第138話 心配性だな

「これより我が連合軍は、魔族シュベルトとその一味の討伐をおこなっちゃうよ!」


 何とも締まりのない号令だが仕方がない。メル指揮官の下、俺達は、今の奴らの拠点であるエルフの森に来ていた。エルフの街へは、まだ距離があるのだが一旦ここで作戦の確認を行っていたのだった。


 で、なぜメルかと言うと人間と魔族どちらが指揮権を持つのかということで意見がまとまらなかったことがその原因なのだが話は、少し遡る。


「我らの指揮権は、断じて譲れーーーーん!」


 いきり立つバルセイムの大賢者メジカル様に対して作戦参謀として参加している魔族側のアストライスは、理詰めでメジカル様に反論していく。


「はてこれは大賢者ともあろうお方の言葉とは思えません。共通の敵であるシュベルトの事を知り尽くしている我らが、軍の指揮をとるのは必然かと思われますが?」


「じゃが兵法の心得は、ワシらの方が長けておろう。魔族など力任せに戦い散らすだけじゃ!」


「感覚でモノを仰るのはどうかと思われます。今もあなたは感情的になって理性的な判断が出来なくなっているのでは? 我ら魔族は、常に冷静な立ち位置で策を講じる事が可能なのですよ」


 アストライスは、メジカルじいさんの言葉に的確な切り返しを差し込んでいく。

 そんな彼は、魔界最高の知能を備えた魔王城の司書なのだが、以前メルにこっぴどい目にあわされた経験を持つ気の毒な魔族だ。


 ようやく立ち直れたようで少しホッとした俺。


「ぶ、分裂するような魔族に指揮を任せられるわけ無かろう!」


 メジカル様のセリフを待っていたかのようにアストライスは、提案を持ちかける。


「ではこうしましょう、指揮官は、人間側より選ぶ事としその選抜は、我ら魔族にお任せ頂くと言うのはいかがですか?」


 この提案には、メジカル様も異を唱える事が出来なかった。


「ま、まあ、それならいいじゃろう」


 いま思えば、これはアストライスの誘導だったのだろう。そしてその背後には魔王の意図が見え隠れする。


「では指揮官は、メル様に一任するという事でよろしいですね。魔族と人間の血を受け継ぐメル様ならこれ以上ないほどの適任かと思われます」


 メル様って……コレ魔王(孫バカ)の仕業かっ!


 しかし、あれだけメルに酷い目にあったと言うのにアストライスは、とことん公務員体質なのか、それともドMなのだろうか?


 アレな挙動が目立つとは言えメルは、王国軍隊長である俺のパーティメンバーだ、バルセイム側としても軽く扱う訳にもいかない。


「うっ、じゃがあのおかしな……いたいけな娘に軍の指揮を任せるとはこのジジイも心配なのじゃが……」


 急に年寄り作戦に切り替えるメジカル様、でもいま、本音がダダ漏れしていたような……


「メジカル様、俺はメルで構いません。いざとなれば全力で補佐しますから!」


 メジカル様は、俺の言葉に渋々頷いた。まゆはハの字になったままではあったが……


 という茶番があった後、俺達は、ようやくここエルフの森へと足を踏み入れる事になったのだ。


 バルセイム軍の遠征は、機動力のある魔王軍とは違いクラッカルの転移魔法を最大限に活用する事になった。


 移動の際の体力消費を避けるためでもあり、物資の節約も考慮に入れた手段なのだが、いかんせん城の防御に費やしていたクラッカルの魔力の大半を使い切ることになってしまった。


 以前、クラッカルが魔王城へ乗り込む際に城の防壁強化を行った事が、幸いにもこの時に役立った。


 魔族側、人間側共にリーダー格の者が、中規模の部隊を率いてエルフの街を取り囲むように進撃を進める。恐らくシュベルト側が、既に動きを察知しているであろう事も考慮に入れなければならない。


