恋に落ちてみようか

野島史花

恋に落ちてみようか

 好きだと言われ続けて付き合い始めてしまったが果たして正解だったのか。

 SNSでもツイッターやLINE、フェイスブックなどが広まっている現代社会でネット恋愛も増加傾向にある。田所なつもその一人だ。ツイッターで知り合った鈴木孝之と交際する事になったが男性との交際経験ゼロのなつにとっては全てが初めてだらけだった。

「なっちゃん、かわいい!」

「いや、その……」

 RPGゲームを通じて知り合い、すぐにLINEを交換し合った二人は彼の要望により、テレビ電話をした。画面越しに映る彼を見て、なつが抱いた第一印象はあまりよいものではなかった。一方で孝之は照れ隠しで笑うなつを見て、かわいいと言い続ける。容姿に自信のないなつはただただ発言の軽い人物だと思った。

「ねぇ、なっちゃんは好きな人いるの?」

「いや、特に……」

「なら、俺と付き合おう!」

「えっ! いや、知り合ったばかりだから、まだ孝之さんの性格とか分からないし」

 唐突に付き合おうと言いだす孝之になつの中では発言が軟派、信用ならない人というレッテルが貼られる。だが、そんなことを知りもしない彼の猛アタックはここから始まる。

 初めてテレビ電話をした翌日、遅番のバイトのなつは昼頃に起床し、仕事の準備を始めていた。すると、スマホに一通の通知が表示される。画面をのぞき込んでみると彼からのメッセージらしくう、しぶしぶスマホのロックを解除し、メッセージを読む。

“そう言えば、なっちゃんはどこに住んでるの? 俺は神奈川だけど?”

“私は北海道だよ。一応、札幌在住”

 適当な返信をし、スマホをまた、テーブルの上に置き、なつはメイクを始める。十分ほどでナチュラルメイクが完成し、準備のほとんどを終えた彼女はふと、スマホへ目をやると通知を知らせるLEDランプが点灯していた。再びロックを解除し、メッセージを読む。

“今日の夜、また電話しよ! そこでまた色々話したいな”

“今日はバイト終わりが二十一時をすぎるけど、それでもいいなら”

 仕事が終わる時間を教えると五分足らずで返信が返ってくる。

“俺も、それくらいには仕事終わってるから電話する”

 そのメッセージを見てから、鞄にスマホをしまい、バイト先へむかう。なつの職場は家から歩いて十五分ほどの小さな映画館だ。服飾の専門学校を辞めてから二年間、ずっとここでパートとして働いている。給料はなんとか生活できるくらいで、たまに両親から仕送りをしてもらったりし、生計を立てている。

「お先に失礼します」

 いつもの様に仕事を終えて、先輩や上司に挨拶をし、職場を離れてからスマホを開く。二件ほどメッセージがあり、開いてみると案の定、孝之からでなつは早々に電話をかける。すると、コール音がしたと同時に彼の声が聞こえてきた。

「もしもし? なつですけど……」

「なっちゃん? お仕事お疲れ様」

 労いの言葉にお礼を言いつつ、なつは彼と何を話せばいいかを考える。考えている彼女に対して孝之はすぐに、質問を投げかけてくる。

「なっちゃんはいくつ?」

「今年で二十一歳だけど……」

「若いね。俺は今年で二十四歳だよ」

「えっ! 孝之さん年上だったの!」

 年齢を聞き、驚きを隠せずに声に出てしまっているなつに対して、彼は何がそんなに驚くことなのかわからないようだった。

「タメで話すなんて失礼じゃ……」

「そんなことないよ? むしろ、タメの方が嬉しいし、それに俺の事はたかくんでいいから」

「わ、わかった……」

 そう言われ、落ち着きを取り戻したなつはお互いの職業についての質問をする。

「私はパートで映画館スタッフしてるけど、たかくんの職業は?」

「俺? 俺は介護福祉士で施設で働いてるよ」

「介護とか大変そう……」

「大変だけど、やりがいはあるよ」

 電話越しだが、彼の生き生きとした表情が目に浮かび、なつはやりたいことをやっている彼のことが少し、羨ましく感じていた。

「なんか、すごいね」

「そうかな? なら、付き合って!」

「それと、これとは別」

 いい雰囲気だったのもすぐに消え去り、なつは深いため息をつく。知り合って、二日の男性と付き合おうとは思わないなつに対して、孝之の果敢なアタックは終わらない。家に着いたが電話は繋がったままだった。帰宅してすぐになつはメイクを落とし、缶チューハイを開ける。

