第2話 わずかな希望

 突然の痛みに襲われ、目を覚ますとそこは見慣れない風景だった。

空は暗く、それでいて周りは明るかった。しかしあまりにも明るすぎて僕は不振に思った。なにより、周りを囲う光を放つ巨大な建築物やまるで岩で出来た硬い地面、しかも人通りがあまりにも多い。


僕は地べたに這い蹲りながら、辺りを首を振りながら見渡した。

そんな僕を心配そうに見つめる男。彼は紺色の服を上下と丸い帽子をかぶった奇妙な格好をしており、聞きなれない言葉で心配そうに話しかけてきた。

 僕はその言葉が分からずに困惑し、思わず使えもしない魔法を唱える。


「コグニティオ(翻訳せよ)!」

「……」

 詠唱が間違っていた訳ではないが、魔法は発動しない。


やはりダメか……


 失意の念に抱かれる僕に近づいてくるもう1人の男がいた。その男もやはり奇妙な格好をしており、最初に話しかけてきた男と仲間のようだ。

 二人はなにかを話し合っているようで、こちらから意識が外れていた。


 話し合う二人をよそに、僕はこれからの身の振り方について考えていたのだが、更に重大な事体が発生したことにより僕の思考は停止した。


向こう側に見えるのは……まさか!


 人ごみの中に1人異質な人物を発見してしまう。もちろんそれが僕の知り合いであることは言うまでもなく、それは僕が追いかけてきたはずの彼女である。

 しかし、僕はそれが本当に彼女であると信じることは出来なかった。だからこそ、僕は取り乱して二人の男を突き飛ばしてまで彼女を追いかけたかった。


 だが、それは出来なかった。


 僕は二人の男から羽交い絞めにされていたのだ。それもかなり強く。

「痛い……っ!!」

 思わず声を上げてしまった。もちろん二人にその言葉の意味は伝わらないうえ、警戒した男たちは更に強く締る。

 あまりの痛みに耐えかね、僕は彼女を追いかけるのを諦めざるを得ない。だんだん遠くなっていく彼女の背中を眺めながら、手に枷のようなものが付けられるのを甘んじて受け入れた。


 あれはきっと彼女ではない……


 そう自分に言い聞かせながらもどこか心の隅では、あれが彼女であることを望んでいた。

 たとえあれが彼女でなかったのだとしてもその真意は確かめるべきだったのに……

 僕にとってあれが彼女かどうかはさほど重要なことではなく、僕が彼女を追いかけてきてしまったことに対して少しでも懺悔することが重要なのだ。

 しかし、今チャンスを見送ってしまった。それがよい事なのか、そうで無いのかは分からない。おそらく、これからずっと分からないだろう。


 だが、それはわずかながらだが、彼女に会えるかもしれないという希望である。


 でも、一番まずいのは結局のところ、拘束されているこの状況だ。何とかしなければ……

「僕をどうするつもりですか?」

 そうは聞いてみるが、やはり言葉は通じない。返ってくる言葉も聞いたことの無い言語ばかりだ。

 それに一人の男はずっと黒い長方形の物に話しかけている。もしかして、この人たちは少しおかしな人たちなのかもしれない。なんて考えていると、白と黒と少しの赤を含む巨大な物体がこちらに向かって移動してくる。

 巨大なサイレンを鳴らしながら、近づいてくるその様子は酷く恐ろしかった。


 その物体が僕らの前に止まると、僕の横に立っている男が僕に向かって何かをつぶやいたが、言葉は通じない。

「―――だから、言葉が分からないって……」

 僕は思わずそう口にする。

 男もいい加減分かっているようで、僕に物体に乗り込むようにジェスチャーした。

 

見たことも無い物体だ。確かに形状的には馬車にも似てはいるが、馬はいないし、なによりも暖かみを一切感じさせないそれに乗り込むのは恐ろしい。

 僕はたじろぎ、男の顔をまじまじと見つめたが、その男に押し込められてしまった。


「一体なにをするんだ!?」

 その言葉が通じないことは知っていたが、そう言わずにはいられなかった。僕がいた国では、馬車に詰め込むなんて行為自体が犯罪者にだけ許された行為である。

 もし、客に対してそんなことをするやつがいたなら、処罰の対象になるだろう。


 ……ってそうか、僕は犯罪者になってしまったのか?


 疑問は残るが、その冷たい馬車に乗り込み椅子のようなものに座り込む。そこはまるで天国だった。

 やわらかい椅子、それは犯罪者に対して決して使えないものだと思っていたが、この世界では犯罪者でさえ子の待遇。

 これはうれしい誤算だ。


 嬉しそうにする僕を横目に、隣に座り込んだ男は変なものでも見るかのような目つきをしている気がしたが、きっと勘違いだろう。

 そんな男が合図を出すとともに、発進する馬車のようなもの。だが、馬車とはまるで違う。地面がきちんと整備されているからだろうが、ゆれが不快を感じさせないし、なによりもそのスピードは段違いである。

