第2話 森のクマさん
ある日、森の中、クマさんに、出会った…。
小さな頃、私はよくこの歌を歌った。両親と行った動物園で初めて見たツキノワグマの胸の月がとても綺麗で、群れの中に1匹だけすごく可愛い目をしている熊を見て、とても好きになった。
両親は私が6歳の頃に離婚した。母が他に男を作って出て行ってしまったのです。父と私の二人きりの生活。自然遊びがお互いの趣味。よくキャンプもしたし、山登りもいっぱいした。今日も、そんな父とキャンプと山登りを一緒に楽しんでいた。けど、途中で父とはぐれて、探している途中で急な斜面に落ちてしまった。足が痛い…。そうだ、クマさんが私を助けてくれたんだ。クマさん…?クマ…さん・・・。
「ん…、ん~」
(夢…か。でもとてもリアルな夢。野生の熊が人を襲わないなんて初めて…。)
(んっっっ、いった~~い)
(夢…じゃない?足…痛い。)
私は恐る恐る目を開けてみた。
「ひっっっ」
思わず口に両手をあてて声を出さないようにした。目の前には自分より大きな熊が寝ている。けど、その温かさで服はすっかり乾いていた。辺りを見回すと、上は大きな木の根っこがあり、外は雨が降っているように見えた。すると、私の頬をペロリと何かが触れた。それはさっきまで寝ていたクマさんが私の頬を舐めた感触だった。
「おは…ようございます。クマさん」
思わず口に出してしまった。けど、何故だかわからないけどこのクマさんは自分を襲わないと言うおかしな自信のような安心感があった。クマさんは私の声が理解できているように縦に首を振る。
(おかしなクマさん。まるで人間みたい)
私はそう感じた。するとクマさんは大きな体を起こすと、外に向かって歩き始めた。私もその後を追いたかったけど、昨日のケガの痛みがまだあり、思うように動けそうもない。こんな場所じゃもし救助隊が探してても見つからないんじゃないかな。と、私の胸のポケットがブルブル震えているのを感じた。携帯だ。私の携帯は子供用の物だけど、GPS機能は付いていたはず。私は急いで携帯を取り出すと、案の定着信は父からだった。バッテリーは残り2本。まだ大丈夫。私はすぐ着信に応じた。
「もしもし、パパ!!」
『おお~繋がった。奈央。今、どこにいるんだ?』
半日くらいしか会っていないけど、とても懐かしい声がスピーカーから聞こえてくる。
「パパ。ん~ん。どこかは分からない。凄く大きな木の下にいるみたいなの」
『そうか。生きててくれてパパは嬉しいよ。どこかケガはないか?」
「足…痛い。たぶん…折れてる…かも」
私はもっといろいろ言いたかったけど、携帯のバッテリーがそれを許してくれそうもない。
『待っていろ。今は雨が強いけど、山岳救助隊の皆さんが、奈央を迎えに行くから』
「うん。GPSで場所わかるんだよね」
『そうだ奈央。その携帯はそのためにお前に持たせてあるんだから』
電話越しでも父が少し涙声になっているのが分かる。あ…でもここにクマさんがいたら、殺されちゃう…かな?私は熊が大好き。だから、目の前で撃たれちゃうなんてとても嫌だと思った。
「パパ、携帯のバッテリーが少ないの、だから切るね」
『わ…わかった。いいいいい急いで行く。それまでの辛抱だから』
そう言うと私は携帯を切った。残りは1本。いつまで持つだろうか。すると、クマさんが戻ってきた。その口には枝付きでアケビの実があった。私の目の前にそっとアケビを置くと、クマさんは再び私のそばで丸くなった。
「ありがとう。クマさん」
それを聞いたクマさんの目が、なんだか凄く優しく見えた。途端に今まで忘れていた空腹が一気に開放されたのか、私のお腹がグゥと鳴き始めた。今は贅沢なんて言えない。アケビは父がよく食べさせてくれた。種が多いのが少し嫌だったけど、味はとてもおいしかったのを覚えている。一口食べると、口いっぱいに甘い香りが広がる。
(おいしい!)
