第143話 想定外の平常運転
「者ども、臨戦態勢を取れっ!」とメルの声が響く。もちろんメルの指示で動く奴はいないのだが皆は、攻撃の準備を整えていた。と言うかもう既に臨戦態勢だ。
アリサは、氷の召喚獣『フレシール』を呼び出していた。恐らく物理防御にも長けた召喚獣をセレクトしたのだろう。相変わらず頭の良く回る奴だと感心する。
リンカは、本来の魔力を解放して剣に込めている。燃え上がるような真紅に染まった刀身は、全てのものを断ち切りそうに思える。
「ヒナっ、グライドの様子はどうだ?」
「うん、まあまあかな」
まあまあって何だよ! 扱い悪すぎだろ!
「いや、僕……俺は、大丈夫……か?」
グライドは、よろよろと起きあがろうとしている。
疑問系の時点で色々大丈夫じゃねえよ!
あと俺って言い直して男感出したのが意味不明だよ!
グライドは、戦力に数えられないが仕方がない。ひとまずまあまあの奴は、放置して良いだろう。
ええとヒナは、問題無いとして……
「メル、準備は、いいか?」
「うん、メルビームの準備はバッチリだよ! タケルっ」
そんなもの初耳だし、最後の切り札みたいに言うんじゃねえ! シュベルトもドン引きしてるだろ!
クッソつまんねえ冗談で場の緊張感を壊すんじゃありません!
「よもやメルビームの使い手がいたとはな……これは興味深い……」
えっ! 何言ってんのアンタ!?
シュベルトは、顎に手を当て真顔で考え込んでいる。
マジかよ! メルビームって本当にあるの!?
冗談だよな、誰か早く『なんちゃってね』みたいな事を言ってくれよ!
「メ、メル様、お、お前そんな力を隠していたのか……」
リンカさん、もうやめて……あと何で様を付けた!?
「私も驚いた、メルビームなんてレジェンドクラスの大秘法なのにそれを使える人間が身近にいるなんて、メル様の底は計りしれない」
普段は冷め切った無機質な機械人間アリサも目を輝かせながらメルを見つめている。なんだよレジェンドクラスって!? ビームにメルの名前が付いてるのも意味わかんないんだが!
「ロマンだね! お兄ちゃん! メル様が仲間で良かったね!」
ロマンって……おい、確かにビーム砲は、ロマンかもしれねえ、だが違うだろ! ここ剣とか魔法とか妖精とかファンタジー感を駆使して戦うんじゃないのかよヒナ!
いや百歩譲ってあるとしてもメル様ってのが良く分かんねえ!!
「そうか!! 貴様がメル様か!」
おいいいっ! お前もかよシュベルトっ!!
もう完全にアウェイじゃん俺っ!
「そうだよ、あたしが、アメリアの娘メルだよ! アンタが、殺すよう仕組んだね……」
メルは、ふざけてなんていなかった。ずっと母親の無念を晴らす、いやメル自身のケジメをつける為にずっとずっとこの時の事を想い続けていたのかもしれない。
「ほほう、これは更に興味深い。あの魔王の血は、絶えたものだと思っていたんだがな。わざわざ殺されに来るとは酔狂も極まれるとはこの事かもしれんな」
シュベルトは、玉座から身を起こしその存在感を露わにした。威圧感は、魔王とは異なる禍々しいもので例えるならウニのトゲが、ふさふさの毛になっているような物だろうか……いや違うなこの例え!
「なあシュベルト! たった一人でこの場にいるって事を忘れてないか? お前の仲間である魔族共は、俺達が無力化してるんだぜ。数の論理ならもう負けを認めてもいいんじゃないか」
「くくくっ、ふはははははっ! 何を言い出すかと思えば敗者がよく口にするセリフじゃないか。奴らが私の仲間だと!? ふん、捨て駒の間違いだろう代わりは幾らでもいる。見るが良いこのシュベルトの力をな」
シュベルトは、右手を掲げそのまま地面へと振り下ろした。その瞬間床に幾つかの魔法陣が形成され黒い影へと変わる。
「まさか!? この魔法陣は!」
「お兄ちゃん、これアレスの塔の……」
ヒナの言いたい事を俺達は、全員理解していた。
魔力によるモンスター思念体の生成とでもいえばいいのか、およそ大魔法使いレイラ並みの魔力が無ければ使えないと思っていた魔法……それをシュベルトは、やろうとしているのだろう。
やがて粒々の小豆状の黒い影が塊となりスケルトンの魔物へと姿を変えた。
「こ、これってアンデッド、と言うか餡デッドかよ!」
この世界でも出会った事のないモンスターであるアンデッド。ゲームでの知識しか無い俺に対処出来るのだろうか?
「お兄ちゃんっ! 早くニンニクを!」
「落ち着けヒナっ! それはバンパイアの対処方法だ!」
「お兄さま、アンデッドは、聖水もしくは火の魔法に弱いはず」
おおっ!! さすがモンスター博士アリサさん、そういやあゲームでも確かそんなとこだった記憶があるよな!
「タケル、ここは私に任せろ!」
身を乗り出すリンカ、炎適正のある彼女なら相性は良いはずだ。
「ああ、任せたぜリンカっ!」
炎を宿した剣を上段に構えたリンカは、鎧に身を固めたアンデッドと対峙する。
「ふうん、アンデッドナイトってわけね。その方が張り合いがあって良いかもね」
リンカは、ひとまわり以上体格の大きいアンデッドを前に1ミリも動じない。出会った頃を思えば本当に逞しくなったもんだなと感慨に浸る俺。
「お兄さま、こちらにもにょきにょき現れている」
にょきにょきってキノコじゃねえんだからおかしいだろ! だがそのアリサの表現は、全くもって正しかった。ニョロニョロと複数のドジョウの様なモンスターが、魔法陣から顔を出している。
その様子は昔、水族館で見たチンアナゴに似ていた。
「美味しそうかもしれません、ご主人さま」
マシュが、ボソッと呟く。食えるのかよソレ!
「待ってタケル! こっちもデカイのが!」
「なに!?」
メルの前には、煌びやかな城の様な建物が出現していた。もはやモンスターでもない。
「やったあ! あたしのは当たりみたいだよ!」
「いや、メルっ、それプレゼントじゃねえから!!」
「お兄ちゃん! こっちもこっちも!」
まるで遊園地のアトラクションを見た子供みたいな様子でウキウキな声を上げるヒナ。相変わらずの緊張感の無さだがその意味は、魔法陣を見た瞬間理解出来た。
「マジかよこれ!?」
わかりやすい表現をすれば虹色の羽根を広げた美しい天使とでも言えばいいのか最凶最悪の魔族であるシュベルトに不釣り合いな思念体がそこに存在していた。
ただ感情の無いその表情は、はっきりと不穏な気配を漂わせていたのだった。
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