第137話 シャイニング!

(……マンネン……ホサマンネン……よ。その敵に勝利したいなら良く聞くがいい……)


 それは、神の啓示のように聞こえたに違いない。キョロキョロと怪しい動きをするホサマンネンさんの様子を見るとそんなところに違いない。


 俺は、指輪を外してホサマンネンさんにテレパシーを送っていたのだ。


 本当は、メルの巨大化魔法でデカマンネンさんにして貰えば手取り早いのだが手助けをした事になるのはまずいだろう。


 狙いはソフトロックの頭頂部にあるのだ。魔弾で吹き飛ばされた俺が空中で見た奴の頭の十円ハゲみたいな場所に辿り着ければホサマンネンさんに勝機はあるはずだ。


 でものんびりとよじ登らせてもらえるわけないよな……


 俺が送ったテレパシーにハッと目を見開き十字を切りバックステップをするホサマンネンさん。


 神々しい伝え方をしたんだが完全にバンパイアに出会った時のそれだ。


 だがホサマンネンさんは、ソフトロックの頭部を見据えている。どうやら伝わってはいるようだ。


「タケル殿ーっ!」


「はいはい、何でしょうか? ホサマンネンさん」


「今こそ、あの技を使ってよろしいでしょうか?」


 何だあの技って? 今のバックステップ以外になんかあったかな? まあいっか、どうせ大した事じゃ無いんだろうから。


「この状況じゃ仕方ありません。許可します、ホサマンネンさん!」


「おおっ、ありがたき! 感謝致します! タケル殿ーーーーっ!!」


 何かを許可したらしい俺。ありがたいのと感謝は、ほぼ同じなのは高ぶる感情の表れかそれとも語彙の少なさか……


「では私を罵倒して下さい! タケル殿!」


 いや、何言ってんの? あんた!?

 全く意味がわからない???

 ドMっ! ドMなのかっ!


 何か考えがあるとはこれっぽっちも思えないが、とにかく僅かな可能性があるのならこの馬鹿馬鹿しい茶番に付き合うほか無い……のか?


「この筋肉ガチガチ野郎! あと好き嫌いなしの無限胃袋魔人!」


 ホサマンネンさんは、少し照れたのか頭をぽりぽりとかいている。俺の渾身の罵倒が全く響いていないのか!


「「「「「ダメだ!」」」」」


 一斉に女性陣達が口を揃えた。勿論、クラッカルを含む仲間達の声に違いなかった。


「タケル、それじゃあホサマンネンのアイデンティティが伝わらないぞ!」


 リンカは、マジ顔で俺を見据える、それだとアイデンティティと欠点が同じ意味になってしまうんだけど……


 リンカは、俺の前に立ちホサマンネンさんの方へ振り返った。


「おい、珍獣! 無理して前足で剣を持たなくてもいいのよ! あなたのようなキモメンが図々しくも同じ空気を吸って良いといつから思っていたのかしら、ああ、ごめんなさい、言葉は理解出来なかったんだわね、あははは」


 リンカの痛烈な一撃で明らかに怯えるホサマンネンさん。だがそれは悪夢の始まりでしかなかった。

 いつの間にかリンカ、メル、アリサ、クラッカルが順番に縦一列に並んでいたのだ。


 リンカがその列の後方へ回ると今度はメルが口を開いた。というより罵った。


「ホサマンネンの肉汁は、酸っぱい臭いがしてるよ! 消費期限を過ぎている事を謝ってほしいんだよ!」


 それ汗だろっ! 肉汁ってキツイな!!

 ガックリと膝を落とすホサマンネンさん。必要なのかこの儀式みたいなの!?


「ヒエラルキーの最下層を這いずり回る暗黒の異形よ。汝に与えられし必定の選択は、抗う事なき懺悔なり今こそ、その邪悪なる身を浄化の焔に差し出し塵芥となりて全てを悠久の無へと帰せ!」


 いくら本人が望んだとはいえこれはひどい……

 死ねみたいなことだよ、もはや!

 アリサは、相変わらず手加減を知らないのだ。


 もうやめてあげて……

 なんだか俺が泣けてきたよ。


 ホサマンネンさんは、崩れ落ちたまま祈りを捧げるような形で固まっているのだが、頭に巻いたタオルがまた聖職者っぽくて更に郷愁を誘う。


 そして遂にクラッカルの順番が巡り、その冷ややかな視線をホサマンネンさんへと向ける。


「顔を上げなさい、ホサマンネン! あなたには本当にガッカリしたわ。敵わぬまでも少しは、期待した私が愚かでした。最後は、皆に罵倒されて負けた罪の意識を流そうなどと王国の戦士にあるまじき振る舞いです。あなたには、2番手の職務など勿体ない。そのタオルを持って武具の第三清掃係からやり直しなさい!」


 その瞬間、カッと目を見開くホサマンネンさん。武具の磨きでも3番手なのが余程琴線に触れたに違いない。


「い、嫌だ、嫌だよう!! うわぁーーーーん!」


 子供のように泣き叫びながら、ゴロゴロと床を転げ回る。だが次第にそのゴロゴロは、加速し鋭い回転を生み出した。それは幼子が、満たされない欲求や感情を解放し意思を貫く力!


