第142話 つまらない話

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」

 兵士さん達に謝りながら進む勇者らしからぬ俺の姿。


「タケルっ! 早くっ!」

 リンカは、先陣を切って風の如く駆ける。


 お前のせいだろうがあぁぁぁぁ!


「マシュ、付いて来てるか?」


 振り返って見たマシュのほっぺは、まだパンパンに膨れていた。吸い取った魔力は、溢れ今にも吐き出しそうな勢いだ。


「大丈夫かよ!? お前っ!」


「だ、だいじょうぶれす……ウプっ……」


 完全にアウトだ! 


「マシュ、街の外壁にある魔法陣にお前の魔力を流せるか?」


「はいです、あっ、間違えた……がってんです!」


 それ言い直す必要は、まったくないだろ!


「リバース! ウップ……おえぇぇぇぇっ」


 ただの酔っ払いでしか無い……

 マシュは、壁に向かって魔力を吐いた、と言うかもどした。虹色となった魔力が壁の魔法陣にチャージされ輝きを増す。


「ふう、どうやらコッチは問題無いようだな」


 クラッカルの魔防壁は、対魔族特化のものだ。簡単には奴らが素通り出来ない仕様になっているのだ。リンカによって破壊された門の扉だけは兵士さん達に謝ってバリケード状の補修を頼んだ。元はと言えば俺が、リンカに指示したことだからしょうがない。(いや、頼むって言っただけなんだが……)


「皆んな、一旦城へ向かおう。話はそれからだ!」


「オッケー、あっ間違えた! ごっちゃんです!」


 メルがテヘヘと舌を出しながら頭を掻く。

 完全にちげーよ使い方!

 案の定、アリサへと視線を移すとやはり奴は目を逸らした。


 ようやく城の門に到着すると門番らしき兵士の姿が見当たらない。城の周囲にも当然魔防壁が張り巡らされている為、中で待機しているのだろうか?


「門を開けーいいっ! 指揮官のお帰りだよ!」


 メルが、総指揮者の証であるバッチを掲げる。

 そういやそんな立場だったなコイツ。


 流石に開けて貰わないと困る、リンカさんが既に剣を握り締めてぷるぷるしてるし……


 辺りを見廻すと城の門の上にある見張り場から警備兵が、怪訝な顔を覗かせた。


「指揮官殿がこんなに早く帰られるとは聞いていない。成りすましではないなら合言葉が分かっている筈だ」


 やはり王女クラッカルの指示は、きっちりと守られている。だが合言葉って? そんなの決めた覚えが全く無いんだけど……


「では、行きますぞ! 『マジかっけえー、皆んな大好き勇者様!』」


 はあぁ? ナニコレ、分かんねえよ!!


「「「「「「タケルだね!」」」」」


 俺以外の全員が見事にハモった。

 いつ決めたんだよ、その合言葉。てかなんだよこの羞恥プレイは……!?


「おおっ、どうやら本物の様ですな。大変失礼致しました。ささ、どうぞ中へ」


 警備兵の指示で城の門が開けられたが、毎回このやり取り必要なんだろうか……

 ひとり顔を赤くして門を潜る俺。もう勘弁して下さい。


「タケル、どうしたんだ俯いて? どこか具合でも悪いのか?」


 リンカが、心配そうに声を掛けて来たのだが察して欲しい。


「いやぁ、合言葉決めといて良かったよぉ」


 やっぱりお前かよ、メルっ!

 後で頭ぐりぐり確定だな。


 ガラガラと大きな音を立てて巨大な門が開く……訳でも無く横にあった通用口から門の中に入る俺達。

 うん、だよな、これが正しいと思う。


「「「「「ちっ!」」」」」


 舌打ち声に振り返ると全員が、一斉に目を伏せる。


「はあ〜ぁっ? 何か文句のある奴は、手を挙げろ!」


「「「「「むふっ、あ、ありましぇん」」」」」


 全く少しレベルが、上がったからって調子に乗るんじゃ無いっての、ああ、いや、コイツらレベル低い時からこうだったよな……


 走馬灯の様に思い出される俺の苦労の思い出……

 ふう、やれやれだ。


 しかし、この世界に来た頃を思えば随分と周りの環境は、変わってしまったな、俺達自身もそうだけど。


「さて、そろそろ区切りをつけないといけないな」


 思わず独り言が出てしまう。


「ねえ、お兄ちゃん、今なんて言ったの?」


「ああ、何でもないよ。ただの独り言だよ」


「ふうーん、独り言ってなんか年寄り臭いね。そんなんじゃ帰ってからモテないよ」


 モテねーってよけーなお世話だ! 元々モテてねぇから!