「大体、まだ知り合って二日だよ? どうして私を好きになるの?」

「なっちゃんの笑顔が素敵だったから、一目惚れした」

「嘘くさい」

 孝之の返答に不満を抱く。それでも、彼は引き下がることはなく、果敢に攻めてくる。すでに、通話も一時間を越えた頃、酔いも回りだしたなつは唐突にしゃべりだした。

「こんなブス、好きになってもいいことないのに……それに私、好きになったら依存するからメンヘラっぽくなるもん。たかくんだって嫌になってどっか行くよ」

「なっちゃん?」

「前の好きな人はそうだったんだから! しばらくは恋とかどうでもいい……」

 孝之に出会う数週間前、なつは愛情表現が重たいという理由から大好きだった人に別れを告げられ理解し、納得しているはずなのに心残りはあるのかもしれない。

 それを思い出し、すすり泣くなつに孝之も何かを言おうとした時には電話越しに彼女の寝息が聞こえており、孝之は笑いながらおやすみと言い、電話を切った。


 なつは体の痛みで起きた。座ったまま寝たため、腰に負担が掛かっていたのか腰痛で目覚めるという最悪な起床だった。

「体痛い……」

 腰を擦りながら布団に潜り込み、二度寝をしようと目を瞑りかけた時、ふと、スマホの存在を思い出し、充電器につながったそれを見る。一通のメッセージがあり、送り主は孝之だった。眠気と格闘しつつ、メッセージに目を通す。

“俺は依存されたほうが嬉しい。俺も依存するタイプだし、だから、なっちゃんが心配することなんてないよ。それに、俺は本気でなっちゃんの事、好きだから”

メッセージを読んだなつは、返信にしばし悩んでから、電話してくださいと送信した。すると、メッセージにはすぐに既読がつき、電話がかかってくる。

「どうしたの?」

「ありがとうって言いたくて、あと、付き合うことを視野に入れて、たかくんのことがもっと知りたい」

「なんでも、教えるよ!」

 友達以上恋人未満の関係が始まった瞬間だった。

 それからはお互いの合間を見て、毎日のように電話をして、些細なことでも報告し、気になることは聞くような間柄にはなっていた。そんなある日だった。

「今度、北海道に行くから」

「えっ?」

「なっちゃんに会いに行くね」

 孝之はそのために有給申請もし、飛行機も予約したという。

「なっちゃんは会いたくない?」

「そうではないけど、どうして?」

「俺たち、未だに恋人ではないから会ったら、なつの気持ちが変わるかなって」

「変わらなかったら?」

「友達のままかな」

 画面越しに満面の笑みを浮かべる孝之。それにに対して、なつは彼が来た時に何をするかなどをひたすらに考えていた。

「たかくんはとりあえず、会ったらなにがしたい?」

「キスがしたい!」

 キスという単語になつはあからさまに反応をして顔を真っ赤にさせていた。二十年生きてきて未だにキスもしたことがない彼女にとってそれはもう一大イベントでもあった。ファーストキスはどんな感じなのかをひたすらに想像するが具体的に浮かばずにいた。

「き、キスって! まだ、付き合ってもないのに!」

「ダメ?」

「そ、その時になったら考える……」

 そっぽを向き、少しでも赤い顔を見せないようにするなつに対して、孝之はただただ、彼女に会えることを楽しみにしている様子だった。

 七月二日からなつは四連休をもらい、初日は空港にやってきた。到着便の時間を確認し、到着口付近で孝之が来るのを待っていた。

「心臓出る!」

 いくら電話をしていた相手とはいえ、初対面は緊張するのか、なつはその場をぐるぐると歩き回りながら独り言を呟いていた。すると、そんな彼女を抑えるように手が乗せられる。

「なっちゃんなにしてるの?」

「……たかくん?」

 ふと見上げた先には、画面越しに見続けていた彼の姿があり、なつは呆けてしまう。

「本物のたかくんはどう?」

「えっと……大きい」

 少しばかり、見上げるように彼を見ていれば、頭を撫でられる。手の温もりを感じながら、なつは彼の手を握る。自分よりも大きな手に安心感を覚えた。

「なっちゃんの家に行くには?」

「あ、えっと、バスが一番かな」

 手を繋いだまま、バス停に向かう。バスを待つ間はいつものように他愛のない話をする。すると、孝之は真面目な顔でなつに問う。

「俺の事どう思う?」

 なつは空いている手にぎゅっと力を入れる。一度俯き、覚悟を決めたなつは顔を上げ、彼をじっと見つめて口を開いた。

「子供っぽいところもあるけど、しっかりしてるし、なにより、私を愛してくれてる」

 真面目に返せば彼は唖然とした表情でそれを見た彼女も拍子抜けしてしまう。

「私でよければ付き合ってください」

 その言葉を待っていたかのように喜ぼうとする孝之だが、すぐにバスが来てしまい、喜ぶのは彼女の家についてからになってしまう。一時間ほどかけて空港から市内に向かっていれば彼はそわそわした様子でなつを見つめていた。

「どうしたの?」

「嬉しすぎて、つい」

 まるで子供のような彼に笑いながらなつは彼の肩に頭を乗せる。彼の温もりを右側で感じていれば最寄りのバス停に着く。バスを降り、体を伸ばす彼女に対して、孝之は背筋を伸ばしてなつの手をとる。

「なっちゃん」

「なに?」

「幸せにするね」

 真顔で言われたなつは笑いながら頷いた。そのまま、手を繋いだまま、家に向かう。バス停からは五分足らずで家に着いた。

「なっちゃん」

 家についてすぐに名前を呼ばれ、振り返れば不意をつかれ、そのまま、唇と唇が重なりあう。状況を把握する前に互いの唇が離される。顔を真っ赤にするなつに対して孝之は不敵な笑みを浮かべていた。

「なっ……」

「これからは俺がなっちゃんの初めてもらっていくね」

 

 恋に落ちた瞬間だった。

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