第157話 新魔王ヒナ

 数日が過ぎ、すっかり準備が整った俺達はのんびりと街道を魔王城に向かって歩いていた。ヒナのワイバーンに乗っていけば速いのだが何故かメル、アリサだけでなくリンカまで強く反対した為、やむなく徒歩で進むことになった。


「なあ、そろそろ行かねぇか」


 座り込んだままグッタリとしている仲間達に声を掛ける。

 頻繁に休憩を取りたがるなら徒歩を選ばなければ良かったじゃねえか!?

 とか思いつつも、みんなとこうして旅をするのは久しぶりで悪い気分はしない。


「よしタケル、今日は、ここでビバークだっ!」


 何でだよっ!? まだ昼なんだが!!

 いつも先を急ぎたガールのリンカさんにしては不可解な提案でしかない。


「そそそ、そうだよね。キンカンがそうしたいなら、あたしもいいよ」


「くくくくつ、メリが、いいよと言うなら私は、賛成だよ」


「そうか、じゃメリとアサリは賛成で間違い無いんだな、うん、タケル、みんな同意に間違いないようだ」


 間違いだらけだよ!!

 何だよメリって、アリサに至っては違う生物だ。


「おい、どうしたんだよ。今日は、何だか変だぞ!」 


 メルが、珍しく深刻な顔で俺のそばにやってきた。


「ねえ、タケル、もしこれが済んだら帰っちゃうの?」


 ハッとして息を呑む俺。そこでみんなの不自然な行動が腑に落ちた。こいつらは、俺が元の世界に帰ることを察して少しでも時間を引き延ばしたかったのだった。


「そうか……それで……か」


「お兄さま、本当のことを言って欲しい。私達はみんなお兄さまの幸せを願っている」


「………………」


 こいつらと付き合って来て色々な厄介ごとがあったが今が一番のそれに当たるだろう。


「タケル、答えをくれ! 覚悟は出来ているつもりだ」


 言葉の力強さと裏腹にリンカの手は、小刻みに震えていた。ちくしょう、こんなのどう答えたら良いってんだよ!!


 正直、この世界での生活に未練が無いわけではない。


 でも真正面から気持ちをぶつけてくれた仲間達に嘘なんて付けないよな。俺は深く息を吸い言葉を捻り出す。


「ごめん、みんな、俺とヒナが戻らなかったらきっと向こうの世界の家族が悲しむと思う。だから……ごめん」


 それが、俺の答えだった。


「わかった……」


 メルは、それだけを言うと毛布にくるまり地面に横たわってしまった。他の2人もそれっきり口を開くことなくうなだれた様に目を閉じていた。


 とても気まずい


 仕方なく俺も目を閉じて過ごし、その日は、静かな夜を迎えることになった。




「おーーーーい! タケル! 起きろーーっ!!」


 けたたましい声で揺り起こされる。この声は、メルに違いない。どうやらいつの間にか俺も眠ってしまった様だ。


「な、なんだ、どうしたメル!」


 魔王城へと続く道、モンスターが出てもおかしくない。不覚にも昨晩は、誰も見張りをしていなかったはずだ。


 しかしそんな心配は、杞憂へと変わる。リンカ、アリサの穏やかな朝の挨拶が俺の耳へと届いたからだ。


「おはよう、タケル」

「グッモーニン、お兄さま」


「お、おう、おはよう」


 メルが、俺を引き起こそうと腕をグイグイ引っ張る。


「いたたた、ちょっ、メル慌てんなよ」


「さあ、サッサと魔王から世界を救うよっ」


「タケル、ボヤボヤしてる暇はないぞ」

 とリンカ、そして


「お兄さまの願いは、私達の願いでもある」


 俺は、フウと息を吐き、良い仲間と巡り会えた事に感謝する。一晩悩んだ末にメル達が出した答えがこれなのだろう。


「ありがとう、じゃあ決着を付けに行こう」


「「「了解! マスター!」」」


 すごい久しぶりに聞いたよ、それっ!