「タケル様、先行して潜入した萌え兵部隊からの連絡によるとシュベルト側の目立った動きは無いようです。なぜか警備体制も薄く、比較的潜入も容易だったとの事です」


 諜報活動を得意とする『萌え兵』を統括しているキュレリアは、新しく情報が入る度に俺に報告を上げてくれる。


「そうか、ありがとうキュレリア。潜入が順調で良かったよ……」


 だがそれは僅かな違和感だった。あの狡猾なシュベルトにしては、随分とズサンな仕事だ。軍隊の兵士の数が、足りないという理由は考えられるんだけどそれにしてもザル警備とは釈然としないな。


「なあ、メル。魔族側の報告は、何か入っているか?」


「オホン、ジェネラル・メルもしくはメル閣下ですよ。まずはそこから始め……ああっ、痛い、痛ぁ〜いっ!」


 俺は、メルの頭の左右をグリグリした。


「ぶざけてる場合じゃないだろっ! 閣下じゃなくて却下だ! 何か報告は、あ・る・の・か!!」


「は、はひっ、何も報告はありませんであります」


 問題あるのか無いのかよく分からん!

 しかし敵の本拠地に来て何も問題が無いのが逆に不安だ……


「タケルは、心配性だな! シュベルトが、何か企んでいるとでも考えてるんだろう?」


 考えてるよ、リンカ……


「お兄さま、このエルフの街が、実はおとりで我々が、ここに戦力を集中している間にシュベルトは、他の拠点を狙っているとか考えているのか?」


 考えてるし、そんな気がして来たよ、アリサ……


「だったら新たな城を求めて戦力の手薄なバルセイム王国を狙ってたりして、あはは」


 あははじゃねえよ、メルっ!

 と言うかお前ら分かってんなら行動しろよ!


 魔力を消費したクラッカルの転移魔法は、もう使えない。この予想が、ハズレてくれる事を願う。


「メル閣下っ! やりましたぞ! 遂にエルフの街をこのホサマンネンが、ホサマンネンが占拠しましたぞ!! 是非とも輝かしい武勲をあげた、このホサマンネンを、ホサマンネンをなにとぞ……グハッ!」


「うるせーーーーーーーーーーーーーーーっ!」


 俺は、グーパンでホサマンネンさんを殴り飛ばした。ホサマンネン、ホサマンネンって占拠じゃなくて選挙活動かよ! それだけ事態は深刻だということが、今の報告で分かったのだ。


「完全に、シュベルトはここにいないな! メルっ、バルセイムに転移する方法ってないのか?」


「はひっ! 申し訳ありません! あたしは転移魔法も使えない未熟者でありますです!」


 その喋り方もういいから……

 ともかく城への退路は、断たれたに等しい。

 シュベルトは、下級魔族だけを残して既に移動したに違いないのだ。


「タケルっ! シュベルトらしき魔族を連れて来たと兵士が報告に来ているぞ!」


 慌てた様子でリンカが、こちらに駆け寄って来た。


「えっ!?」


 どういう事だよ……シュベルトが、そんなに簡単に捕まるなんて?


 で、連れてこられたのは、長い髪の痩せた魔族で確かにシュベルトの服を着ている、着ているのだが……


「ちげーーだろっ! 髪も毛糸で作ったやつじゃん!!」


 せめて地毛の長髪の魔族を選べよ!!


「あんた、何者なの?」


 念の為、メルが問いただす。


「ワタシハ、シュベルト様デース……グハッ!」


 俺は、グーパンで殴った……

 そもそも本人が、様って付けるかよ!

 顔も全く似てねえ!


 シュベルトの奴どんだけ人を馬鹿にするんだよ。

 だがこれで推測が、確信に変わってしまった。


 どうする? 完全に手詰まりだ。

 諦めるしかないのか?

 そんな俺の耳にまるで天使のような安らぎを与える声が、響いた。


「お兄ちゃ〜ん!!」


 間違いない! その天使の声は、いつも俺を奮い立たせる。そして今も希望を運んで来てくれたのだ。


「ヒナっ!!」


 空には、二頭のワイバーンを連れたヒナの姿があった……


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