 だがヒナの言葉は、確信を突いていた。モテないのはともかく、いや、どうでも良くないが、俺がさっき考えていたのは俺とヒナが元の世界に戻る方法だった。

 シュベルトを倒す事は、やり遂げ無ければならない目標というか使命だ。しかし、それを成し遂げたとしても元の世界に戻れる訳じゃない。


 時空を越える力は、魔王かシュベルトが保有する能力だ。シュベルトからその方法を得るのは、ほぼ不可能だろう。だとすればあてに出来るのは魔王だけになる。


 それもすんなりいかないだろうな。魔王が、ヒナを簡単に手放すとはどうにも思えない。


 まあ今考えても埒が明かない。俺は、目の前の戦いに気持ちを切り替えるよう努めた。


 城内を進み程なくして辿り着いたのは、王の謁見の間だった。恐らくカヌレル国王とクラッカル王女が、そこに待機しているはずだ。


「しかし、城の中に兵士さんの姿が見えないね」


 ふと呟いたメルの言葉に俺は、嫌な予感がした。いくらシュベルト軍との交戦に人員を割いているからって全く兵士の姿が無いのは、やはりおかしい!?


「まさかな……」


 胸騒ぎを抑えつつ謁見の間の扉を開けるとそこには、玉座に足を組んで座る一人の男の姿があった。流れる様な長髪に青い肌、そして頭に備わる二本の角、明らかに人ではない存在であり忘れようもない人物が、我が物顔で王の椅子に腰掛けている。


「ほう、見た事のある顔だな」


 その男は、魔族特有の金色の瞳を更に針の様に細め俺の顔を眺める。


「どうやって此処に入ったシュベルトっ!」


「それを知ってどうする? 貴様もそこに転がっている出来損ないと同じ運命を辿るしか無いのだがな」


「……グ、グライド!」


 傷だらけで床に横たわっていたのは、城の護衛の為に残っていた変わり果てたグライドの姿だった。


「この野郎ーーーーっ!」


「まあ、そうイキられても困るな。こちらもソイツのせいで王と王女に逃げられたんだからな。苛立ってるのはお互い様だろう」


 どうやらグライドは、クラッカル達を逃す為にその身を盾として投げ出したようだ。無理もない、シュベルトは、魔王と同等かそれを超える力を持っているのだからひとりで立ち向かうのは余りにも酷な話だ。

 だがグライドは、奴は、二人を守ったのだ。それだけでお釣りが来る程の評価に値する。


「シュベルトっ! 俺は、お前を許さない!」


「くくくっ、貴様達下等生物に何が出来る。私に近づく事すら無理だと思うがな」


 シュベルトは、口元に薄ら笑いを浮かべ足を組み替えた。


「その前にコイツは、返して貰うよ」


「なっ! 貴様いつの間に!?」


 俺は、シュベルトの近くに倒れていたグライドを抱えて元の場所に戻っていた。油断していた、いや、俺を甘く見ていたと言うべきかシュベルトに一瞬隙が出来ていた。その刹那を俺は見逃さなかった。


「メル、ヒナ、回復魔法頼む」


 反応して頷く二人。抱えた時に伝わった体温が、グライドの生存を示していたのだ。


「このつまらん下等生物がああぁっ!」


 冷静さを失うシュベルト、想像した通り感情のコントロールが苦手だという事が、奴の弱点に違いない。

 それが、分かったとしても簡単な相手じゃ無いって十分に承知している。

 それでも僅かな隙を拡げて少しでも勝てる見込みを上げなければならない。


 それが、俺の出来る最善の方法……だけど



「やっぱ違うよな」


 間を取るようにゆっくりと剣を抜いた俺は、あらためて奴を見据えた。その事で冷静さを取り戻したシュベルトは、再び歪んだ笑みを浮かべる。


 らしくないって言ったらカッコいいけどそんなんじゃ無い。この決着は、真っ向勝負でなきゃいけない気がするんだよ。そうだよなメル……


 直接ではないにしてもメルは、アイツの計略の為に母親を亡くしている。


「決めたっ! 力でねじ伏せるぞっ!」


「「「「「了解っっ!」」」」」


「力でねじ伏せる? くくくっ、このシュベルトを? どうやら脳みそは、下等生物以下だったようだな。まったくつまらん話だ」


 シュベルトは、本心から呆れてる様子で両の掌を天にかざす。


「残念だけどつまんないのはお前の方だよ」


 リンカは、負けじと目を閉じてやれやれと溜息をつく。


「まったくだよ。敵のボスが、下等生物の動きも見切れないなんて本当につまらない話さ、なあリンカ」


 頷くリンカは、握った手を開き中のボタンをシュベルトへと示した。俺が、グライドを助け出す瞬間にリンカもまたシュベルトへと牽制の一手を入れていたのだ。


「私弁償しないからね!」


 モジモジするリンカ、そこは堂々として欲しい。


 えいっとシュベルトにボタンを投げ返すリンカ。


「…………!?」


 俺は、言葉を失ったシュベルトに更に畳み掛ける。


「そろそろこのつまらない争いに白黒着けようじゃないか。戦う事でしか答えを出せない下等生物同士でな!」


「タケルっ、あたしは、下等生物じゃないよ。光合成もちゃんと出来るし!」


 お前は、ミドリムシかよメル! さっきいい感じの事言った俺の気持ちを返して欲しい!!


 ゆっくりと伏せた顔をあげるシュベルト。


「くくっ、良いだろう……だが全員生きて帰れると思うなよ」


 シュベルトの眼光は、更に鋭くなり魔族特有の金色の瞳は、血の色を思わせる深い赤へと変貌し光を放っていた……








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る