第三話 図書館

その日の昼休み、僕は図書館にいた。朝の花音との出来事があってから、千春はほとんど僕と口をきいてくれない。登校中の事がウソのようだ。何か怒っているのだろうか?、それも心当たりがない。いや、無いというということはない。

図書館だ。昨日の放課後、図書館を出た廊下で千春と会ってからすべてがおかしい。そのことを千春に聞こうとしても全く聞く耳を持たない。朝の花音とのヒソヒソ話も気になる。

もちろん、花音にも聞こうとしてみたが、こっちは僕はおろか他のすべての人間を受け付けないような、オーラというか、雰囲気というか、とにかくこちらから話しかけるのは無理だと判断した。なすすべのない僕が図書館に来たのは当然のことだろう。それ以外に方法が無い。のだが、この図書館、狭いというにもほどがある。

僕が前に通っていた東京の学校の教室の方がまだ広い。普通図書館って広い部屋に本棚がいっぱいあって、たくさんの本が置いてあるんじゃないのか。と思いたくなるほどこの学校の図書館は狭い。部屋自体も狭いが、おいてある本棚、本の数も少ない。ちょっとしたお金持ちの書斎ならこれより多くの本が置いてあることだろう。部屋の真ん中には申し訳程度に机とイスがあるが、正方形の小さな机でイスも四つしかないし、四人座ったところで頭が当たってしまうのではないだろうか。そして、置いてある本も薄くほこりをかぶっていて、とても手に取ろうとは思えない。

それでも貴重な本や、自分の興味のある本なら埃を払ってでも手に取るものだが、ここにあるのは普通の文学、児童書、昆虫図鑑など、とても埃を払ってまで手に取ろうとは思えない本ばかり。やっぱりここでは何も分からないか。と図書館を出ようとしたとき、ふと目にとまったのが貸し出し用の机だった。

図書館なのだからあって当然なのだが、こんな小さな図書館にもちゃんとあるのか。と妙に感心して内側に入ってみた。机には貸し出しに使う図書カードやゴム印などがあったが、最近使われた感じはなかった。しかし、ほこりをかぶっている訳でもなく、きちんと整理されていた。この学校、図書委員っていたっけ?と思って出ようとすると、狭い場所で机の脚に引っかかって転んでしまった。

「あっ、痛って~」

と思いながら、起き上がろうとすると不思議なものが見えた。別に街の市立図書館とかで見れば普通のものだがこの場所にはやけに不釣り合いに見えた。百科事典のようだった。良く分からないが、同じような分厚い本に1~10まで数字が振ってあって、数字通りきれいに並べられていた。なにより埃一つないきれいな本だった。それが、貸し出し用の机の下の本棚に隠すように置かれていたのである。僕は起き上がって、床に座った状態でその本棚に手を伸ばそうとした。

「何してるの?」

突然後ろから聞こえた声に驚いて振り向くと、そこには千春が立っていた。

「いや、ちょっと本を探して‥」

とっさに答えた僕に千春は

「そこには何もないよ」

と言って、

「何の本?」

と聞いてきた。僕は面食らった。本当に本を探しに来たわけではないからだ。

「推・・理・小説、かな?」

とっさに頭に浮かんだジャンルを答える。

「誰の?」

千春の質問を、僕はすぐには理解できなかった。

「作者!」

と千春が聞き直してきたので、

「アガサ・・何とかの・・」

と答えると千春は少し呆れたような顔をして、

「教室で待ってて」

と僕を図書館から追い出した。追い出された僕が仕方なく教室に戻り、5~6分たっただろうか?千春が数冊の本を抱えて教室に現れた。僕の机にその本を置くと、一冊ずつ手に取って本の説明を始めた。

「アガサ・クリスティーならまずこれね、『ABC殺人事件』ストーリーがしっかりしていて読みやすいし、ラストも良かったわ。それから、『そして誰もいなくなった』テレビドラマにもなったから知ってるかもしれないけど、やっぱり原作ね。あと、『オリエント急行の殺人』このトリックは本当にすごいわ。作品の雰囲気も良いし、あとは『メソポタミヤの殺人』とか『ナイルに死す』とか『アクロイド殺し』とかも・・」

「あ、あの、もう分かったから、先生来てるし」

千春の熱弁の間に午後の授業が始まるベルが鳴り、先生は教壇からこっちをじっと見ていた。千春は顔を赤くして恥ずかしそうに自分の席へ戻る。僕の机には本が置かれたまま、

(どうするのよ、これ。その前に・・昼飯食べ損ねた!)

その日の放課後、昼休みに食べられなかった弁当を食べていると花音が教室に入ってきた。

(まだ、帰ってなかったんだ)

などと思っていると、僕の所にやってきて

「その本は?」

と僕のカバンに収まりきらず、はみ出ている本を指さした。彼女の方から話しかけてきたことに少し驚いたが、昼休みの出来事をかいつまんで話した。花音は

「へぇ~、千春さんがねぇ」

と笑みを浮かべていた。

「それで、その本読むの?」

花音に聞かれて僕は

「いや、どうかな」と答えた。

花音は一瞬寂しそうな顔をしたように思えた。しかし、すぐに

「そう、もし読んだら感想聞かせてね」

と笑って教室を出て行った。

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