 その後は、サクサクと魔王城まで進み、遂に俺達は魔王城の門まで辿り着いた。


 取り敢えず決めておいたセリフをここで口にする。


「や、やっと、辿り着いた。本当に長い旅だった……」


「ああ、そうだな。旅を始めた幼き日々を思い出す」


 まだ、2日しか経っていないがな。


「旅の末にここまで来れて良かった。あたしのお腹が空いてしまうくらいにね」


 それは本当なんだろうと思う。でも朝ごはん食べてきたよね。お前ら!


「お兄さま、私も成長してつがいになれる程大きくなった」


 いや、2日しが経ってねえだろ。

 キノコ並みに早いよ、成長!


 いよいよ扉を開ける。

 いや、開かないんだが……


「ひらけーっ、ゴマっ!」


 ちょっ、この世界でそれ通じねえだろ、メルっ!


「ちっ! 開かないようだな……」


 口が悪いよリンカさん……


「お兄さま、これはもしかして……」


「ああ、そうだな」


 アリサと俺は顔を見合わして頷いた。


 ガラガラガラ。


 思った通り、引き戸だった……。魔王城のアーチ型の正門は、横にスライドする事で簡単に開いたのだった。

 こんな事が前にもあった気がする。気を取り直して。


「よし、乗り込むぞ!」


「「「お、お〜〜っ」」」


 俺達は、ザル警備の魔王城にふわっと攻め込んだ。

 そう、これは、俺とヒナが申し合わせて仕掛けた茶番なのだ。どうしてこんな回りくどい事をするかって城の重鎮達にも問いただされたが人族と魔族の和解のためにどうしても必要な手順だった。


「つまり、お兄さまは見せかけで魔族との戦争を終わらせる。騙すのは、一般市民と雑魚魔族達というわけ」


 流石にアリサは、理解が早い。というか雑魚魔族っていうなよ。だから茶番と言えども事情を知らない魔族達は、本気で城を守りに交戦してくる。


 目の前には、総力をあげての魔族勢が立ち並ぶ。


「一時の休戦は、終わった。人と魔族、どちらが生き残るか決着を付けようじゃないか!」


 俺は、声高に宣言した。煽らなければ迫真の舞台劇にならない。


「ふざけるなよ! 人間どもめ! 一瞬で終わらせてやるぜ」


 逆に魔族を一瞬で倒していく俺の仲間達。ちょっ、手加減よろです。


 そうして最上階の魔王の間にすぐに辿り着いてしまったのだが当然、事情を知る元魔王とドルフィーナさんの姿は無く。そこにいたのは、新四天王を名乗るカニ、フグ、エビ、ウニの姿をした魔族達だった。


 四天王と言えども彼らには何ひとつ事情は知らさせておらず、敵意をむき出しにする。


 最後に魔王の玉座に座した新魔王"ヒナ"が立ち上がり、勇者である俺"タケル"との最後の戦いの幕を開けることになったのだった。


 なんやかんやあり、以前に俺が回想したようにシナリオは進み、四天王を退けた俺達は、ようやく魔王ヒナとの一騎打ちになった。


「ぐはあああっ、やられたーーっ!!」


 いや、待て待て待てっ! ヒナ、早い早い!

 まだ俺達、何にも攻撃してねえから……!


「それで終わりじゃ無いよな、まさか魔王がその程度で終わるわけは、ないのだろう」


 これで終わったら茶番にも程がありすぎる。もうちょっと戦えよ、ヒナ! 

 てか、俺のセリフ逆だよな、どう考えても魔王側のそれだよ!


「ならば、この魔王の最後の攻撃を受けるが良い!」


 まさかの最初の攻撃が、最後の攻撃ってどうなんだ。

 と、とにかく、なるべく映える攻撃ドンと来いよ。


『カオススターダストーーっ!!』


 氷系統の魔法を得意とするヒナの広範囲魔法は、空間全体を覆い尽くしその場をキラキラと輝かせた。


 氷の結晶は、ひとつひとつがプリズムのように虹色に光りあたりに散乱する。


「きれい!!」

「ああ、美しいな!」

「夢のようです!」


 これでは、防御出来そうもない。体全体を凍らせる、それとも吸い込んだ氷が肺を凍らせるのか、とにかくヒナは、本気魔法を出しやがったのか!?


