第144話 遅れてきた男

 虹色の天使は、瞬きもせず俺達を見つめている。それはただ景色を眺めているのと何ら変わらないのだろうか全く興味の対象では無いように感じ取れた。


 残る魔法陣からは、魔族の兵士らしき部隊の姿が現れていた。湧き出すようにその数を増やしていく。


「転送魔法……かっ!?」


 俺は、大きな勘違いをしていたのだ。ここに現れたのは思念体なんかじゃ無い! これがシュベルト軍の幹部クラスの魔族達なのだとようやく気付かされた。


「詰んだねこれ、あはは」


 メルが、嫌なことを言う。

 あははじゃねえよ、お前っ! 他人事じゃねえから!


「タケル、ここは俺に任せて先に行ってくれ!」


 少し元気を取り戻したグライドが、イキがっている。

 目の前にラスボスがいる状況でどこに行く必要があるのか小一時間問い詰めてみたい。


「タケルとやら、これで形成逆転だな。まあ最初から私だけでも充分だったがな」


 口元を歪め見下した様な笑みを浮かべるシュベルト。


 バルセイムの外壁を攻撃していた魔族達は、全くの捨て駒だったという事かよ!

 恐らくシュベルトがこの城へと忍び込む為に必要な時間稼ぎだったに違いない。だが奴はどうやってこの城の内部に入り込んだ? 入り込めた? クラッカルの魔法防壁はちゃんと機能していた筈だ。


 だとしたら……


 俺は、俺達が最初にこの城にやってきた時の事を思い返していた。グライドの案内で知った城への隠し通路、そこを抜けて城の内部に入り込んだとしたら……。そしてその通路は、まだ閉ざされてはいない。


「タケル……もしかしたらアイツは、あの隠し通路から城内に忍び込んだんじゃないのか……」


「俺もそれを考えてたんだグズライド!」


「やっぱりな……って、おいっ!違うだろ僕の名前!」


「そんな事よりあの秘密通路から他の奴らも侵入してる可能性もあるんじゃないのか?」


「あ、ああ、実はクラッカル王女様も同じ事を考えてたんだ。どうやったのかあのパスワードを解除してシュベルトが、中に入り込めた訳だからな」


 ああ……あのザルのパスワード……3秒で解けるよな。城の中の人間は、知ってるんだろうけど知らなかったとしても問題ないよ。


「余計な心配をしている暇が、あるのかな」


 シュベルトは、いつの間にかまた玉座に座り薄ら笑いを浮かべる。どうにも悪い奴はよくニヤけた笑いをする。


 その声を発端として魔法陣から出てきた敵魔族が、行動を開始する。


「お兄さま、雑魚は任せて」


 アリサだけは慌てた様子もなく冷静に対処する。

 流石だぜアリサ!


「頼むよ、アリサ。いつだって頼りにしてるからな」


「えっ!? あふっ!? えへへへっ、はあぁぁぁん、あはは」


 あれっ? なんだか様子がおかしいよ……。変なスイッチ入れちゃったのか俺。


 笑いながら魔族の兵士達に召喚獣フレシールのアイスストームを浴びせるアリサ。次々と凍り付く魔族達をぶん殴り蹴散らしていくフレシールさん……。

 その姿は、魔族にとってまるで悪魔の様に見えた事だろう。


 味方でよかったね……と俺は思う。


「ヒナっ、チンアナゴを頼めるか?」


「うん、分かった! まず水槽を用意しなきゃだね!」


「ちげーーよ!! 誰が育てろって頼んだよっ! 倒すんだよっ!」


「わ、わ、分かってるよ、今のユーモアだから……」


 どこまで本気か分からんがとにかく意図は伝わったと思いたい。


 問題は……メルの目の前の……


「メル城、メルキャッスルの門が開くよ! タケルっ!」


 メルキャッスルって勝手に名前付けて呼ぶんじゃねえ! それ敵だから!

 建物型のモンスターなのだろうか? 王の間の天井にギリギリ収まるサイズの城は、まるでその口をパックリと開け放ったように門扉を解放していた。


「気を付けろ、メル!」


「うん、暗いから転ばない様に注意する」


 ちげーよ! 入っちゃダメっ!


 気がつくと微かに聴こえる笛の音……コレってまさか!?それは、決してフリーにしてはいけない奴から発せられた音の魔法だった。


「シュベルトかっ!」


 その催眠効果で魔法耐性が高いはずのメルが、易々とそのリズムに身を任せ自称メルキャッスルへと歩を進める。


「あばばばぁぁぁ」


 口を開け餌を待ち構えるメルキャッスル。こうなりやあのモンスターを瞬殺するしかねえ。俺が、剣を構えメルキャッスルへと向かおうとした瞬間、眩い程の光の筋がメルキャッスルを貫いた。


 それはまさしくビームのような……


「おい、まさか!?」


「メルビだよっ! タケル」


 メルビってメルビームの事かっ!

 本当にあったのかよ! ドヤ顔のメルだがいつの間にそんなワザを身につけたんだよ!


「じじいに貰ったんだよっ、にゃはは」


「貰ったって……あっ、魔王に会ったあの時かよ!」


「そうだよ、内緒って言ってたけどもういいかなって」


 魔王だけが所有している能力は、幾つか存在するようだ。以前ヒナが受け継いだ魔法反射効果を持つ『カオス・リフレクト』もそのひとつだった。


「それでお前は、そのビームに自分の名前を付けたって事なのか?」


「違うよ。最初からメルビームだってじじいが言ってたんだ。だからあたしが、使うのが良かろうって」


 仕込みやがったな魔王の奴、そんな偶然あるわけねえ!

 とは言え強力な技である事は間違いないのだ。


「そうか、得したな」


「うん、儲かりまっかだね」


 儲かりまっかって使い方は違うが本人はご満悦そうなので良しとするか。


 謎の力で危機を回避したメルだったが、他のメンバーは物理的な数の原理に手間取っている。魔法陣から矢継ぎ早に湧いてくる魔族兵士がとにかくウザいのだ。


 コレってもしかしてエルフの森から移動してるんだろうか? だとしたらあそこに魔族の兵士が極端に少なかった理由として辻褄が合う。


「マシュっ! また魔族達の魔力を吸い取れるか?」


「ご主人……さま……げふっ、ごふっ……も、もちろんだす」


 駄目だ! 完全に使えねえーーっ!!


「ご心配には及びませーん!」


 突然の野太い鳴き声、いや誰かの声だよな。


「皆等しく骨も筋肉もある、しかしその限界は個体によって様々でしょう。選ばれし者の鍛え抜かれた筋肉は、やがて金肉として進化を遂げる。その頂に到達する筋肉は、ごくわずか、いや天に愛された私を除けばほぼ皆無だと言えるのでしょうか。なんてちょっと我ながらポエムが過ぎたかもしれませんな。うほっうほっ」


 その声の主は、ここにいるはずもない"ブレインマッスル"ことホサマンネンさんその人であった。







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