第一話 学校

学校までは、歩いて20分ほどだった。転校の手続きで一度来ていたが、その時は父の運転する車で来たので分からなかったが、校舎は木造で、そんなに大きくはないようだ。しかし校舎の近く、校庭の横に小高い丘があって、その上に大きな時計塔が建っていた。レンガ造りの、赤くて綺麗な塔だ。遠くからでもよく見えた。

「何メートルあるんだろ?」

翔は思わす立ち止まってつぶやいていた。

「ビルの10階分くらいだってさ」

後ろから聞こえた声に驚いて振り向くと、同い年くらいの女の子が立っていた。そしてそのまま歩きだして、僕を追い抜くように校舎へと歩いて行く。

翔は数秒固まっていたが、彼女の後を校舎へ向かって歩き出す。周りには同じように校舎へ向かう生徒が数名いた。下駄箱で上履きに履き替えて、教室へと向かう生徒たちの中、翔は反対側にある職員室へと向かった。

職員室では担任の国沢先生が待っていて、少し話した後、教室へ向かった。3年の教室は1クラスしかなく、3年〇組ではなく、ただ3年とだけ書かれているのが、翔には新鮮だった。しばらくすると翔は先生に呼ばれた。自己紹介だ。教室に入ってみると、生徒は30人くらいのようだ。前の学校では1クラス35人、それが7クラスあったのだが、

「えー、今日から3年生は彼を含めて28人になります。それでは自己紹介」

(27人だったか。)とりあえず自己紹介を始める。前の中学の名前が出たところで教室が

「ざわっ」

となった。無理もない。こんな田舎でも誰もが知っているような、この国の首都、東京の23区と呼ばれる区域の中でも、中心部で有名なほうの名前である。知らないわけがない。

「え、なんで!」とか「すげぇ、都会人だ」

みたいなひそひそ声が聞こえる。

「はい、静かに!」

先生の一声で教室は静まり返る。これにも驚いた。前の学校では先生が何を言おうと2~3分は静かにならない。

先生は教室の中で一つだけ空いている机を指さした。

「君の席はあそこ。分からないことは周りに聞いてね」

僕は「はい」

と言って、指示された机へ向かう、椅子に座ろうとすると

「やっぱり転校生だったんだね」

と隣から聞こえた。座ってから隣を見ると校門前で合ったあの子だった。

「あぁ、あの時はどうも」

と、いかにも社交辞令的に、相手に失礼にならず、かつ話が続かないように答えて、カバンから教科書やノートを取り出して、机に収める。隣からは

「ふーん」というような声が聞こえる。

別に彼女に対して好意が無いわけではない。むしろその逆で可愛いと思っている。しかし、もしも彼女がこのクラスの他の男子と付き合っていたら?無用なトラブルを避けるためにこの学校では人間関係は最低限にいしておきたい。その方が受験勉強もはかどるし。というのが僕の考えた結論だった。どうせ1年もしないで卒業しちゃうんだから。

そんな感じで一週間が過ぎた。突然東京から田舎の学校に転校してきた転校生というのはこの学校では大事件に匹敵する出来事だと思うが、僕が(話しかけるなオーラ)を出しているせいか、話しかけてくるクラスメイトは少なかった。かと言っていじめられる雰囲気でもなく、僕の計画通り受験勉強もはかどり

「このまま行けば・・・第一志望も夢じゃない」

と思い始めたのは二週間ほど過ぎた6月の半ばだった。

前日に梅雨入り発表があって今日も雨だった。

(月曜から雨か・・)と思いながら学校に行く。

教室に入り、いつものように教科書とノートを出すのだが、

(やっちまった)筆箱が見つからない。記憶をたどると昨日の夜、家で勉強してそのまま机の上だ。

(どうする?取りに戻るか?)走れば30分弱で家まで往復できる。がしかし、今日は雨。

(さすがに無理か)となると誰かに借りないといけない。そうなると今まで自分がしてきたことがマイナスに働く。そんな友達はいないのだ。

するとそんな僕の様子に気づいたのか、隣の席の女の子が話しかけてきた。

「どうしたの?」

「いや、ちょっと、筆箱を」

「忘れたの?」

「うん、まぁ・・」

僕は少し恥ずかしそうに答える。

「じゃあ、これ使いなよ」

と鉛筆二本と消しゴムを渡される。

「え、あ、ありがと。でも君のは?」

とここまで来てやっと僕は隣の席の子の名前を知らないことに気づく。

「私、鉛筆とか消しゴムとか集めるの好きだから」

と言って見せてくれた筆箱には、確かにたくさんの綺麗な鉛筆や消しゴムが入っていた。よく見てみると自分が渡されたそれも普通の鉛筆と消しゴムではなかった。

「こんな大事なもの借りれないよ。えっと・・」

「千春(ちはる)。私の名前」

と言われてしまった。もうどうしたらいいか分からない僕に千春は

「いいんだよ、別に。壊したりしないでしょ」

と笑いながら問いかける。僕は

「もちろん、大事に使うよ。ありがとう」

とお礼を言って、借りることにした。

その日の放課後、千春に借りた鉛筆と消しゴムを返そうと思い、教室を見まわしたのだが姿が見えない。机にカバンが置いてあるのでまだ帰ってはいないようだが、困っていると

「千春さんのこと?」

と声をかけられた。振り向くと同じクラスの女の子だった。

「うん、どこにいるか分からないかな?」

というと、相手は一瞬困ったような顔をしたのだが、すぐに

「図書館よ」と教えてくれた。

「ありがとう」と答えて教室を出ようとすると、後ろから

「私の名前は花音(かのん)、よろしくね」と言われた。

僕はふり返って

「ぼ、僕は相葉翔。よろしく」

とだけ言って教室を出た。

図書館はすぐに分かった。今まで行ったことはなかったが小さな校舎なので、どこに何があるかは一週間もあれば分かる。

図書館のドアを開けると予想以上に狭かった。そしてそこに誰もいないことは明らかだった。おかしいなと思いつつ図書館を出る。ゆっくり歩きながら

「あの子、花音って言ったか?あの子がウソをついたのか?」

などと考えていると後ろの図書館の中から何か物音が聞こえた。驚いて振り向くと千春が図書館から出てきたところだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る