「これが私の本気だよ、お兄ちゃん!」


 しまった茶番にも関わらず、妹を煽りすぎたかもしれない。これ、うっかり全滅もあり得るよ。


 やがてヒナの放った氷の結晶は、キラキラ、キラキラと星屑のように煌めきながら消えていった。


 あれ、なんともない。


「おい、ヒナ、いや魔王、俺達なんとも無いぞ!?」


「きれいだったでしょ」


 ドヤ顔をするわが妹。


 映える攻撃ってそういう意味じゃねえーーーーっ!


 俺は、一目散に妹のそばに駆け寄り脳天にチョップを入れた。


「いったーーいっ! や、やられたーーっ!」


 大袈裟にすてんと倒れ込む妹。も、もうそれでいいや、取り敢えず決着ってことで……。


「ま、魔王を討ち取ったぞーーっ!」


 勇者"タケル"が、魔王を倒した瞬間だった。

 若干、俺のセリフが棒読みなのは察して欲しい。


 そんな訳でこの世界にもようやく平和が訪れることになったのだった。


 そしてここからが本題だ。ひとつは、魔族との和平会談でありこれは、魔族の国をバルセイムの従属国として管理する事でまとまった。しかしそれだけで種族間での遺恨が無くなるわけもなく、近隣諸国の承認など今後時間が掛かる問題だろう。


 もうひとつは、経済的な問題だ。魔族とて食糧も無く霞を食べて生きていける訳ではない。そこで観光事業で経済的な自立なども考えたが、ヒナの『魔王ランド』だけでは少し弱い気がする。他には無い魅力的な商材の取引を柱にできればと思い当たったのが、以前ヒナの発案で作ることが出来た『チョコレート』だった。これなら、リピーターだけでなく、魔族のイメージ向上にもつながるだろう。


 だって美味しいは正義なのだから!


 さて、ここで考えないといけないのが、ヒナを魔族のトップから外す必要があると言うことだ。それだけでは無いのだろうが会社の再建でもトップを交代して風当たりを和らげるなんて事もある。この場合は、魔族にとっても人族にとっても認識のある最適な人材が求められる。案の定、ドルフィーナさんには秒で断られたことは言うまでもない。


「よう、グライド王! 鼻歌みたいに順調にいってるかい」


「ちっ、めんどくせぇこと押し付けやがって、鼻歌なんかそんなに歌ってねえよ!」


 どうやら少しは、歌っているようだ。その様子だと魔族の王になったことは、まんざらでも無いらしい。


「悪いな、魔族を取りまとめられる人族なんてお前しかいないんだよ。その辺のやつに出来る役目じゃ無いからな。ここは、選ばれし者"グライド王"しかいねぇだろう」


 ドルフィーナさんには、速攻で断られたけどな……


「そ、そうか、お前も中々わかるようになったじゃないか。ここは、余が治める他あるまいて」


 なんだよ"余"って、すっかりやる気じゃねぇか!

 しかし、相変わらずちょろい男で良かったぜっ。


 鼻歌の始まったグライドと俺は、今後の打ち合わせを済ませ、城の改装などの意見をまとめた。

 実際、ある程度の家柄の貴族出身であるグライドは、近隣の国を納得させるには、最適の人材だと言えた。


「戴冠式は、派手にやろうぜ」


 俺が、グライドにそう告げると奴は


「ふふんふん、ふふふ」


 いや、わかんねえよ!?

 まあ、楽しみにしているらしい……のか?


 一応これで俺がいなくなってもいい流れが作れたように思える。後は、一番厄介な問題を片付けるだけだ。


 俺は、すでにバルセイムで待っているヒナの元へと急いだのだった。




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