第2話 迎え

 賊どもは簡単な治療だけして歩かせた。

 武器と死体は街道脇の藪へ隠した。野獣のことを考えれば、街道近くに放置するのは良くないのだが。

 当初の目的を果たせたからか、アレクはホクホク顔で追い立てている。

「シュウ殿のお陰で、楽に賊を捕えることが出来た」

 一人であの人数を相手取るつもりだったのだろうか。豪胆なことだ。それなりの腕があるにせよ、供の物も付けず、一人出歩くというのはどうかと思う。

「ところで先程の続きだが」

 忘れていなかったか。

「我が一族とファルネーゼ家との約定がこと。内容は話せん」

「何か証のようなものはあるのか?」

「この刀が」

 腰には二本の刀を差している。脇差の柄を叩く。

 悪くない拵えだが、それほど特別なものでもない。だが鞘の中身は別だ。

 郷を出る時に長から身分を保証する書状を持たされているが、その話ではないだろう。

「ふむ。こんな道端で賊を追い立てながら話すことでもないな」

 アレクが詮索したくなる気持ちはわかる。が、質問ばかりされるのも癪だ。

「アレク殿はファルネーゼ家縁の方とお見受けするが?」

「ほう?」

 ニヤリとしたアレクだが、半眼の奥に獰猛な獣の気配を漂わせている。

「この辺りの者ではないといえど、訪ねる相手の紋章くらいは知っている」

「ああ、これか」

 アレクは胸の紋章を撫で、苦笑いを浮かべる。

 この辺りの紋章は個人まで特定できるはずだ。例え家族であっても、同じ紋章は使えないと聞く。

「ファルネーゼ紋といえば灰地に赤き火竜だが、色も着いていないこの鎧のアームをなぜ火竜と?」

「火を吹いている」

「……」

 身分を隠したかったのだろうか。それなら紋章入りの鎧など着なければ良い。アレクの意図がわからない。

「アデルフリードに着けばバレることか。俺は侯爵家と血縁のあるオストール辺境伯家の者だ」

 確か今代当主が二十年前の戦役で功を成し、辺境に領土を得たと聞いた。それまではピオーネ伯爵。ならばアレクの父親が伯を名乗っているのだろう。

「卿、と呼んだ方がよろしいか? 既に称号をお持ちなのだろう?」

 辺境伯ともなれば、他にいくつも爵位を持っていても不思議ではない。何かしらの称号を許されているはずだ。

「いや、それは止めてくれ。そろそろ探り合いも止めにしないか?」

 探っていたのはアレクであって、こちらは大したことを聞いていない。事実の確認をしたくらいのことだ。

「剣を交えた仲だ。爵位などで呼ばれたくない」

 一方的に襲い掛かられただけだ。

「そうか。この辺りでは爵位やらの称号で呼び合うものかと思っていた」

「シュウ殿も爵位持ちなのか?」

「私にあるのは家名と役名くらいだ」

「ならば名で呼び合おうではないか」

 そんなことを話していると、前方から馬蹄の響き。馬車ではない。

「三騎から五騎。こちらに向かってくるな」

「む、シュウ殿は耳も良いのだな」

 鹿毛の馬が三頭、額と鞍飾りは灰地に赤火竜の紋章。先頭の鞍上はサーコートを着ている。後ろの二騎は緋色のチュニック。胸には大きなエスカッシャン。

「おお、アイモーネではないか。侯爵家の騎士だ」

 向こうからもこちらを確認したらしく、先頭の騎馬が姿勢を低くして飛び出した。

 軽装とは思えぬほどの土煙を上げて迫り来たと思えば、止まることももどかしくサーコートを翻して騎士が飛び降りた。

 慌てて追いついて来た従者と思しき二人も馬から降りる。

「アイモーネ、良いところへ来た。この賊共を引き取ってくれ」

「引き取りましょう! そんなことよりもサヴォイア卿、ご自分の立場がわかってらっしゃるのか?」

 よほど飛ばして来たのか、従者は肩で息をしている。馬も鼻息荒い。

 『サヴォイア卿』と言った。サヴォイアも辺境伯領ではなかったか。アレクが辺境伯とすると、父親は少なくともサヴォイアより格の高い辺境伯か、それ以上の爵位ということになる。侯爵? ならばシエラの兄弟だろうか。紋章に偽りありというわけか。

