなかったようだ。そこに突然転向してきた僕が読書好きで、大好きな本の話ができると思ったのだろう。
確かにそれっぽいことは言ってしまったが、正直千春がしてくる本の話は僕にはレベルが高すぎてさっぱり分からなかった。でも本の話をしているときの千春はとても楽しそうで、僕がただ相槌を打っているだけなのに、いろいろなことを話してくれる。正直疲れた。授業が終わって帰り支度をしながら
(やっぱり帰り道でも本の話を聞かされるんだろうなぁ)と覚悟していると千春がやってきて
「ごめんね。私図書館によっていくから先に帰ってて」
と言ってきた。僕にとっては願ったりかなったりである。と言っても表情には出さずに
「わかった」
と短く答えて家路に着いた。
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