第29話 殲滅

「ま、待て! こ、降伏する! 降伏するぞ!」

 チェゼーナ侯爵の長子は命が惜しいようだ。

「ほう。降伏して如何致すのか」

「身代金で儲ければ良かろう!」

 成る程、情報不足か。

「状況がわかっていないようですな?」

 チェゼーナ侯爵家の人間だというだけで、生きていける場所などありはしない。

「降伏は手遅れ。諸将にもその気はないようですぞ?」

 本陣陥落に気付いた諸将がすることは二つに一つ。

 せめて主人の首だけでも奪い返さんと、本陣に戻る。

 一旦引き、陣を構え直す。

 そのどちらか。

「ここに向かってくるチェゼーナ兵を殲滅致す。ご覧になりたくば、それも宜しかろう。イチムラ」

「はっ」

「武装解除して拘束、戦場を見渡せる位置に晒せ。此方に注目が集まるほど良い」

「首は?」

「繋げておけ。警護も要らぬ。ただ晒せ。我らは全騎、殲滅戦に忙しくなるでな。この陣にはこ奴以外残すな」

「はっ!」

 敵は傭兵の割合が高い。

 冷静な雇われ者は、体制を整えて生き延びる手立てを考える。

 忠義ある諸将は供死にを選ぶだろう。

「まともに受けるなよ! 存分に掻き回してやれ! 味方もこの機に攻めて参る! 騎馬同士、後れをとるでないぞ!」

「はっ!」

 戦場の中央。白と青。水龍の旗が、置き去りにされた歩兵を蹂躙しながら追ってくる。

 スカルディア。氷海の巨人。

 戦場の北側に引き上げた傭兵たちを、一部隊が警戒。それ以外は追撃戦へ。

 こちらへ向かってくるチェゼーナ勢の後ろに、馬塵は上がらない。その代わりに血煙が舞う。

 なだらかな丘陵地帯に、馬蹄の響きと叫び声。

 北側から回り込むようにして、横合いに黄金騎。西南の騎馬民族グロッコ。

 得物は内反りの湾刀。槍はもう投げてしまったのだろう。馬上からの遠い間合いを嫌って歩兵を迂回。

 縦への突進力に特化している重装騎兵の群れの横腹へ。馬速に勝るグロッコたちは斜めに斬りあがる。

 追い立てるスカルディアの巨人が、殿に喰らい付き、削り取る。

 何騎がここまで辿り着けるのか。

「獲物が残っているうちに出るぞ! 刈り取れ!」

 二百騎の大鴉が戦場へ飛び出す。鬨の声はない。

 陣の中に生きて残るはチェゼーナ侯爵家の長子のみ。

 大鴉旗が翻るその根元に縛り付けられている。

「その首は最後に落としてしんぜる。ご自分の兵たちが死にゆく様、しかとご覧あれ」

「な、なぜこのような……。負けを認めているではないか!」

「可笑しなことを。御家は今も進軍中。大戦はこれから」

「わ、我は降伏すると……」

「闇討ちをかけ、宣戦布告もなしに攻め入っておいて降伏などと。こちらが同じことをして、貴殿は降伏を受け入れるのか?」

「そ、それは……」

「傭兵については降伏を認めよう。それ以外、一兵たりと残すわけにはいかん。この後、大戦が控えていなければな、まだ考える余地もあろうが」

 再び戦場に目を向ける。

 六騎、こちらに近づいて来るが……。その後方に大きな角。スカルディアの白鬼、スヴェン。

 やめろ。それは私の獲物だ!

 持っていた得物を投擲したスヴェンの足元で、馬がひしゃげる。転がるように落馬。馬群に呑まれる。

 よし。あ奴なら死にはせぬだろう。

 唸りを上げて飛んだハルバードによって、二騎が脱落。

 残り四騎。

 馬速にものをいわせたグロッコが両側に並ぶ。同時に二騎脱落。

 先頭から二騎が残る。

 左後方から一騎迫る。掠めるように交差。ランスチャージ。残ったのは空馬。サーコートには火竜。アデルフリード勢。見事な腕だ。

 残り一騎。

 槍を構え、突撃の姿勢。

 迎え撃とうとヴェインダルシュに合図を送るが、動かない。

 なぜ?

 やる気がないとでも言うのか。

 前を見れば、呑気な歩調で立ちはだかる大鴉が一騎。

 どこから調達したのか、薙刀を構えているのはイチムラ。

 まさか……。

 すれ違う。一閃。

 イチムラの脇を抜けた、息の上がった馬が、ゆっくりと目の前で停止する。

 どう、と首のない騎士が落ちる。

 まただ。

 終わってしまった。

 まいった。残るはこの情けない長子のみ。

 据え物斬りの趣味はない。

 括りつけられた大将殿は、足元から湯気を立てて気絶している。

 戦場では、追撃から、北側の傭兵に対する陣形へ。

 先程、見事なランスチャージをみせた騎士が、ゆっくりと近づいて来る。

「シュウ様」

「ネフィウスか!」

 騎士が被っていた鎖帷子を後ろに下げると、青いリボンで結んだ白髪。

「先程は見事であった。ジルの側におらずとも良いのか?」

「はい……」

 返り血を浴びた顔。表情まで見えずとも、悲し気な様子はわかる。

「いかがした?」

「シュウ様の狼煙をご覧になられた御屋形様は、行ってこいと……。代わりに戦場を今一度駆けて来いと。そう仰って……」

 まさか……。

「本陣にて待つと」

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