「堅いことを申すな。ちょっと賊狩りに出ただけではないか」

「ちょっとですと? だいたい賊狩りなど、卿がなさることではありません!」

「おお、怖い。怒るな」

 嫌そうな顔をするアレクだが、恐らくは称号であろうと辺境伯である。当然だろう。

「その首に巻いた布は?」

「ああ、手傷を負った」

「な、なんですと? まさか賊に不覚を取ったなどと申しますまい?」

「こちらの御仁を賊と間違えてな。返り討ちにあってしまったわ」

「なっ、卿が返り討ちに?」

 不意とはいえ、面倒な相手を傷つけてしまった。

「手当までして頂いた。それでな、これから屋敷に案内する故、従者の馬を貸せ」

「いえ、一人伝令で戻します。迎えを寄越しましょう」

 アイモーネが顎で合図すると、一騎が猛然と走り去った。

「馬車はいらんぞ」

「ご身分をお考えなされ。賊狩りをするにしても、なぜ騎馬でなく徒歩で向かわれたか……まったく」

「馬番に見付かるとな。お前のところへ連絡が行く」

「貴方という人は! その鎧もどこから持ち出したのです?」

「武器庫に決まっておろう。アイモーネ、こちらは白き山の麓から入来したシュウ殿だ。そうそう、シエラ様にお目通りするためだそうだ。手配してくれ」

 おや? 兄弟でもないようだ。辺境伯を称していながら、侯爵の娘に敬称を付ける。アレクは何者だろうか。

「なぜそんな大切なことを!」

「お前が言わせなかったのだろう」

「そ、それは……。ああ、もう……。アデルフリード侯爵家の騎士、アイモーネにございます。もう一騎も館へ行かせます。何か言付けはございますか?」

 どうにか体裁を整えたアイモーネの挨拶を受ける。

「シュウです。白き山の麓から『守り刀』が参ったと。それでお分かりにならなければ、お目通りには及ばず」


 一刻ほども待っただろうか。従者二騎に付き添われて、二台の馬車がやって来た。両方とも二頭曳きだ。

 一台は黒塗りの、これまた紋章付きの豪華な馬車。もう一台は賊の護送用だろう。丈夫そうだが、造りは簡素だ。

 さて、馬車の向きを変えなければならないが、道幅は四尋ほどしかない。二頭曳きとはいえ四輪馬車。折り返すには狭い。

 そう思って観ていたが、これが中々、御者と共に馬が見事な腕前を見せた。しっかりと調教されているようで、滑らかな後退からの切り替えしは圧巻だった。流石は侯爵家の馬車。

 シエラ殿からの返事は特になかったが、目通りがあるかないかに関わらず、屋敷には連れていかれる。

「さて、シュウ殿の用件をお聞かせ願おうか」

 馬車の中はアレクと二人きりだ。必然、そういう話になろう。

「それは目通りがかなった時に。アデルフリードに着けばアレク殿の正体も明かされるというもの」

「そうきたか」

 特に悪だくみをしているわけでもあるまいに、お互いクツクツと笑いあっている間に、車窓の景色が変わった。

 林が途切れ、湖まで牧草地が広がっている。道の両側には石垣が積まれ、柵の向こうで何頭もの若駒が、広々とした丘陵を自由に走り回っている。

 湖の向こうには、遠く白き山が聳えている。

「馬の産地とは聞いていたが、見事なものだ」

 どれもバネがあり、活き活きとしている。

「気に入った馬がいたら言ってくれ。斬りつけた詫びに進呈しよう」

「いや、こちらは傷を負わせた。お互い様だろう」

「ならば友となった証ということで、どうだ?」

「私から返せるものがない」

「堅いことを言うな」

「その台詞、アイモーネ殿にも言っていなかったか?」

 いつの間にかアレクと打ち解けてしまった。不思議な男だ。

 馬車の向かう先に、高い石造りの壁が見えてきた。両側に物見塔。壁の縞模様は矢衾だ。四段拵え。牧草地の起伏では攻城櫓は使えまい。ならばあの矢衾は脅威だ。

 蹄の音が変わった。道が石畳になったのだろう。

 フッと暗くなった思ったら、門を潜っていた。壁が厚い。壁を抜けた先は一見変わりない牧草地だが、道は大きな屋敷まで続いている。なるほど、城とまではいかないものの、砦というわけか。堀も跳ね橋もないが、ここを落とすのは容易ではない。

「あれが領主館だ。その向こうに街がある」

「裏口から来てしまったか」

「まあ、景色が良いのはこちら側だ」

「街にも興味はあるが、馬を見れて良かった」

「よし、後で俺の馬を見せてやろう。滞在中の相棒も決めねばなるまい?」

「シエラ殿との話次第だな」

 ほどなく馬車は館へ到着した。

「滞在は我が屋敷だぞ」

「それもシエラ殿次第だ」

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