思わず口に出てしまいそうになるくらいおいしいそのアケビを、それほど時間もかからず私は食べた。
「ねえ、クマさん私の声が届くなら聞いて欲しいの」
私自身、良くわからなかったけど、このクマさんなら私の言葉が通じているのではないかと、考えていた。
「もうすぐここに、いっぱい人間がやってくるの。そうしたらクマさん…殺されちゃうかもしれない。」
言葉を発する度にどんどん涙が溢れてくるのを感じる。
「だからね…だからね…クマさん…逃げ…て。逃げて」
クマさんは私の言葉を静かに聞いているように見えた。するとクマさんはゆっくりと動き出し、私の服を口で軽く引っ張ってきた。昨日の夕方のと同じだ。
「送って…くれるの?」
私がそう言うと、クマさんはゆっくりと首を縦に振っている。私は痛い足を再び動かし、クマさんが背中に登ってみた。食べ物を口にできたためか、体に少し力が戻ってきた。私はしっかりクマさんの背中にしがみつくと、クマさんがゆっくりと立ち上がり、動き出した。雨が少し小ぶりなのだろう。森の木々のおかげで雨露が少しあたるくらいの状態になっているのがわかった。
クマさんは私を気遣っているのか、ゆっくりとゆっくりと斜面を下りていく。
その時間から遡ること30分前。山の麓では山岳救助隊が救助活動を再開していた。
『GPSの反応から、少女は山の中腹辺りにいる想定される。父親の話によると携帯のバッテリーはそう長くは持たないようだ。探索アプリが示したGPSポイントでは、熊の目撃例も報告されている。慎重に行動してください。』
山岳救助隊の隊長の言葉と共に、10名の山岳救助隊が山を登っていく。その中には少女の父親も加わっていた。父親は昨晩一睡もできなかったが、自分の娘を探せるのは、手元にあるスマホ画面に映る娘のGPS情報こそが頼りだったからである。
登山口からまず登り始め、GPS地点付近に入ったらそこから散会して捜索することになっている。
30分ほど登れば、自分が娘を見失った地点に入る。父親がスマホ画面を見ると、GPSの反応が僅かだが下に動いているように見えた。
『皆さん待ってください。GPSの反応が動いているようです』
父親の発言で救助隊は集合し、位置を確認した。
『娘さんが移動している?しかし、話では足を骨折していると聞いている。小学生がそんな足で動くことは難しいだろう。』
『お父さん、我々は全力を尽くしますが、もし携帯のみが何らかの事情で移動しているとなれば、発見が難しくなりますが、あなただけでも一旦戻り、お休みになっても良いのですよ?』
『いいえ。私は…大丈夫です。覚悟は…できているつもりです。』
一方少女は、熊の背中に乗り、どんどん山を下りていた。
(どこまで進んでいくんだろう)
まだ見渡しても、昨日の風景が見えてこない。ただ森の中をずっと進んでいくのがわかる。ゆっくりと動いているとはいえ、ここで片手でも話せば、そこから落ちてしまうかもしれないと思うと、私は必死にしがみついていた。
しばらくすると、クマさんの動きが止まった。何やら鼻をクンクンさせているように見える。もしかしたら、これからやってくる人達の匂いでも探しているのだろうか。私はそう思った。
「クマさん、もういいよ。大丈夫だよ。このまま行ったら本当に殺されちゃうんだから~」
私がそう話しかけても、クマさんはどんどん森の中を進んでいた。どのくらい進んだろうか。獣道の先に道らしきものが見えてきた。
「あ!!」
私は思わず大きな声を上げてしまい、クマさんが驚いて歩くのを止めた。
「クマさん、ここで下してください。たぶんここ。私が通ってきた道だよ」
見覚えのある道は、整地された山道だった。クマさんはやっぱり私の声が理解できているのだろうか。ゆっくりと地面に伏せた。私はゆっくりと転がるように、山道に降りた。というか少し尻もちをついてしまった。
「クマさん、ありがとう…。ありがとうね。早く森へお帰り。じゃないと…」
言いかけた時、クマさんが私の顔を舐め始めた。
(さようなら。お嬢様)
私には、クマさんがそう言っているように感じた。
「あ…待って。」
私はそう言うと、首にかけていたネックレスを外した。
「これあげる!私の大切な物だけど、今はパパの方が大事なの。だからクマさんにあげる!」
ネックレスは私でも少し大きめにできているが、それでも首にかけるのは難しかったので、私は右手にネックレスをつけてあげた。
ネックレスを不思議そうに見ていたクマさんですが、そのうち私のそばからゆっくり移動し、そのまま森の中に消えていきました。
それから数分後、駆け付けた山岳救助隊によって発見された私は、そのまま病院へ移動することになりました。
幸い、私の足はとても綺麗に折れていたのと、初期対応が良かった事で、完治するのにそれほど時間はかかりませんでしたが、その治療のために足には傷跡が残ってしまいました。
その後新聞、テレビ、雑誌…私の生還と、私が父に話した熊とのやり取りが話題となり、私はしばらく忙しい毎日と退屈な学校とでどんどん時間が過ぎていきました。
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