第28話 奇襲

 ノスキーラの麓。森の中心付近。

 樹齢にして千年は超えていたであろう、大木の洞。そこを中心に半径にして六尋ほどの空間は、若木さえ生えていない。

 根元部分だけだというのに、見上げるほどの高さがある。

 この何も生えていない空間に、枝を伸ばし、繁らせていたのだろう。

 ここにノスキーラを超えた二百騎の大鴉が揃っている。

 武装こそ軽微だが、相手の武器は鈍器が多い。鎧など着ていても、喰らえば同じこと。それならば身のこなしを優先する。

「本陣からの合図で、敵本陣に斬り込む。長居はしない。後背より突入。その後は出たとこ勝負だ」

「はっ!」

「よし。では、合図を待て」

 この戦は防衛線ではあるが、勝利条件が厳しい。

 そのため、姫様と大鴉本体が参戦しても、まだケリを付けられずにいる。

 南の戦が控えている。よって、逃がすわけにはいなかない。

 最低でも大将首。本音は殲滅。後ろに余計な心配を残せない。

「カモ様、狼煙が上がりました」

 本陣からの合図。

 敵、重装騎兵を戦場に引きずり出したようだ。

 ヴェインダルシュに飛び乗る。

「騎乗! 森を抜け、左へ迂回しつつ隊列を整える。我に続けっ!」

 森を抜けるまではゆっくりと。

 こんなところで馬を傷めてるわけにはいかない。

 森の中で少しでも左へ。

 前方が明るい。

 森を抜ける。目の前は岩肌も露わな急斜面。

 敵陣に翻るは、紅地に金獅子。三房のレイブル。チェゼーナ侯爵家長子の旗。

 斜めに駆け下りる。後続は気にしない。

 敵陣までに纏まれば良い。

 前に進む。

 とはいえ、ヴェインの能力は高い。単騎突出するわけにもいかぬ。

 草地。丘を登る。

 敵陣が見えなくなる。

 後ろに馬蹄の響き。着いてきている。

 丘の上。ここから敵陣まではなだらか。

 再び視界に敵陣。動きが慌ただしい。

 こちらに気付いている。

「旗持ちっ!」

 振り返らず叫ぶ。

 こちらの隊列に大鴉の旗が翻ったはず。敵陣は更に慌てるだろう。

 歩兵が走り出た。二列。槍を突き出す。

 斬り込む場所を探す。

「矢を番えろっ!」

 牽制の矢。

「放てっ!」

 背中に弓音を聞きながら加速。

 頭上を百を超える矢が追い越していく。

 矢を受けた歩兵が翻筋斗打つ。

 本陣幕舎のやや右寄りの隊列に隙。

 大刀を引き抜く。

 幕舎の左手に火矢が刺さる。

 後続と数瞬の間。

 ヴェインが加速。一瞬身を沈め、更にもう一段。

 槍をものともせず、歩兵の列を吹き飛ばし、突き抜ける。

 頭上を第二射が越えていく。敵陣前方への牽制。

 後ろから悲鳴、絶叫。

 振り返らない。

 燃え始めている幕舎の前。鉄鎧に紅のマント。周りに鉄鎧の騎士が五。

 見付けた。

 ヴェインの手綱を引く。急減速。

 すぐ横を三騎、すり抜けて行く。

「露払いはお任せを!」

「囲んでしまえっ!」

 歩兵から奪ったであろう槍で、集まって来た歩兵を蹴散らしている。

 更に後続の騎馬が追い抜く。

 ヴェインダルシュは馬塵立つ敵陣の中を、ゆっくりと歩く。

 奇襲は成った。

 二百騎の大鴉が大将と、その取り巻きを囲み、旋回。

 援軍が来たところで、手出しは出来まい。

 旋回する囲みの中へヴェインを進める。

「青き大鴉が守り刀、シュウジロウ・カモ! そこに在わすはチェゼーナ侯爵家のお方とお見受け致す! 尋常なる立会いを所望致す! 如何かっ?」

 このまま串刺しにしてもよいのだが、姫様の顔に泥を塗るわけにもゆくまい。

