第151話 震える心
『聖者の雫』それは人をひとりだけ生き返らせることが出来る超レアアイテム。大魔法使いレイラが所持しており、以前俺は、それを彼女から譲り受けた。
安易に使える物ではないが、あるとすればこの瞬間しか無いと思う。
効果を確かめる事など出来ないが、もはやレイラを信じるしかなかった。
ゆっくりと足元を確かめるようにそれを使うべき相手の所へと向かう。
「メルっ、いま生き返らせてやるからな」
俺が向かった先は、一番最初に仲間になってくれたメルのところだった。決して優先順位を付けた訳じゃ無い。彼女には、いや、彼女にしか出来ない希望を感じたからだ。だがそれは、同時に酷い頼みをする事でもあった。
聖者の雫のペンダントは、小瓶のような構造になっており、その中には不思議な光を放つ液体が込められていた。ちょっとハチミツっぽい感じもする。
その液体をこぼさないよう注意深くメルの口へと流し込む。
「これで、いいんだよ……な」
もう後戻りは出来ない。迷いを振り払うかのように聖者の雫のペンダントを投げ捨てる俺。
そして様子を見るためにメルの顔に近づくが、反応はない。少し時間が、掛かるのだろうか……?
その直後、俺の顔に強烈な一撃が、加わる。
「ぐはっ!?」
「痛ったぁい!」
起き上がったメルの頭突きが、俺の顔面に直撃したのだった。
「うわっ、なんか口の中、苦っ! てか、タケル、どうしたの?」
生き返ったメルは、やはりメルだった。さっきまで死んでいたなんて嘘のように賑やかな奴だ。
「お帰りメル」
「ただいま? て、あたしどこにも出掛けてないよ」
「まったくお前らしいセリフだよ」
メルが、生き返った事で揺さぶられた俺の感情は、再び目に涙を溜める。
「泣いてるの? タケル……」
驚いて目を見開くメル。今まで彼女には、見せた事の無い表情にただ事ではない気配を感じ辺りを見回す。
「これって、いったい!?」
「みんな、シュベルトにやられてしまったのよ」
メルの疑問に答えたのは、そばに来て様子を見守っていたクラッカルだった。俺の何倍も人の死を見届けて来たのだろう、彼女の凛と構えたその様子は、王女としての風格を感じさせた。
「シュベルトに……!? じゃあ、あたし達はアイツにやられたの!?」
「ああ、だけど奴も自分の魔法で死んだんだ……」
俺は、クラッカルと同じようにメルにも何があったのかを説明した。ほんの僅かな出来事だけど改めて説明するとずいぶん長く感じる。
「そっか……」
こんな時のメルは、カンがいい。どうして俺が、メルだけを助けたのか察したのかも知れない。
「メルっ、頼みがあるんだ」
「いいよ」
「まだ何も言ってないんだが」
「タケルの頼みなら何でも聞くよ」
「何でもって……」
実は、まだ迷っていた。俺が、考えている事は、とてつも無く頼み辛いことなのだ。
「んで、何をすれば良いの?」
「前にエルフの森でマグナスシザーと戦った時、お前が、使おうとした……アレ」
「うん? ああ、あれ、時を戻す魔法でしょ」
「そう、それが、出来るんだったらみんなを生き返らせ……いや、死ぬ前に戻す事が出来るはずだよ」
だがそれほどの魔法を使うとなれば彼女は、それだけの代償を支払わなければならない。
時を戻す魔法を使えばメルは、2歳若返ってしまう、確かそう言っていた記憶がある。
「そっか、……分かったよ」
やはりためらうのは当然だよな。でも今は、それに頼るしかないんだ。
「ごめん、メルの2年を俺にくれ」
「あはは、気にしなくていいよ。そろそろ若返りたいと思ってた所だし」
メルは、いつもの笑顔を見せて俺の罪悪感を薄めてくれた。
「ねえ、ちょっと待って! 時を戻すなんて魔法が、使える訳無いじゃない! そんなの『時のグリモワール』でも持ってなきゃ、出来っこな……まさか!」
クラッカルは、荒げていた声をひそめた。
「そうだよ、あたしが、『時のグリモワール』の継承者だよ」
バルセイムでは最早伝説だけの存在となりかけていた魔導書。いくら探してもその存在は、確認できなかった。形の無いまま受け継がれていたのであれば誰も探し出す事が出来ないのは当然だった。
「本当にあったのね」
「うん、あたしのお母さんからもらった力だと思う」
メルにとって『時のグリモワール』は、母の形見のようなものなのだろう。彼女を救うためにメルの母が、使った魔法は、今は彼女の中に宿っている。
「さあ、やるかっ! あたしが、皆んなを叩き起こしてやるよ」
メルは、俺に背を向け王の間の中央へと進む。威勢の良い声と裏腹に静かな足取りは、彼女の役目の重大さを物語っていた。
時の魔法で皆が救えるのかは、微かな希望だ。でも俺には、もうこれしか無かった。全てを救うために残された選択……
間違ってないよな……
俺とクラッカルが、見守る中、詠唱を始めるメルの姿は、やけに寂しそうに思えた。
何故かまるでもう会えないかのような……
悪い予感が、俺の中に膨らむ。
それ程時間はかからず魔法の詠唱が止み、メルは、俺の方に振り返る。魔法陣の青と赤の光に照らされたメルの顔は、優しく微笑んでいた。
……大好きだよ、タケル……
メルの微かに震える声と唇は、確かにそう伝えていた。
どうして今……?
やっぱり、こんなの変だ。マグナスシザーとの戦いでメルが、時の魔法を使おうとした時にも感じた例えようも無い不安感。
「メルっ! 駄目だ! 魔法を止めろ!」
駆け出した俺が、メルの肩に触れた瞬間、その魔法は発動したのだった……
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