第156話 城の重鎮
何日かが過ぎ、平穏な日常が戻っていた。城は、ようやく本格的な補修に入り少しずつ元の姿を取り戻しつつある。
カヌレ王と国政を担う偉い人達が、無事だったため、城の復旧はスムーズに行われ、クラッカルの申し出で平民にも公共工事としての労働賃金が支払われる事になった。
そして俺はと言うと、ボロボロになった城の謁見の前の代わりに大きなテーブルのある食堂に来ていた。もちろん食事をする為ではない。
「ねえ、タケル、まだ美味しいもの出てこないんだけど?」
メルは、王族や城の重鎮達が並ぶこの席でいつもの平常運転だ。
「いや、飯食いに来たわけじゃねえし、お前一応今回の統括責任者だろ」
はっ、とした顔をするメル。
「そうじゃった、おっふぉん、苦しゅうない、ご馳走様をここにたもれ」
そこじゃねえ! 言い方を偉そうにするとかじゃねえから!
そう今回ここに皆が集まったのは、ひとえに今後の事を決める為だ。それは、今、騎士団の隊長の任に就いている俺の事も含まれる。
メガネをキラリとさせながら指でコツコツと机を叩いているのは、お馴染み萌え兵の精鋭部隊統括のグラッサンだ。
「とにかく、コツコツ、私は、コツコツ、新設メガネ萌え兵による、コツコツ、調査を、コツコツ、提案……」
「コツコツ、うるせえっ! クソメガネ!!」
相変わらず、自分の上司に容赦無いキュレリア。これでも彼女は、萌え兵筆頭の実力者だ。
黙り込んだグラッサンは、慌ててメガネをクイっと上げようとして自分に目潰しをする。
「ふぎゃーーーーっ!」
「これ、王の御前じゃ、今は大事な話をしなければならんのじゃろう!」
その声で場が、静まり返る。言うまでもなくこの国の一番の重鎮である大賢者メジカル様の目力は、この場を引き締める。
「申し訳ございませんメジカル様、このクソメガネは、直ちにつまみ出しますので」
「よいよい、ここは皆の意見を聞く場じゃ、人が集まれば良い考えも出ようと言うものじゃ。のうカヌレル王よ」
「いや、全くメジカル様のおっしゃる通りです」
カヌレル王は、この人格者である大賢者への同意を示した。王ですら従わせるこの髭の爺さんは、やはり只者ではない。
「そこでじゃ、今回の魔族との関係じゃが、やはり大事なのは誠意じゃ」
おおっ、この爺さんは中々核心をついた事を言う。お互いが歩み寄るには、まず信頼関係を築くのがいちばんの方策だと言いたいのだろう。やはりメジカル様は、どんでもない人のようだ。
「誠意とは、何か? すなわち手土産の事じゃ!」
あれ!? どうも雲行きが怪しくなってきた……
いや、まさかな!?
「さすがメジカル様、それは魔王軍より武具なり宝なり領土なりの献上を要求すると言う事で!?」
バルセイムの参謀であるふんわりお姉さんことブラックワードさんが、興奮気味に口を挟む。
「いや、ワシは、魔王軍の名物とか饅頭とか食べたいのじゃが……出来れば甘いもんとか……」
本当の意味でのみやげかよ!? やはりこのポンコツ爺さん、とんでもねーーーーっ!!
堪えきれずクスクス笑うクラッカルは、やはり可愛い。
しょうがない。
「あのーっ、良いですか?」
「何だね? タケル殿、何か良い考えでも?」
カヌレル王は、脇道に逸れ出した会議に救いを求めるように期待を込めた眼差しをこちらに向ける。
どうせこのままじゃポンコツ会議になりそうだから俺が、口を出しても構わないよな。
「魔族と良い関係を結ぶなら、魔王領をひとつの国と考えてみてはどうでしょう?」
「何!? それは魔王領を国として諸外国に認めさせるという事か!?」
やけにざわつく室内、少し大袈裟なほど騒がしい。
ザワザワ、ざわざわ、ざわざわ。
「ええーーーーっと、ちょっとお静かに」
まだ詳しい話もしてないのにざわつき過ぎだろ!!
「ごめん、それこのザワザワクラフトのせいだよ」
メルが、いつの間にか食べてるサラダっぽい物からザワザワと異音がしている。
色んな意味で突っ込みたいが、それもすぐに終わる事になる。
「ぎ、ぎゃーーーーああごっ!!」
断末魔と共にザワザワクラフトは、沈黙する。
キンという金属音が、響きナイフを鞘に収めるキュレリアの姿が、メルの背後に見えた。
「ダ、ダーリ……ダケル様、こ、この娘の魔獣は、私が始末しました。あ、後は、この娘の首を……」
「ああっ! あたしのメシがっ!?」
メルが、叫ぶ。
いや、メシの心配してる場合じゃねえ! お前今、狩られ掛けてるぞ!!
