第13話 ウルゴー山脈

 シェザート老を筆頭に、フラウデルテバ騎士団から熱烈な見送り。

 サーコートに身を包んだ騎士が並ぶ。男ばかりとはいえ、華やか。

 老には釘を刺さずとも、主命を守るだろう。

「老、お世話になりました」

「参陣したくても叶わないワシのために、手合わせを受けてくださったのじゃろ? こちらこそ、お礼申しあげる。お嬢様をお頼み申す、守り刀殿」

「強い相手がいれば、ってみたくなる。お互い、困った性ですな」

「まったくじゃ! 道行のご無事を。待っておりますぞ」

 角笛が響く。

 出立。

 イズナの下僕たちも三騎、同道する。漆黒の狩衣。前垂れで顔は見えない。

 イズナは馬車の中。昨日から口を聞いていない。姫様と何を話しているのだろう。

 ウルゴー山脈を正面に見上げながら、南へ。

 こうしていると、アデル渓谷はウルゴー山脈から突き出た、尾根の一部であることがわかる。

 山道に入る。

 ゆっくりとした速度で進む。道のりは急ぐほどのことはない。

 山の天気は変わりやすいというが、この季節のウルゴーは落ち着いている。

 日のあるうちに、エピオーネ側へ辿り着けば良い。

 万が一にも滑落しないよう、堅実な速さで進む。

 この山道の何処かで襲撃があるだろう。

 エピオーネ男爵領へ入る前。

 峠の手前。

 見通しの悪さを利用して、上から。イズナの下僕たちを動かす。馬を騎士に預けさせ、斥候に出す。

 木々の中へ足を踏み入れた下僕たちの気配が消える。

 いつでも戦闘に移れるよう、外套を脱ぐ。

 弓を取り、弦の張りを確かめる。矢立には十本。

 九十九折の道を登る。

 広葉樹が茂り、見通しが悪い。

 獣も多く、小さな気配が動き回っている。枝が揺れ、鳴声が木霊する。騒がしい。

 半分ほども登った辺りで、耳元に声が届いた。

『四つ折れた先に二十人潜んでいやす。どういたしやしょう』

 あの妙な技。

「回り込めるか?」

『雑作もねぇ。挟み討ちでやすか?』

 返事もできるようだ。

「回り込んだら、潰せるやつから片付けろ」

『全部殺っちまう前に来てくだせえよ』

 二十人を三人掛かり。一人六殺。二人くらいは残るか。

「一人残っていれば十分だ」

『言いなさる。仕方ねぇ。そいじゃ、精々ゆっくりるとしやすかね』

 急いだほうが良さそうだ。

 前を行く騎士に轡を並べ、告げる。

「待ち伏せがある。一騎、私と先行する。残りは警戒しつつ、ゆっくり登って来い」

 待ち伏せがあるなら、殲滅するまで馬車を待機させるのが常道。

 だが、その必要もあるまい。

「一騎でよろしいのですか?」

「それも予備だ。早くしないと終わってしまう。先に行く」

 弓に矢を番え、馬を走らせる。

「えっ? お、お待ちを!」

「良い! 皆でゆっくり来い!」

 慌てる騎士を、馬車から顔を出したイズナが諌めた。

「うちの連中もいるから平気さね。もう片付いちまうよ。一応、武器は構えておきな」

 その声も九十九折の向こうに消え、先を急いだ。

 もう一つ折れようという先で、鳥が一斉に飛び立つ。続いて男が一人、道へ転がり出た。

 よしっ! 間に合った!

 生成りのチュニック。胸に黒い十字。弓を襷に掛け、右手にサーベル。矢筒はなし。頭まで鎖帷子を被っている。金属の手甲。

 手綱を引き、棹立ちに止まった馬から飛び降り、膝立ちに着地。

 弓を引く。

 男は引きつった顔で、辺りをうかがいながら、こちらにサーベルを突き出して構える。

 間合いは登り二十歩半。必中の距離。

 男が後退る。

 逃げようと振り返った瞬間、膝から崩れ落ちた。

 男の向こうには、いつの間にか漆黒の狩衣。前垂で顔を隠しているが、ニヤケている。間違いない。

 弓を緩める。

「おい、生きているだろうな?」

「へい。こいつだけは」

 結局、全部持っていかれた。

「旦那の分は残しておこうかと思ったんでやすがね。手が滑っちまいやした」

「返り血でも浴びたんじゃないか?」

 嫌味の一つも言ってやらないと、気がおさまらない。

「まさかぁ。そんな下手ぁ打つのは、耳欠けの小僧くらいなもんでさぁ」

 アレクのことか。

 確かに賊を切った時は、血塗れになっていたな。

「で、何を吐かせりゃよろしいんで?」

 吐かせる情報に意味はない。

 獲物を残してもらうための言い訳だ。

「一応、どこの手の者か、だな」

「へえ? こいつぁ、エピオーネのチュニック着ちゃあいやすが、サーベルが違う。それに、矢はクレモナ辺りの物ですぜ。傭兵でしょうな。どうせ、雇い主のことなんて知りゃあしやせんぜ」

 そんなことは最初からわかっている。

「傭兵か。情報としては十分だ」

「なんだ、それならっちまってもよかったんじゃねぇですか……」

 肩を落とさなくても良いと思うのだが。

「一応騎士様方にお見せしたら、その辺に棄てておきやす」

「ああ。すまんな」

 少し興奮した馬を落ち着かせる。

 下から馬蹄音。一騎。

「ご無事でしょうか?」

「問題ない」

「ぬ、そ奴はエピオーネの者!」

「いや、偽物だ。襲撃するのに、態々正体を明かすような格好をするはずもない」


 追いついて来た馬車は停まることなく、ゆっくりと登る。

 イズナへ報告済というわけか。あの妙な技。

 切り通しの峠を抜ける。エピオーネ男爵領。

 エピオーネ側は、ゴツゴツとした岩場が続く。

 雨ともなれば、危険極まりない。

 山の北側の方が緑豊かとは。

 道は悪いが、見通しが良い。警戒はしやすい。

 これで下から襲撃できたら、大したものだ。

 何事もなく麓に辿り着いた。

 王都デリまでオラキエル街道を南下する。

 道草を食わなかった馬車は、時間に余裕がある。

 一旦、休憩と馬車を停めた。

 馬車の中へ。

 姫様の向かいに座る。隣にイズナ。

 姫様の隣では、侍女がぐったりとしている。

「姫様、このままエピオーネ男爵の館へ向かわれますか?」

「他に選択肢があるのですか?」

「我らに通じております、商家がございます。貴族屋敷とまではいきませんが、清潔な部屋は用意できるでしょう」

「カモ様はどちらがよろしいと?」

「商家が安全です。ですが、男爵にもお土産がございますので、どちらでも」

 襲撃に使われたチュニックを剥ぎ取ってある。

 これで男爵を脅すのも一興。

「わかりました。商家にいたしましょう。今は確実に王宮へ行かねばなりません」

 相変わらず冷静な判断。

「良いご判断かと。イズナ、誰か先に向かわせてくれ」

「もう行ったよ。男爵はどうすんのさ? こっちが来るのは知ってるんだろう?」

 どこにでも耳がある。

「恐らくな。直前まで惚けよう。通りすがりに挨拶してやればいいさ」

「まかり通るってわけね」

「それで大丈夫なのですか?」

「男爵ご自身、身に覚えのないことでも、こちらが貸しております。それに、男爵は王宮におられるでしょう。家令相手に、下手にでることもありますまい」


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