第152話 『10秒だけ』

「それじゃあ、まるで最後の……」

 メルの発した言葉が、妙に心に引っ掛かる。


 発動した『時の魔法』は、空中に幾つもの魔法陣を描き、それは、メルを中心に目まぐるしく回転して少しずつ重なり、やがてひとつになった。


 そして時を告げるかのようにゴーンと時計台の鐘に似た音が鳴り響く。これで本当に全てが、リセットされたのだろうか!?


 大魔法の行使で魔力を使い果たしたのかメルは、その場に倒れ込む。だが様子がおかしい。彼女が、言っていたように若返った感じはしないのだ。


 覗き込んだメルの顔は、微笑んでいるように見えたが、そこに生きている証である心臓の鼓動が感じられなかった。


「おい、メルっ! 起きろよ!」


 揺さぶったメルの体は、返事もなくただ俺のされるがまま揺れを繰り返すばかりだった。


 ----間違えるなよ----


 レイラの言葉が、再び脳内を反芻する。

 この瞬間を避ける為に彼女は、何度も警告していたのだろう。


 枯れるほど流した涙は、再びボタボタと床に滴り落ちる。今度は、いや今度こそは俺が、本当にメルの命を奪ってしまったのだ。


「お兄ちゃん! どうしたの!?」


 それは、もう聞くことも出来ないと思っていたヒナの声だった。メルは、確かに奇跡を起こしてくれた。だがその為に自らの命を代償にするなんてあんまりだ。


「俺のせいでメルが、メルが……」


 およそ勇者らしくない姿。

 だが彼女は、こうなる事が分かっていて俺の為に命を投げ捨ててくれたのだ。こんな大魔法の見返りがただでは済まないことくらい、ちょっと考えれば分かりそうなものなのに。


「どこで間違ったんだ……」


 心に空いた穴は、拡がり埋まる気がしなかった。俺は、ようやくメルが、どんなに大切な存在か気が付いてしまったのだ。


 近くで剣を打ち合う金属音がする。

 目の前ではリンカとシュベルトが、剣で激しく打ち合っていた。


 確かに戻れた……僅かな時間とは言え絶望の淵に叩き込まれた瞬間から再び皆が生きてる時間へと戻る事が出来たのだ。しかし、その事実に素直に喜ぶことは、到底出来なかった。


「間違ったって、どういうこと、お兄い……」


 口元に手を当てたヒナの顔色が、蒼白へと変わる。倒れたメルの前で泣き崩れた俺を見たのだから勘の良いヒナが、察するには容易い。


「嘘でしょ……メ……ル……」


 ヒナは、両手で顔を覆いその声は、嗚咽へと変わる。そんな中ひとり気を吐くリンカ。理由は、分からずともメルの身に最悪の事態が、起こっていることはやはり察しがついていた。


「タケル!! メルの為にお前が今出来ることをやれ!! それが、それが……」


 そうだリンカは、いつだって道筋を示してくれる。


 メルのくれた一度きりの奇跡を無駄になんてできねえ。今度こそ奴を止めてやる。


 幸いにして自分の後悔を受け止めてくれる相手が、目の前にいるのだから。


 猛然と走り出す俺。だがまとまらない気持ちのせいなのか、それとも疲弊した体のせいなのか何かに躓き盛大にひっくり返る俺。全く締まらない話だ。


 瓦礫でも落ちていたんだろうか? 

