梅雨の日の偶然
閻魔天(ヤマ)
第1話
シトシトぴっちゃん、と雨が降る。
日曜の昼間、俺は実家である本屋の手伝いをしていた。
客はほとんど来ない。なので俺は存分に読書に耽ることができる。邪魔者はいなく、まさに天国だった。
しかし、この日に限っては違った。滅多に来ない客が来たのだ。
しかも知り合いだった。
見た目がリア充なのだ。金髪に染め、耳にピアスをしているギャル風の見た目だ。
「あれ?
早川はびしょびしょで入店してきた。
正直迷惑なのでやめてほしい。本が濡れたらどうしてくれるんだよ……。
「おう」
俺はぎこちなく挨拶をする。
「ここでバイトしてるの?」
「いや、ここ俺ん家」
「嘘! 実家が本屋なんていいね!」
「早川も本読むの?」
「わたしはあんまり……漫画は読むよ」
どうせリア充が読む本なんて有名なやつだけだろうな。
「ちなみにどんなの?」
「ジャンプ漫画とか少女漫画とか」
案の定だった。
「小説も読んでみなよ」
せっかく本屋に来た客だ。小説にも興味を持ってくれたら俺は嬉しい。なので相手が顔見知りで、リア充であったとしても、やはり本好きの性なのかどうしても何かオススメしたくなってしまう。
「わたしは字を読むのが苦手だからなあ……なんかおすすめのあるの?」
「色々ありすぎてオススメしきれんな。早川はどんなジャンルが好きなんだ?」
「わたしは恋愛ものとかファンタジー系とか」
「なるほど。ならこれなんてどうだ」
俺は彼女に渡す。
常夏の人口が舞台に繰り広げられるバトルファンタジー物。表紙には黒髪ロングのヒロインが
「ライトノベル?」
「うん」
「わたしライトノベルって読んだことがないんだけど、面白いの?」
「面白くなきゃおすすめしない」
「確かに」
「まあ、読んでみなよ」
「そうしてみるかな」
早川さんはバックから財布を取り出し、600円をレジに置く。
「読み終わったら感想聞きたいな」
「りょうかい!」
早川さんは左腕を頭に上げて、言う。
その姿が俺の好きな某アニメキャラを連想させた。
翌日、放課後。
自分の班が掃除当番だったため俺はめんどくさいながらも教室でせっせと箒を掃いていた。
早く本が読みたい。
「山野くん」
「―――」
「ちょっと山野くん?」
「―――」
「おーい」
「おい、山野。早川が読んでる」
不意に誰かが、俺の頭をはたいた。
「うお!?」
いきなりだったの変な声を出してしまう。
「な、何すんだよ……」
後ろを振り返ると友人の
「いや、何すんだよ、じゃなくて、早川が読んでる」
「え?」
俺は河合が指した方に顔を向けれる。
「気づいてなかったのか」
「うん」
恥ずかしながら思考に耽っていました。
「にしてもお前が早川に声かけられるとか珍しいな。何があったんだ?」
「昨日偶然に焔摩堂に来た」
「なるほどな」
この酷いネーミングはうちの祖父がつけたらしい。名前の由来はヒンズー教の
「ごめん、気づかなかった」
「そんなに何を考えこんでたの?」
「帰ったら何読もうかなって」
「本当に本好きなんだね」
「うん。本さえあれば俺は生きていける」
「へ、へえ~」
早川さんが若干呆れ気味の表情を浮かべる。
引かれなれてるのでなんとないが。
「ところで面白かったよ。昨日おすすめしてくれた本」
「それは良かった。是非とも2巻目以降もうちで買って下さいな」
「あれやっぱり続きあるんだ」
「うん」
「わかった。じゃあ今日一緒に帰ろう」
「おう」
うちで買うからなのだが、女子からこういう台詞を言われると危うくドキッとしてしまいそうになるな。
昇降口から出ると雨が降っていた。季節は梅雨。ここのところずっと雨が降ってる。
梅雨は鬱になるな。じめじめしてるし、気分が暗くなる。
「
早川さんが校庭の隅にある花壇を見て言った。
「確かに」
梅雨は嫌いだが、この時期は紫陽花が綺麗に見れる。それはプラスポイントだ。晴れた日の紫陽花よりは雨の日の紫陽花が好きだ。紫陽花は雨とセットという感じがある。雨は嫌いだが。
俺と早川さんは今焔摩堂に向かってる。河合は彼女と先に帰った。あのリア充め。
ギャル風な見た目から雰囲気が苦手だった早川さんだが、実際にコミュニケーションをとってみると中々話しやすい。
「この間の続きとは別に何か買わない?」
「う~ん、料理の本とかある?」
「料理の本? あるけど早川さんがつくるの?」
「うん」
「どんな?」
「お菓子系」
「へえ~、得意なの?」
「う~ん、どうなんだろう?」
「どうなんだろうって味見とかしないの?」
「いや味見はするんだけどわたしだけわたしだけじゃどうにも判断できなくて」
「家族に頼めばいいじゃん」
「なんとなく恥ずかしくて」
早川さんは左の頬を人差し指で軽く掻きながら言った。
「そうだ! 今度山野くん試食してくれない?」
「え!? いいけど」
俺は早川さんの突然の申し出に驚き、困惑した。同時に早川さんの方からこうして何かに誘って来てくれたことに嬉しくなる。
「やった!」
早川さんが嬉しそうな表情を浮かべて言った。
会話をしてると帰路に着くのが早い、もう焔摩堂に着いた。
「まあ、ゆっくりしてって」
そう言って俺は一回二階の自室へ行き、着替えに行く。
私服に着替えてから一階へ戻ってくる。
早川さんは何かの雑誌を読んでいた。
その様子をみて、
「本屋喫茶とかにしてみるのもいいかも」
「それ子供が考えることじゃないよね」
俺の言葉に気付いた早川さんが言った。
「口に出てた?」
「うん。思い切り」
「マジか。でも今度親に聞いてみようか。新しい収入になると思うし、メリット大ぐへへ……」
「なんか顔がいやらしいよ」
そんところを早川さんに窘められ、
「そ、そんなことないよ」
俺は慌ててごまかす。
いけないいけない、いつの間にか顔がキリ丸になっていたらしい。
「でも真面目な話本屋喫茶って一回入ってみたいな」
「それは確かに面白そう」
コーヒーを飲みながら本を読むということができるのはなかなかいい。
俺はコーヒーそっちのけで本読んでそうだが。
この日早川さんは俺がオススメしたラノベの続きと、ファッション誌、料理本などを買っていった。
★
日曜日の午後。
俺は早川さんの家にいた。早川さん自作のお菓子試食会の日である。結構楽しみにしている。
「もうできてるの?」
「うん」
「何作ったの?」
「ちょっと待っててね」
そう言って早川さんは暫くして後、クッキーを持って来た。
「おっ! 美味そう」
「どうぞ食べてみて」
「りょうかい! いただきます!」
そう言ってさっそく一口。
かなり美味かった。
「うん、美味い!」
「ほんと!?」
「うん」
「やった!」
早川さんが満面の笑みを浮かべて歓声をあげる。
裏のない素直な笑みだった。そういう表情を見ると安心する。
「これからもつくっていい?」
「もちろん!」
こんなに美味しいのだから遠慮なくつくって欲しい。しかも自分に作ってくれるというのだから嬉しい限りだ。
翌日、朝教室に来てみると早川さんがみんなにクッキーを配っていた。
梅雨の日の偶然 閻魔天(ヤマ) @1582
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます