第30話 本陣へ

 傭兵たちは凡そ二千。撤退するにしても、迂闊には動けないはず。

 本陣へ。姫様の元へ。そして、ジルの元へ。

「イチムラ、そこの御大将殿を引き摺って来い」

「はっ……首は繋げたままで?」

「運んでる途中で取れてしまったのなら仕方ないが、なるべく繋げておけ」

 戦場となった丘陵には、敵味方合わせて四千以上の兵が横たわり、死んでいるか、それを待っている。

 どこで馬が躓いても不思議ではない。

「イチムラ、歩兵が足りていない。戦場を片づける手立てを早急に立てろ。死体の中に隠れている者もおるやも知れぬ」

「はっ」

 出来ることならば、歩兵の仕事を奪いたくはない。武具や装飾品を剥ぐことは、彼らの権利。息のある者には止めを差し、剥ぎ取り、移動し、焼く。

 このままでは時間を浪費する。

 赤黒い泥濘。障害物を縫うように進む。

「カモ! そ奴が大将か?」

 馬が気の毒になるほどの巨漢。氷界の巨人を束ねる男。スヴェン。やはり生きていたか。血塗れではあるが、本人の血ではないだろう。

「あの馬は駄目だったのか?」

「そう言うな。あいつとの付き合いは長いのだ。あんな一振りで倒れる軟なやつではない。無理な突撃を繰り返したからな。足元に傷を負っていたのだろうよ」

「そうか」

「ああ。だがやつも本望だろう。何せ戦で死ねたのだからな」

 およそ武に生きる者たちがそうであるように、スカルディアの男たちも戦での死を望む。それが一番誇り高い死に方とされ、死ぬことを恐れない。反面、無駄に死ぬことは最も恥となる。よって、巨人たちは仲間の死を決して無駄にはしない。それは愛馬とて同じなのだろう。

「あの一投は見事であったな」

「そう言ってくれるか」

「あの馬は敵に殺されたのではない。お主が敵を討ち取るために命を削ったのだ。見事というほかあるまい」

 スヴェンはスカルディア勢を離れ、共に本陣へ向かう。

「カモ、姫様にお目通り願えるか」

「なんだ、まだなのか。ここの戦線を支えてくれたのはお主たちだ」

 スヴェンと轡を並べ進む先に、二騎待ち構えている。グロッコ。

「ちっ……」

 氷海の巨人が舌打ち。

 なぜか、スカルディアとグロッコは昔から折り合いが悪く、武力衝突を繰り返してきた。

「カモ殿、ご無沙汰しております。戦場のこと、馬上の挨拶、ご容赦くだされ」

「お久しゅう、ウラ殿。先程は見事な戦ぶりでしたな。グロッコの馬は相変わらず速い」

 長の息子ウラ。三男か四男だったはず。隣は付き人のザンデといったか。

「姫様のご参陣と聞いて、居ても立っても居られず、カモ殿の差配を無視して押し掛けてしまいました」

「そうだ、ウラ。我らがおるというに、余計なところでしゃしゃり出てきおって」

「スヴェンよ、其方らの腕を疑ったわけではないぞ。確かに出しゃばったのは我ら。その点は詫びよう」

「まったく、良いところを持っていかれたわ」

 スヴェンは豪快に笑い声をあげ、ウラもこれに破顔する。

 戦士同士、認め合ってはいる。

「こうして我らが轡を並べて戦する。姫様とこのアデルフリードを害しようなどという、愚か者がおったお陰だな。俺の死に場所はグロッコとの戦だと思っていたからなあ」

「何をこちらこそ。私とて、スヴェンと刺し違えるなら、本望と思うておったのだ。まったく、その愚か者とやらには感謝せねば」

 物騒な会話だ。死にたがりどもめ。

 共通の敵か。

 この戦が終われば、この国は戦乱の舞台となろう。その時、スカルディアとグロッコは再び敵対するのだろうか。

「死体が邪魔だな。カモ殿、我らも協力するぞ」

「いや、スヴェン。それはイチムラが何とかする。それより傭兵どもを抑えておきたい。動かぬだろうが、万が一ということもある」

「大鴉勢で十分ではないか?」

「相手はできる。だが抑えておくには重さがな」

 相手は傭兵とはいえ、重装。正面から受けることは出来ない。

「なるほど。グロッコにお呼びが掛からぬわけだ」

「褒められているのか、貶されているのか」

 軽口を叩いている間に、本陣が近づく。

『姉御が不機嫌ですぜ。お急ぎ頂けると、寿命の縮みも少なくなるんでやすがね』

 耳元で声。

「イチムラ、先触れを出せ。スヴェン殿とウラ殿もご一緒すると。それから、敵の御大将もと」

「はっ」

 一騎が馬から降り、本陣へ向かって駆ける。

 実のところ、あまり意味はない。

『お急ぎ頂きたいのは冗談ではないですぜ。ご隠居さんがお待ちかねでやす』

 わかっている。

 わかっているのだ。

 焦れながら進む。

 ヴェインダルシュならば、足元の死体など気にせず駆けるだろう。

 単騎、ジルの元へ急ぎたい。

 だが、これは戦。

 終わっていない以上、誰に対しても弱みを見せるわけにはいかない。

 姫様の守り刀は、何事にも動じるわけにはいかぬのだ。

 足元から死体が消え、馬蹄に掘り返された地面に変わる。

 やっと真直ぐに進める。

「少し急ごうか」

 馬腹を蹴らずともヴェインダルシュは速度を上げた。

 

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