「ち、ちよっと待ってくれ、キュレリア、これから大事な話をするからな!」
「えっ!? タケル様、い、いま何とおっしゃいました!!!」
会議中に食事をしようとしたふざけたメルの態度に怒りを示すキュレリアの気持ちも分かる。
「ああ、だから大事な話を……」
「いえ、そうじゃありません。今、タケル様が私の名前を呼んで……ふ、ふぎゃーーーーっ!」
今度は、断末魔と共にその場にバッタリ倒れるキュレリア。もう意味が分からん。
ともかくこれで静かになり、ようやく話が出来そうだ。
しかし、この場の皆に動揺が見えるのは確かで、俺の提案が受け入れられるのかは賭けに等しい。
「詳しい話をする前に先日会った魔王との会談の内容について俺から説明させて下さい」
俺は、見舞いという名目で訪れた魔王との話を皆に聞かせた。主にそれは今後の魔族の存在意義に関わる物だった。
俺は、魔王との話の内容を分かりやすいようにまとめて皆に伝えた。
「うーーーーーーん、にわかには信じられませんね。本当にそんな事が可能なのですか!?」
ブラックワードさんは、難色を示しながらもにこやかな表情を変えない。それがかえってコワイんだが。
「大丈夫ですよ。魔王は引退しますから」
「えっ!?」
一同の目は、見開かれたまま時を止める。
そう、これが魔族との共存をしていく上で俺が、魔王に出した条件だ。もっとも魔王様は、最初からそのつもりでいたようだが。
「な、な、なにぃ!? では誰が魔族をまとめると?」
グラッサンは、クイクイと何度もメガネをあげる。挙句の果てにメガネは、後頭部まで達した。もはやメガネの役目を果たしてないだろっ!
「俺の妹に魔王になってもらうつもりです」
俺が、その疑問に答えると一同はまた驚いた顔をしたが、どうやら完全にとは言えないまでも納得はしてくれたようだった。
しかし一番重要なのは、今後の魔王、いや魔族と人族との関係性だろう。この場の皆が納得しても諸国の国民達が認めなければこの話がいつ頓挫してもおかしくない。
「今回、わしは魔族との共闘を通して和平が望めるのではないかと考えるようになった、タケルよ、魔族との和平の件、貴殿に一任する」
カヌレル王は、この世界のあり方を変えるかもしれない俺の提案に覚悟を決めたようだ。ならそれに応えるしかないよな。クラッカルも同意を示すよう頷いている。
「ありがとうございます、陛下。謹んで拝任致します」
魔王様との話はついている、あとは一世一代の茶番劇を演じよう。この世界がのんびり暮らせる場所になるように……
数日後、俺の仲間とヒナは、ミックスサンドの美味しい店『パンデミックス』に集まっていた。食事がてら今後の打ち合わせをするためだ。
「みんな、今回は、色々とありがとう。こうして無事に集まれたのはみんなのおかげだよ」
「そだね、やっぱり今回のMVPは、あたしだって褒めてくれても良いんだよ」
「ああ、メルも良く頑張ってくれたよな」
「いっっ!? タケルが素直に褒めてくれるなんてまだどっか体の調子が悪いの!?」
相変わらず失礼なことを言うメルだが、気持ちに嘘はない。
「私も頑張った。お兄さま」
「そうだな、アリサもありがとう」
えへへと恥ずかしそうに下を向くアリサ。
「私も役に立ったと思うのだが……」
「おう、リンカには何度も助けられたよ。感謝してる」
「そ、そうか、なら良かった」
そう言って微笑むリンカの顔は、少し誇らしげだった。
「それからヒナ、ありがとう。お前がいてくれて良かった。この世界がうまくいく為にはお前がやってきた事が繋がっていくんだよ。最後の仕上げをみんなと協力してして欲しいんだ」
「どういう事!? お兄ちゃん? まあ、そういうならいつだって手を貸すよ」
ヒナは、何を今更という顔で俺を見てとびきりの笑顔を返す。
「うん、じゃあこれから俺達の最後の仕事を話すよ。その前にみんなには、先に謝っておくな」
俺は、そう言ってみんなの頭を撫でた。
それから全ての段取りを話し終えた俺に仲間達はニヤニヤとした顔を向ける。
「面白そうじゃん! 私達頑張るよ!!」
ヒナの言葉に皆が同意する。
「ありがとう、みんな」
さあ、これが最後の戦いだ。そして俺とヒナとのこの世界でのケジメになるんだろう。
「タケル、いい加減、お腹空いたんだけど……」
メルの腹時計は、アラーム音を発している。
「ああ悪い、じゃあ、そろそろ食べようか」
俺達は、この店の名物である想い出の『ミックスサンド』をお腹がいっぱいになるまで頬張るのだった。
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