第153話 悪夢と女神
「さあ、さあ、我に、我にご命令を、さあ」
随分とぐいぐい来るな、この召喚獣……
妙にせっかちな召喚獣『ナイトメアナイト』は、落ち着きなく背中の鳩のような白い翼をバタバタさせている。コウモリっぽいのが好きそうなんだが、ちと意外だ。
「ああ、もうわかったよ、それなら下にいる銀髪を何とかしてくれないか!」
ナイトメアナイトは、チラッとメルの方を見る。確かに銀髪には違いない。
「いや、違う違う! あたしじゃない、男の方だよ!!」
「なるほど承知しました。だが今のは私の落ち度ではありません、寧ろマスターの説明不足が、原因かと思われ今後そのような……」
思った以上に面倒臭い。俺は、ナイトメアナイトの言葉を遮りながら行動を促す。
「わ、分かったよ、気をつけるよ。時間ないから頼むよ」
満足そうに深く頷くナイトメアナイトにちょっとイラつく俺だったが、彼は、面倒さに見合うだけの能力を見せた。
シュベルトへ一気に急降下したナイトメアナイトは、その勢いのまま体当たりしシュベルトの体を跳ね飛ばしてみせた。宙へと舞うシュベルトに先回りして更に体当たりで追撃する。
もしかしたらこのままシュベルトを倒してしまうんじゃ無いかと思われたが、奴は、そんなに甘くは無かった。球状に張った防御壁は、ナイトメアナイトの体当たり攻撃を防ぎ切っていたのだ。
「無駄な事を」
煩わしそうな顔をするシュベルトだったが、効かないと思われていた攻撃は、そこで意味を持った。
ナイトメアナイトの仕事は、シユベルトの詠唱を途切れさせた。それだけで十分に価値があった。
「良しっ! ナイトメアナイトっ、体当たり以外の攻撃をシュベルトに叩きつけてやれ!」
シュベルトが、『魔笛』の詠唱を止めてまでうざがっているのならそれだけで十分な役割を果たしているのだがあと一押しの追撃が、出来るなら……
「それは、出来ない。我が主人どの」
ナイトメアナイトの予想外の一言、ここまでの能力を備えた召喚獣が、ためらうなど余程の理由があるのだろうか?
「どうしてだよ! お前の力ならシュベルトだって押し切れるはずだろ!」
「いや、そうではない主人どの、我は体当たりしか出来ぬのだ……」
まじかよ……
「出来ぬのだ……よ。エヘっ」
エヘっじゃねえ!! とんでもねえポンコツあらわれたわっ!
俺は、アリサへと視線を移すと言うかキッと睨みつけた。慌てて目を逸らし吹けもしない口笛を吹くアリサ。
結果として僅かな時間は稼げたようだが、シュベルトは、空中に漂ったまま『魔笛』の詠唱を再開する。恐らくもう時間の猶予は、ないだろう。マシュが、魔笛の魔力を吸い続けてはいたがそれでも一向に奴の魔力を抑え込める様子は無かった。
「しょうがねえ!」
痺れを切らした俺は。シュベルトへ雷の魔法を乱射する。元々は、吸い取った魔力だ。ありったけを奴にお返ししてやれば良い。
「サンダー・レイズっ!!」
取り敢えず良さげなネーミングを付けて放った雷の魔法は、シュベルトのみならず堅牢な王の間の壁や床までも轟音と共に穿つ。
「タケルっ! アタシ達まで黒焦げになるよーーっ!」
「悪い、メル、余裕が無いんだ上手いこと避けてくれ」
「サンダル・デイズ、カッコいいぞ、タケル!?」
サンダー・レイズな……リンカっ。
日々サンダル履きじゃねえから……
俺の放った雷の魔法は、敵味方問わず無差別に乱射を繰り返す。まるで出鱈目な攻撃に近かった。
当然空中に浮かんだままのシュベルトへも向かいはしたが、奴の魔法防壁はその全てを弾き飛ばした。
「おい、タケル、その魔法はアイツに効いてないぞ」
メルやヒナが、同じく防御魔法で身を守るのとは違い、リンカは、反射で雷をかわしていく。
ホサマンネンさんを含む一般の兵士達は、唯一の武器である身体強化でかろうじて身を守っていると言うか魔法に当たりすぎだろアンタら……
何人かは、痺れて倒れているようだ。
実は、その程度の威力の魔法なのだ。全力では無い気絶する程度の魔法、床や壁を僅かに削る魔法……それで十分だった。
狙いは、そこじゃ無いのだから。
俺は、待っていたんだ。必ずやって来るこの状況をひっくり返す存在を。
ほらね、俺が待ち望んだものが、ようやく姿を見せただろう。
足音を立てて近づいてきたそれは、深刻そうな顔を俺に向けて問い掛ける。
「タケル……」
「クラッカル!」
多分、彼女は、既に頭上の膨大な魔力を秘めた魔法陣の存在に気付いているのだろう。
「これは一体どういう事!?」
「ああ、シュベルトの仕業だ」
「くっ、やはりそうなのね。 大きな音がすると思って慌てて駆けつけて来たのだけれど、城の床や壁をこんなに破壊するなんてなんて非道な行いを……」
やっべえ、そっちかよっ!
また弁償になりかねないから余計な事は、喋らないようにしておこう。
「お、おほん、とにかく時間が無い。アレを何とかしないと俺達は、全滅する」
俺は、頭上に展開された巨大な魔法陣を指差す。
それだけで意図を理解してくれたのか彼女は、コクリと頷いた。失敗すれば今度こそ本当の終わりを迎える事になる。俺は、全てをこの王女様に賭けようと考えて故意に派手な戦闘で呼び出したのだ。
クラッカルは、腕まくりをして魔法陣へと手のひらを伸ばす。
必要なのかよ!腕まくり!?
気合いと恐ろしいまでの集中力で高まるクラッカルの魔力は、途轍もない速さで室内全体に拡がる。
バターン!!
何かが倒れる音、それは周辺で次々と起こり、辺りにこだまする。気が付くと味方の兵士が硬直したまま無防備に倒れ込んでいる。
だが俺の仲間には変わった様子は、見られない。
そしてさっきから空中に浮いたまま何かボソボソ言っているシュベルトが、何か仕掛けた様子もない。
これって……そうか!
クラッカルの魔法の圧力に耐えきれなくて耐性の弱い者が意識を失ったってことかよ。
案の定、ホサマンネンさんも海老反りしながら気を失っている。さっきのラジオ体操の途中だったんだろうなあ。ある意味アイデンティティを感じる。
そして遂にその瞬間は、やって来た……
シュベルトは、目を見開き即死魔法を魔法を発動する。
「魔笛……!」
輝く巨大な魔法陣、マシュが、吸い取れないほどの魔法量。それはシュベルトの圧倒的な力を示していた。
だが……
その直後にいつの間にか全身が光に包まれたクラッカルが、被せるように叫ぶ。
「フル アイソレーション!!」
一瞬でさらに巨大な立方体の魔法に覆われる魔笛の魔法陣。これは、一種の結界魔法のような物だろうか?
ろくに説明もせずにクラッカルに全てを託したのだが果たして笛魔法にも効果があるのかは分からない。
だけどこの王女様の膨大な魔力を、非凡な能力を、ミジンコ若しくはツボワムシ程度の俺は、信じるしか無い!
バシュ!!
クラッカルを包んだ光は、更に輝きを増し何かが弾け飛ぶ。避ける間もなく弾ける光が、近くにいた俺に降り注ぐ。
「タケルっ!」
高速で俺の目の前に飛び込んできたリンカ。
俺を守りに……? ありがてぇ
そして高々と挙げられた手は、勝利を確信したかのようにVサインを作り……
……ブスリ……
そのまま俺の眼に突き刺さる。
ぎぃやああああああああぁぁぁぁぁーーーーっ!