 ま、まさかアレって!?


 グライドが、城でグズった時にホサマンネンさんが必殺技だと勘違いしていた……


 ダダッコじゃん!


 嘘だろ!? あのバカバカしい冗談を……

 ホサマンネンさんのダダッコは、肉体強化魔法の効果もあり今やタイヤのホイールの様な回転を生み出していた。


 キュルキュルと床を削りながらホイールスピンで踏みとどめていた体を前方へと解放する。


「そうか!」


 狙いは、体当たりじゃない!


「くはははっ、人間よ! このソフトロックに体当たりとは笑止千万! 砕け散り肉片へと変わるがいい」


 ホサマンネンさんは、ソフトロックの腕をかいくぐりその体の高速回転を利用して奴の巨大な身体を登りつめる。


 やがて辿り着いたのは、ソフトロックの頭頂部にある十円ハゲに見えるハッチだった。


 体当たりだと思い込んでいたソフトロックは、虚を突かれ、対応が後手に回った。当然のごとくそのハッチをホサマンネンさんは、破壊し中へと侵入した。


 ごきっ、ばきばき、ガキン!


 何かがへし折れる音がしてそのままソフトロックの巨躯は、前のめりに倒れ込む。


 ゴーレム使い、とでも言えば良いのだろうかソフトロックは、巨大ロボにでも乗り込むかのようにゴーレムを魔力で操っていたのだろう。本体である自身は安全な場所、ゴーレムの内部に身を隠して……


 やがてハッチから千鳥足の駄々っ子が、生還した。言うまでもなくホサマンネンさんだ。


「頭が、ヒリヒリする……」


 ホサマンネンさんが頭に巻いていたタオルは、激しい回転に耐え切れず擦り切れたボロ雑巾の様に頭部に乗っかっていた。


「輝いているよ! ホサマンネン!」


 活躍に心打たれたのかメルが、叫ぶ!


「ああ、眩しいくらいだ!」


 あれだけ罵倒を浴びせたリンカも今は、満面の笑みを浮かべている。

 努力は、報われたんだ!


 ふとクラッカルを見ると両手で顔を覆い微かに震えている。きっと溢れる感情をコントロール出来ないのだろう。


「くくくっ、ぷっ」


 ぷっ?

 はて? 感涙した人間がどうして???


「お兄さま、ホサマンネンの頭を見て」


 アリサが、ホサマンネンさんを指差した時、彼の頭のボロ雑巾がハラリと落ちた。いや、タオルの切れ端なんだけど。


 きらーーーーん!



 別に音がした訳じゃないが、輝いていた!

 後光の様に燦然と輝くそれは、高速回転で擦り切れたホサマンネンさんの頭部だった。


 つまり、ツルツルだよ、あんた!


 どうやらクラッカルは、笑いを堪えていただけだった。本当に気の毒でしかない……


 皆の視線を感じ頭をペタペタと触るホサマンネンさん。一瞬の硬直状態の後に


「うおおおおおおおおぉーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 吠えた。そして泣いた。


 雄叫びをあげ感涙にむせるホサマンネンさんだが、その心中は、勝利の歓喜なのかどうなのか彼にしかわからなかった。


 ソフトロックは、結局ゴーレム使いで本体の魔族は、ホサマンネンさんのローリング・ダダッコで倒されたらしくどんな奴だったのかも分からずじまいだったが、ともかく魔王からホサマンネンさんの勝利が告げられた。


 そしてホサマンネンさんの勝利を一番喜んでくれたのは、応援してくれていた魔族達に他ならなかった。


「やったな! ブルブル、いやツルツルか! お前輝いているよ!!」


 どうにも微妙な賞賛だ……


「見事だ! タケル! 約束通りこれより我らは、バルセイムとの同盟を結ぶものとする!」


 魔王は、口元を緩めもせずに俺を直視した。

 そうだ、まだ本当の戦いは始まってもいないのだ。狡猾で冷酷な最強の魔族であるシュベルトと剣を交える日は、そう遠くないのだから……

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