 泣きっ面に蜂とばかりに足元を眺めるとまたホロホロと涙が、溢れ出てきた。感情のコントロールは出来ず口元は、勝手に緩み出す。


「あははっ、くっ、ふはああーっ……えっぐっ」


「お兄ちゃんっ!」


 精神が、壊れてしまったのでは無いかと心配そうなヒナの声に手のひらを向け大丈夫との意を示す。

 あまりの自分の間抜けさに呆れ返りながらも大きく息を吸い込んで叫ぶ。


「リンカーーーーーーっ! 10秒だけ、10秒だけ時間を稼いでくれ!!」


 一瞬、ビクッと体を震わせた彼女だったが親指を立てて了解の合図をくれた。理由も聞かず相変わらずの男前ぶりだ。


 俺は、床に転がっている自分が躓いたソレを素早く拾い上げ駆け出した。丈夫な材質で出来ているようでヒビなども入っていない。


「聖者の雫」


 先程、メルに使って投げ捨てた蘇生薬は、時を巻き戻した為に復活していたのだった。


 メルの元へと辿り着き再び口元へと運ぶ。


「今、生き返らせてやるからな」


 効果が、ある事は分かっていたがそれでも不安な気持ちで見守る。



「にげーーーーっ、何この苦いの!!」


 目を見開いたメルは、舌を出してバタバタと苦さをアピールしている。


「メル、メル、メルっ……良かった、本当に……良かっ……」


「あれ、何で泣いてるのタケル? ああ……そか、あたし、生き返ったのか」


「お前、どうして命懸けの魔法のこと、嘘ついてたんだよ!」


「えへへ、ごめん」


「えへへじゃねえよ!」


 死んだままかもしれなかったのに全く呆れた奴だ。でもやっぱりそれがコイツらしいなと妙に感心してしまう。


「メル」


「もう謝ってるよお」


「そうじゃない」


「じゃあ何?」


 メルは、首をかしげる。


「無理させてすまなかった」


 ニヒヒと悪戯な笑顔を浮かべたメルは、お返しとばかりに「そうじゃないでしよ」と言った。


「ああ、そうだな……ありがとうだな、メル」


「うん」


 メルは、嬉しそうに返事をしたがその瞳は少し潤んでいるように思えた。


「メルっ!」


 心配そうに見守っていたヒナは、メルに飛び付いてぎゅうぎゅう抱きしめている。


「心配させてごめん、ヒナ」


「僕は、大丈夫だって信じてたよ」


 おわっ、いたのかよグライド、と言うか戦えよ、お前!

 役立たずに安定感が増しているお前が大丈夫か?


「タケルうううううっ! まだなのか!」


 シュベルトとの激しい戦闘を続けていたリンカが、痺れを切らし助けを求める。その間にも例の魔法陣は、少しづつ完成に近づいている。


 剣では本職のリンカと同等かそれ以上の力を持つシュベルトの剣技は、魔法職とは思えぬほどレベルが高い。しかも奴は、即死魔法の構築をしながらだとか、どれだけバケモノじみているのかと呆れてしまう。


「すまないリンカ! こちらは、もう心配ない」


 一旦、シュベルトとの距離を取ったリンカは、辺りの様子を見て表情を和らげる。


「ああ、どうやらいつものタケルに戻ったようだな」


 何が起こるのか分かっていればシュベルトに対して圧倒的優位に立っているはずだ。しかし実際は、魔法陣の完成を何とか阻止しなければならず、その方法を捻り出さなければならない。


 のんびりしている間は、無いのだ。


「来てくれっ! マシュっ!」


 呼びかけにスーッと現れる俺の使い魔、ちょっとカッケー登場だ。次にシュベルトが、やろうとしていることは分かっている。それが、止められるのかはわからないけどやれる事は、ハッキリしている。


「ご主人様、指示を」


 マシュも空間に膨れ上がる異様な魔力に気が付いているようで切迫した状況を理解していた。


「ああ、奴が発動している魔力をありったけ吸い尽くしてくれ!」


 頷いたマシュが、手のひらを天へとかざすとそこへシュベルトが、放出している魔力が、次々と引き寄せられる。俺も負けじと自分の持つ唯一の魔力吸収のスキルを発動し全力で吸い始める。


 間に合うか、いや、間に合わせるしかないっ!


「タケル殿、それは何のまじないですかな? よし、私も手伝いましょうぞ!」


 ホサマンネンさんが、何か分かった感で同じように両手を広げてバンザイのポーズをするが、全く意味が無い。何回も両手を上げ下げしているところを見るとラジオ体操にしか見えない。


「まじないじゃ無いですよ。これはシュベルトの魔力を吸って……」


 そこでシュベルトの魔法『魔笛』の名を出そうとした俺は、自らの言葉を失った。さっきまでの思考の混乱でよくよく考えていなかったが何故俺は、その事を知っているんだろう!? いやそれは、実際に体験した記憶だからなんだけど、おかしい!?