響き渡る悲鳴、当然俺のな。
「何すんだよリンカっ!」
「クラッカルの服が、弾け飛んだから……タケルは、見ちゃだめ!」
そう言えばクラッカルに最初に会った時も魔力で服が、消し飛ぶからって裸で城の結界張っていたような……
しかし理解はしたが納得は出来ない、だったらグライドはどうなんだよ!!
マジかっ!?
グライドは、既に床に倒れてピクピクと痙攣中だった。
ええっと、まだマシなのか俺。
「リンカっ、シュベルトの魔法陣はどうなっている!?」
「うん、でっかい箱みたいなやつに囲まれてる」
恐らく、それがクラッカルの創り出した魔法の結界だろう。頼む! 効いてくれ!
祈りにも似た気持ちでその瞬間を待つ俺の視力は、徐々に回復しぼんやりと影を映す。
高い天井に張られた魔法陣の光は、その役目を果たし崩れ去る。それを囲んでいた宝石の様な正八面体の結界は、凛とその場に佇んでいる。
周りに何も変化は無く、仲間達が、倒れている様子もない。
「くおおおおおおおおおーっ!! やったぜーーーーっ!」
思わず歓喜する俺。あの惨状を体験した者でなければ、どれほど気持ちが高ぶっているのか分かるはずもない。何度も間違っていないかと問い掛け、結果に感情を壊しかけた。それでもそれでも諦めなかった。そしてこの瞬間まで、まだ自分を疑い続けていた。
だけど、だけど間違ってなかった。
魔力を使い果たしたクラッカルは、よろめき膝をつく。
「クラッカルっ!?」
メルが、駆け寄り自分の着ていたローブを脱いでクラッカルにかぶせる。取り敢えずこれで目潰しの心配はしなくていい。
「ありがとう、クラッカル! 来てくれるってと信じてた」
「どういたしまして、お役に立てたかしら?」
さも事なさげに微笑む彼女だったが、この戦いの流れを180度変えたと言っていい程の大偉業を成し遂げてくれた。
「ああ、バッチリだ。あとはアイツを何とかするだけだ」
シュベルトは、呆気に取られたように宙に浮かんでいたが、少しづつ我に帰ると共に険しい表情へと変わる。
「私を怒らせた代償は、高くつくぞ!! 虫けらども!」
その殺気は、俺の仲間達を威圧し恐怖だけで体を硬直させる。だが俺は、俺だけはそれ以上の恐怖を乗り越えてきた。ようやく辿り着いたこの状況で何も恐れる事などありはしない。
シュベルトは、空中からの笛魔法を放つ、具現化した魔力の矢は、王の間の床を穿ち、かろうじて避けるのが精一杯だ。それでもいくつかの矢を弾き仲間への直撃を避ける。
「なあ、もういいだろう。降りて来て俺とケリをつけようぜ」
あまりなびくとも思えないが、ダメ元でシュベルトに言葉を投げる。
「安い挑発だな、だがお前達は、何もできぬままここで惨めに消え去る事になるだろう」
明らかに優位に立った物の言い方だ。まあ実際そうなんだけど……
仕方がない、俺は、ちょっと考えていた対抗手段の為にアリサへと顔を向ける。
「なあ、アリサ。アイツに俺を運んで飛ぶ力は、あるのか?」
アイツとは、勿論アイツ、ナイトメアナイトの事だ。
「多分できると思う、お兄さま。でもそれならもっと良い方法がある」
「良い方法? 飛べるなら、もう何でもいいよ」
その瞬間、シュベルトは、魔弾を乱射する。奴が、黙って見ている訳もなかった。俺を囲むように張られた弾幕は、床をも削り、もうもうと煙を立てる。
「やったか、いや、それでなくともかなりのダメージを与えたはずだ」シュベルトは、弱りきったであろう俺の姿を確認しようと一瞬動きを止めた。
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます