第20話 王都の下
群衆の叫びを後塵に、南へ。
薄闇の向こう、南門の灯り。黒く影に沈む城壁の上、赤と青の混じり合う空。
色の曖昧な視界。馬蹄を轟かせ、二十街区を一気に駆け抜ける。
南門前、広場。門まで一街区分。
「速度を落とせ! 速足!」
後ろに叫び、駆足から速足へ。
左へ。
道幅は四尋。人気はない。駆足のまま。東城壁まで二十街区。
静まり返った街を駆ける。
東城壁まで十街区。
「並足!」
ゆっくりと城壁に近づく。
東城壁沿いを右、南へ。暗い。
南城壁との角まで一街区。
ムハレは南東角にて待つと言っていた。
右側の街並みが半街区で途切れる。
広場。
南東の角に城壁とは違う石造りの建物。高い。見上げる。
「……っ!」
巨人?
建物を台座に街を睥睨する巨人。
「停まれ!」
視界が悪い。
広場の中程で馬車を停める。
もう一度見上げる。
城壁を背に浮かび上がる影は人型。
そそり立つ巨人。
「大鴉様、こちらへっ!」
ムハレの声。見回す。
広場に面した建物から灯り。
「灯りの下へ馬車を寄せろ」
良くは見えないが、何かしらの店先。軒の下へ馬車を停める。
下馬。
「ムハレ」
「馬と馬車はうちの者へ。お入り下さい。お荷物もこちらにございます。先ずは姫様のお召替えを」
「うむ。済まんな。無理をさせたのではないと良いが」
「ご心配には及びません。急ぎご出立のご準備を」
「あいわかった」
騎士が警戒のため、馬車を囲む。
内側から扉が開く。イズナ。
「駆足の馬車なんて乗るもんじゃないね」
降り立つ。
続いて姫様が馬車を降りる。
灯りに向かう姫様とイズナを、二人の侍女が迎える。
「ジャンペール。表にいると目立つ。騎士達も早く建物へは入れ」
騎士達も下馬。建物に入る。
馬と馬車を商会の下男たちが曳いて行く。
「姫様のお召替えが終わりましたら、向かいの建物から下へ降ります」
「うむ。ムハレよ。あの巨人はなんだ?」
「古の王だそうです。あそこで街を見守っているとか、悪鬼の侵入を防いでいるとか言われております」
なるほど。
しかし、侵入を防ぐなら外を向くはず。
何を見ているのか。
「下、とはやはり水路か?」
「左様にございます。王国の知らない、この王都の秘密をお見せ致しましょう」
姫様は再びマント姿。
イズナは漆黒の狩衣。
二人ともに見事な黒髪。
まるで異なる格好をしているが、並べば姉妹のように見えなくもない。
「では参りましょう」
灯りを消し、広場へ。
先頭は頭を剃り上げた商館の男。
ムハレが続く。
ぼんやりとした背中を追う。
闇は蒼く、月明りに広場を渡る影が踊る。
台座の建物。中へ。
ムハレが手燭を灯す。
天井が低い。腰を屈める。
奥へ。
右へ下りる石の階段。
「この階段は秘密でも何でもありません」
階段を降りた先は半球状の空間。
広場の真下辺りか。
篭った音が反響する。
中心にポツンと石棺があるのみ。蓋はないようだ。
歩み寄り、中を覗く。
横たわっているのは、剣を胸に抱く王。精緻な石の彫刻。
装飾の紋は雄山羊。
「これは……バルケステス王か」
「ここはその墓だといわれております。その石棺を囲むように跪いて、祈りを捧げたとか」
では、地上の巨人もバルケステス王。
頭を剃り上げた男が、石棺を押す。
狭い階段が現れる。
「こちらへ」
手燭を持ったムハレが下りる。
頭を剃り上げた男は残るようだ。
階段を下りる。
二十段も下りると踊り場。折り返す。
四つの踊り場を経て底へ。
一尋ほどの通路。
灯りをは先頭のムハレしか持っていない。
後ろの騎士達はさぞ難儀なことだろう。
最後尾にイズナの下僕たちがいるはず。
助けになってきれば良いが。
突き当たりに扉。特に鍵を使うでもなく、開く。
木製のテーブル、椅子が二脚。左の壁際に棚。その向かいの壁にもう一つの扉。
ムハレが燭台に火を灯し、手燭を吹き消した。
「さあ、ご覧にいれますよ。これより先は我が一族、秘中の秘。他言無用に願います」
特に騎士達へ向けた言葉。
皆が頷く。
ムハレが扉を開ける。見えるのは、石壁の水路。扉を抜ける。
「これは……」
思わず声が漏れる。
階段を下り、船着き場へ。
一艘の船が横付けされている。
細長く、前後が大きくせりあがっている。
「船からのほうが、よく観えます。乗船してしまって下さい」
ムハレに言われ、足が止まっていたことに気づく。
「こいつぁ、めぇりやした」
流石の下僕たちもお手上げのようだ。
乗船。
船底のベンチに二人ずつ腰掛ける。
「この先でもう少し大きな船に乗り換えます」
ムハレは船首に立って、こちらを向いている。
船頭が竿を差し、船が動き出す。
水路の両脇に広がるのは街。窓には灯り。五階建て前後。
船が進んでいるのは、その街路。建物を繋ぐ橋を潜る。交差する水路。
窓から零れた光で、幻想的に浮かび上がる街。
皆、言葉もなく、景色に見とれる。
「伝説のウールス国か。始まりの王グリンデルは、その上に街を築いたということか」
「ここがウールスかどうかは、わかりません。長老辺りに訊けば知っているのでしょうが」
「パルティアの民はいつからここを?」
「さて。それも私ごときには知る由もないこと」
ムハレはわざとらしく惚ける。
「ふむ。済まん。秘中の秘であったな。これ以上詮索するのはよそう」
しかし、これは凄い。
王都の足元で、パルティアの街がある。
「ここで暮らしているわけではありません。あくまでも滞在する程度。陽の光が恋しくなりますから」
「この国には知られていないというのは、確かか?」
「それはもう、間違いようもなく」
王宮に間者ありか。
それにしても、騎士たちは辛かろうな。
帰領しても、このことは誰にも話せないのだから。
船首に吊るしたカンテラの灯りが、水面に滲む。
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