「ホサマンネンさん、死んだ事ありますか?」


 思わず口から出た疑問は、何の捻りもなく、問い掛けられた側からすればトンチンカンな質問だ。


「はあっ? それは、どう言う事ですかな。確かに今日何度も死にかけましたが、この自称不死身のホサマンネン何度も蘇り、未だ嘗て命を落としたことなど一度もありません……はっ! もしやその質問は、俺に命を預けてくれと言う遠回しの意味があったのでしょうか。それならば全くの愚問ですぞ。ドンと来いです! ゴホッ」


 胸を強く叩きすぎてむせるホサマンネンさん。なんか定番のウホマンネンさんで安心感すら覚える。


 自称不死身のくせに何度も蘇ってる時点で何回か死んでることになるよなと言うことは置いといて、やはり彼に死んだ記憶は、無いようだ。


 ならどうして俺だけが、記憶を残して……?


 戸惑う俺にアリサの声が、響く


「お兄様、上を」


 ヤバいっ!!

 頭上に魔法陣が、出来かかっている。アレが完成すれば今度こそ全滅してしまう! それだけは、もうゴメンだ! 焦る俺は、シュベルトと剣を交わし続けるリンカに加勢するべきか、などと考えていたが、魔力吸収の手を休めれば詰む事も分かっていた。


「お兄様、上を」


 それさっきも言ったよなアリサ。シュベルトの頭上に創られた魔法陣は、確認したよ。


「分かってるよ、今それを何とかしてるんだよ」


「そうじゃ無くて、アレを見て欲しい」


 何だよアレとかそれとか忙しいんだよ。アリサは、シュベルトでは無く自分の頭上を指差している。だがそこには確かにアレなものが浮かんでいた。


「はあ……!? な、何だよアレ?」


 空中に佇む、漆黒の鎧を身に纏った騎士の姿が、見上げる俺の目に映る。新手の敵ならばアウト確定だ。


「呼んだ」


「呼んだって何を?」


「ナイトメアナイト」


「はあっ? 何だよその上から読んでも下から読んでもみたいな名前は!」


 どうやらそいつは、アリサが呼んだ召喚獣らしいのだが、確かに以前三体の召喚獣と契約していると彼女から聞いた記憶が、あったような……


「ナイトメアナイト、火属性の召喚獣、ただし扱いが、恐ろしく難しい。お兄様」


 アリサは、遂に切り札をぶっ込んだようだ。しかし制御が難しいなんて、今まで出さなかったのは分かるが諸刃の剣と言う事なのか?

 アリサが、召喚したなかでもかなり小さい召喚獣だが、それだけ秘めた力を持っているのだろう。


「ナイトメアナイトなんて名前だし、恰好も黒いから、てっきり闇属性の召喚獣かと思ったよ……」


「しっ! 黙って! お兄様!」


 アリサが、俺を制すると驚いた事にその召喚獣は、言葉を発したのだ。しかし俺を本当に驚かせたのはそのことでは無かった。


「我、闇の眷族ナイトメアナイトなり、汝、我の力を欲せんとするのであれば血の契約を持ってその魂を捧げよ」


 おいっ! 扱いが難しいってこっちかよ!

 どうやらナイトメアナイトは、重度の厨二病を患っているようだった。しかもなんか悪魔契約みたいなのも混ざってるし……


「崇高なる我が闇の王よ。我に命を与えたまえ」


 命って命令の事か? と言うかアリサの召喚獣なのに俺が、命令できるの!?

 ありさを見ると親指を立ててしまったイイねしている。召喚獣が、召喚獣なら召喚士も大概だな。


 ただのネタキャラじゃない事を願いつつ俺は、その黒い召喚獣の浮かぶ宙を見上げていた。





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