第139話 くすぶる森

 ワイバーンを降下させるとヒナは、俺の元に駆け寄ってきた。


「お兄ちゃん!」


「ヒナっ!」


 俺達は、ガッチリ抱擁を……するわけもなく、ヒナは俺の胸ぐらを掴んだ。


「お兄ちゃん! まずいよ! バルセイムが、バルセイムが、シュベルトが……!?」


「待てっ落ち着けヒナっ! それは、俺も予想してたんだ。なら、お前のワイバーン貸してもらえるよな?」


「あたり前だよっ! その為に急いで来たんだからさ!」


 ヒナは、イイねと親指を立てた。


 ヒナは、単独でバルセイムの様子を見に行っていたらしいのだ。突然襲撃を受けたバルセイムだったが、まだシュベルト達は、守りの堅い城を攻めあぐねているようだった。


「よし! 急ぐぞ!」


 俺は、仲間達に声を掛けた……のだが見当たらない。


「タケルっ! 何をのんびりしてるんだ!」

「遅いよ、タケル!」


 既にワイバーンに乗っかってる仲間達。こういう時の行動は、なぜか早い。


「と言うか、お前達分かれて乗れよ!」


 ガブリエルとミハエルと名付けられたワイバーンのうちガブリエルの方に全員が乗っていた。


「だってタケルは、いつもガブちゃんに乗るから……」


「そうか、メルだけじゃなく他の皆んなもそうなのか?」


 俺の問い掛けにリンカ、アリサも頷いた。なら仕方がない。


「ああああっ、タケルーぅ! なんでそっちに」


 俺とヒナは、ミハエルの方に乗っていた。


「しょうがないだろ、そっちは定員オーバーで乗れないんだからさ」


「じゃあ私は、そちらへ……あうっ!?」


 降りようとしたリンカの腕は、メルとアリサにガッチリ掴まれた。


「抜け駆けはいけない」


「そうだよ、アタシがタケルの方へ行くんだから」


 何やら揉めているようだが、構っている時間はない。

 俺は、ミハエルを飛び立たせた。間に合えよ!


 しばらく言葉を交わす事もなく飛び続けるとようやく見慣れた風景へと変わる。


「そろそろだね、お兄ちゃん」


 ヒナも緊張しているのか言葉少なめだ。


「ああ、持ち堪えてくれよグライド」


 グライドは城の守りの為にバルセイムに残っていたのだが、あれでも元魔王候補生だ、戦力である事は間違いない。


「グラちゃんなら大丈夫って言いたいんだけど……」


「だよな、グライドだからな……」


 俺とヒナは顔を見合わせて残念な顔をする。


「あっ、お兄ちゃんアレ見てっ!」


 ヒナの指差す先に煙が立ち昇っていた。まだ城には距離があり、煙は森の中から空へと広がっている。


「なんだよ、まさかここで交戦してるって事なのか?」


「だとしたら、かなり広い範囲にシュベルト達が分散してる事になるよね」


「だよな、城には急ぎたいけど確かめないとダメだろうな」


 念の為メル達にも合図を送り、煙の上がっている場所から少し離れた場所にワイバーンを着地させた。 


 そこにシュベルトが、いる可能性だって考えられるからだ。


 草を掻き分けて慎重に近づいていくと肉の焼けるような臭いが辺りに漂っており、悪い想像だけが膨らんでいく。


「こりゃ丸焼きだよ、タケル」


「ちょっ、お前物騒な事言うなよな! それを言うなら丸焼けだろ」


「でも、ほら」


 メルは、煙の立ち上っている辺りを指差した。そこには、戦闘に敗れた兵士のくすぶる身体が…………


 なかった……


 正確に言うと無いわけでは無く、あった。大掛かりな焚き火の上には、超巨大なサンマの様な魚が火にかけられていた。というか煙出すぎだよ!


「お兄ちゃん、何なのアレ?」


「あ、ああ、俺が聞きたいくらいだ。今頭の中を整理中なんだけど」


 今目の前で起きている理不尽な状況に混乱する。


「確かに魚は、遠火で焼くべきだよな、タケル!」


 いや、それはどうでも良い! 


「早く焼けないかな」


 食べる気満々だな、メルよ!


「ん、あの人は、ワイデール……先生!?」


「知ってるのか? アリサ」


 焚き火の傍には、ひとりの老人と思しき人物が丸太を椅子に腰掛けている。


「先生って、もしかしてアリサの?」


「そう、私に技術を株分けしてくれたのも先生」


 アリサの師匠なら召喚士に違いないが株分けってまさか召喚獣って球根扱いなのかよ!?


「ふーん、結構偉そうな感じだよね」


 偉そうって……別に威張ってねえから、メル!

 老人は、離れていても分かるくらい白く長い髭を貯えていた。ローブのフードを脱いでいるから尚更目立つ。


 話し声が耳に入ったのか老人は、俺達の方に振り返った。


「んんっ、そこにいるのはアリサじゃな」


「ハイ、アリサデス……」


 何でカタコトなんだよ!


「その方々は、アリサのお仲間かな?」


「ハイ、ソウ……イイエ、タダノシリアイデス」


 アリサは、明らかに言い直した。どうもこの先生には何かあるらしい。


「ワイテデール先生、あたしたちはアリサのパーティーメンバーだよ!」


 ワイデール先生な! それだとこの先生がそこかしこからニョキニョキ大量発生することになる

 メルは、相変わらず物怖じせず老人に話し掛けた。


「おお、そうかパーティーとは、何とも楽しそうだ。ここには、焼いた魚しかないが皆で食べれば楽しいじゃろう」


 老人は手招きをして俺達に椅子がわりの丸太に座るように勧める。


 パーティーってそれじゃないんだけどな、この人の思考回路は、どうやらメルに通じるものがあるようだ。


「あの、このメンバーのまとめ役してるタケルと言います。ご好意は、ありがたいのですが俺達は先を急いでいますので」


「なにっ! 今まさに食べ頃じゃぞ!」


「ええ、多くの人の命がかかってますのであまりのんびりしていられないんです」


「ほう、その割にはお主の仲間達は、随分とお腹が空いてるようじゃがな」


 老人の指差す先には、魚に齧り付く仲間の姿があった!


「うおおぃ! 食ってんじゃねえよ!!」


「だって、良い匂いなんだもん」


「だってじゃねえよ! 断りもなく食べるんじゃねえよ!」


「フォッフォッフォッ、構わんよ。好きなだけ食べなさい」


 老人は、ニコニコとした表情を俺に向ける。


「いや、どうもすいません」


 頭を下げた俺に老人は、意外な言葉を告げた。


「お前さん達、シュベルトと一戦交えるんじゃろ。だったら腹ごしらえしておかんとな」


「えっ!?」


 どうしてこのワイデールという老人は、まるで見透かしたかのように俺達の事を知っているのだろうか?

 以前、アリサから聞いたことがあるのだろうか?


 だが魚の目玉を頬張り、リスのようなほっぺたになったアリサも俺の目を見て首を傾げている。

 ちょっと可愛いなどと思ってる場合じゃねえよ俺。


「ワイデール先生、もしやあなたは、召喚士として以前シュベルトと戦った事があるのでは?」


「へっ? ワシ、召喚士じゃ無いんじゃが」


「えええっ! アリサの先生って言うからそうかと……」


 アリサを見ると確かに首を横にぶるんぶるん振っている。


 じゃあ一体何の先生なんだよ!


 俺の考えを察したワイデールは、懐から一本の棒のようなものを出し口に押し当てた。

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