「だ、代理を立てるっ!」

 鎧は立派だが、その立ち居振舞いに、戦士の気配はない。

「承った。その首託すに値する代理をお立てになるが宜しかろう。ならば此方も代理を立てようか……。イチムラ! お相手致せ!」

「はっ!」

 イチムラが馬から飛び降りる。

「得物は何でもいいですよ〜。此方はこの刀でお相手しますね」

 気の抜けた言葉を吐きながら、腰の大刀を叩く。

「我がお相手致す」

 大柄な鉄鎧の騎士が、ズイと前に出る。

 脇に抱えていた兜を放り投げた。

「そちらは随分と軽装のようだか、我と打ち合えるのか?」

「どうですかね〜。まあ、闘ってみましょう」

 相手の得物はハルバード。

 イチムラを舐めるだけ舐めて掛かるがいい。

 囲みを広げ、立ち合いの場所を作る。

「えっと、大鴉のサコンノジョウ・イチムラです」

 ペコリと頭を下げる。

「ふんっ。チェゼーナ騎士団が序列三位、豪槍のジルスチュアート。このハルバードにその首刈られること、光栄に思うがよい」

 頭上でハルバードを振り回し、左前に構えてぴたりと止まった。刃を後ろへ大きく引いている。

「抜け。待っていてやる」

 イチムラは自然体で立ったまま。手もだらりと下げている。

「あ、お気になさらず。いつでもどうぞ」

「後悔するなよ!」

 ジルスチュアートはハルバードを振り回しながら、右足を踏み出す。

 まだ間合いの外。

 イチムラは動かない。口元に笑みさえ浮かべながら、力を抜いて立っている。

 ハルバードの回転速度が上がり、唸りを上げる。が、足が出ない。あと一歩踏み込めば必殺の間合いに入る。その足が出ない。

 イチムラは不思議そうに首を捻ると、ひとつ頷いてから、ひょいと踏み出す。

 ジルスチュアートが慌てて飛び退く。ハルバードの回転を止め、威嚇するように突き出す。

 額に汗を浮かべ、呼吸が荒い。

「イチムラ、お相手に失礼だ。全力をお見せしろ」

 返事はない。

 ただ、心底面倒そうな顔で、刀の柄に手を掛けた。左足を引き、腰を落とす。

「じゃあ、三つ数えたら行きますんで、なるべく死なないで下さいね」

「ふ、ふざけるな!」

 イチムラの台詞に激高するも、ジルスチュアートは動かない。

「三……二……」

「ま、待 ――」

「一」

 鞘走る音が駆ける。踏込の音はない。

 ジルスチュアートには見えただろうか。

 イチムラはジルスチュアートの右奥。背中を向けて残身。逆手に持った刀が鉄鎧の脇から刺さっている。

「ありゃ?」

 気の抜けた声をあげながら、刀を引き抜き、血振り。納刀。

 誰も声が出ない。

 イチムラは、軽い足取りで元の位置に戻ると、一礼。チェゼーナ侯爵の長子に向かい一礼。振り向いて一礼。

 こちらに向けて顔をあげると、頭を掻く。

「カモ様、すいません。っちゃいました」

「構わん。あれで全力か?」

「はっ。あれで最速です」

「そうか。少しは速くなったな」

「有り難うございます」

 鉄鎧の一団に目を向ける。

 口を開けて、呆けているようだ。

「チェゼーナ侯爵家が長子殿。此方が勝ったようだ。その首貰い受ける。獅子の旗を下せっ! 大鴉の旗を掲げよっ!」

 二百騎の大鴉から勝鬨が上がる。

 ジルスチュアートの身体がゆっくりと傾くと、その首が先に落ちて転がる。追うように地響きをたてた鉄鎧から鮮血が吹き出した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る