 それは、驚きのあまり奇声を上げてしまうほどだ。

 男たちがこちらを凝視していたようにも思えたが、それもきっと勘違いであると信じたかった。


 流れる景色はなんとも美しいもので、煌びやかな夜景は僕の目を癒した。でも、景色の移り変わりの速いこと、頭がパンクしそうだと思い、窓から目をそらした。

―――そんな必要は無かったな。

 思いのほか早い到着に内心穏やかではなかったが、出来る限り表に出さないよう努力した。だって、これ以上変な目で見られたくないし……

 

決意とはすぐに揺らぐものだ。おろされる場所は拘留場とばかり思い込んでいたが……この建物はあまりにも大きい。ハッキリ言って僕の村のどの建物よりもはるかに大きい。

 僕の家もかなり大きいとは思っていたが、そんなものとは比べ物にならないし、王都の役所よりも大きいかもしれない。

「こっちでは、拘留場もこんなに大きいのか!」

 僕はまるで成長していない。また男たちは驚いた顔でこちらを見ている。

ん? 驚いた顔?

「ここは拘留場じゃない、警察署だ。」

 男の一人が僕に向かってそう話しかける。


……そうか拘留場じゃないのか……え? 何か今違和感があったような……


 ひとまず、男たちに連れられるがまま、警察署の一室へとつれられることなったが、建物の中でも驚かされることは多い。

 建物の内部はとても明るくなんらかの魔法を使っているものだと、ばかり思っていたがどうやらそうではなさそうだ。魔法の痕跡を一切感じない。だのに、火を使っている様子もない。


 これは一体どういうことなのだろうか……?


 疑問はそれだけではない。これだけ大きな警察署なのに他の犯罪者が見当たらない。こんなことはありえないだろう。


「ついたぞ……」

 僕を案内してくれていた男がこちらを振り返った。

 どうやらここが目的地らしい。部屋のドアにはなにやら文字が書かれている。その時、僕に電撃が走る。

 その電撃の正体は電気そのものではなく、僕の脳へと送られる電気信号であることはいうまでもない。


……あれ、どうして、男の言葉がわかるんだ?


 そのことは、相手の男も疑問に思っていたらしい。

「お前、やっぱり日本語がわかっているんだな?」

 男は鬼のような形相でこちらをにらみつける。それはまるで悪魔とでも出くわしたような恐怖を味あわせる。

「どうやら、そのようです」

 ハッキリとしない僕の返事に男は苛立ちを隠せないようだが、拳を握り締めグッとこらえているようだった。

「まあいい、さっさと中に入れ」

 そういうと僕は部屋の中に招きこまれた。


 ずっと僕の後ろをついてきていたもう一人の男は、中には入らないようで、頭に手を当て敬礼のようなポーズをしていた。話かけてきた男のほうは、僕と一緒に部屋に入った。


 部屋の中にはもう一人男性がおり、僕のほうなど見向きもせずに壁に引っ付けられた机について、何かを紙に記入している。

 部屋にあるものは机と椅子くらいで、窓でさえ小さいものが1つあるばかりで、そのほかには一切なにも無い。


 僕は男が座り込んだ反対側に座るように指示され、ゆっくりと腰を掛けた。

 椅子は冷たくとても硬い。やはり、さっきの椅子は特別にあの椅子だっただけで、犯罪者にはこれがお似合いなのだろう。

 男は僕が席に着くとともに、高圧的な態度で叫んだ。


「どうして、日本語が分かるのに話さなかった!!」


 僕はその態度におびえるどころか安堵していた。

 いくら、自分の過ちで転生したとはいえ、見知らぬ街で言葉も通じないなんて、恐怖以外のなにも生み出さないだろう。だからこそ、その高圧的ではあれ、通じる言葉で話せることが嬉しくて仕方が無かった。

 そのためか、僕はあまり冷静ではなかったようだ。


「言葉がわかるんですね!?」


 男が一度言ったことを繰り返すようにたずね返してしまった。男は呆れたように言った。

「君は馬鹿なのか?」

「すみません。嬉しさのあまり……つい」

「まあいい、それよりすまなかったな……警察ってやつはなめられたら終わりなんだ。だからつい、押し倒されてカッとなっちまった。お前が誰かを追いかけようといていることにも気づいていたのに…………」

 そういって、男は静かに頭を下げる。どうやらかなりいい人らしい。

 なぜだか、僕は申し訳なく感じ大きな声で謝罪した。


「いえ! 僕が押し倒してしまったのが悪かったんで! 本当にもうしわけありませんっ!!」


「でかい声を出さないでくれるかな……」

 警察を名乗る男が不機嫌そうにそういったため、僕はもう一度、今度は小さな声で謝った。


 しばらくの間、部屋は静まりかえって聞こえてくるのはペンを走らせる音のみとなった。


「ところで、ここはどこなんですか? それに警察とはいったいなんですか?」

 沈黙を破りたいがために僕は頭を絞り、わずかながらの質問をした。

 警察と名乗る男はため息をついた。

「そんなことも知らないのか? ……まあいい。ひとまずここは日本の神戸というところだ。警察とは街の治安を守るものの役職名みたいなものだな……」


 そう説明してくれる警察の聞きなれない言葉の数々に僕は絶望する。何より、知らない地名に日本も神戸も存在しない。

 知っている場所であったのならば、僅かではあるものの希望もあっただろうが今となってはその希望も途絶えた。 

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