第136話 『漆黒の女神様』

 薄っすらと目を開けると頭に柔らかい感触を感じた。また誰かの膝枕だろうか? いやそれにしてはなんだかヒンヤリと冷たいような……


 狙い通り魔王の反感を買い壁に吹き飛ばされた俺は、メルの頭を撫でた事で仲間の反感までも買い占めたようだ。どれくらいの時間が経過したのかは分からないがまだホサマンネンさんの対決は続いているようだ。時折聞こえる魔族達の歓声でそれがわかった。


 起き上がって枕にしていた物を確認すると何か長くて柔らかい……

「はっ!? これ尻尾じゃん!」

 俺は、魔族の尻尾に寝かされていたのだ。


 てろーんとした尻尾の感触はゼリーか寒天のようで……てか、扱い雑なんですけど!!


 それより、一体どれくらい気を失ってたんだろう?


「メルっ! あれからどれくらいたってるんだ?」


「うん、フラグだったら……」


 聞く相手を間違えた! たったフラグの数はいらねえ!!


「リンカ、俺はどれくらい気を失ってたんだ?」


「ふん、ご自分の腹時計にでも聞いてごらんあそばせ!」


 あそばせって……

 やべえ、随分とご機嫌斜めの様子だし、腹時計だと日に三回程度の時間しかわからないよ!


 ダメ元で例のやわらか尻尾の魔族に聞いてみる。と言うか魔族に聞かなければならない立場の俺を誰か哀れんで欲しい。


「あんたが気を失っていたのはせいぜい5分程度だよ。急に壁から落っこちて来たからマックル、ビックリしただよ。だからマックルのシッポで寝かしたんだ」


 どうやらマックルと言う名の魔族は、気絶した俺の事を寝かしつけてくれたらしい。どんだけ優しいんだよ、アンタ! 俺が、元の世界に戻れたら抱きマックルという名で製品化したいくらいだよ!


「ありがとう、マックル!」


「ああ、気にすんな、実は皆んなあのソフトロックの奴を嫌ってるんだよ。アイツは図体だけでなく態度もデカイから、さっきも真ん中まで皆んなに運ばせていたんだ。本当に気分の悪い奴だ!」


 なるほど、それでさっきから魔族達がホサマンネンさんの味方をしている理由がわかったぜ。


 五分程ならそう戦況は、変わっていないはず!

 ホサマンネンさんはどうなってる!


「なっ!?」


 どういう訳かホサマンネンさんは、頭にタオルをグルグルに巻いていた。まるでターバンだ。


「ホサマンネンは、どうやらタケルの助言を聞いてあんな風に考えたみたいだよ。きっとタケルの想いが、伝わったんだ……」


「いや待てよ、メルっ! なんかいい話っぽく言ってるけど全く意味がわからんねぇよ!」


 頭に巻いているのはさっきのタオルだと思うが……


「臭かったんですよね……あたま」


 分かってますよという顔付きでクラッカルが口を挟み微笑んだ。さっきの俺への攻撃の件は、うやむやにする気らしく悪びれた様子もない!


(ホサ……マンネンさん……あた……ま……くさ……い……)


 思い返してみると気絶する前に途切れた言葉じゃそのようにとられても仕方がないのか!?

 だからと言ってあれじゃ防御力が上がるわけでもないし、むしろ臭い方が敵にダメージを与えるくらいだ。


 違う! そうじゃない!


 俺が伝えたかったのは……


 手に剣を構えたホサマンネンさんは、真っ正面から突っ込みソフトロックの腕に斬りつける。

 どうやら彼に剣を渡す事には成功したようだが、金属が擦れ火花が散るだけであまり芳しいダメージに繋がっていないように思える。


「やっぱり伝えないと……」


 だけど冷静になって考えてみるとそれを叫んだ途端にソフトロックは、確実に防御してくるだろう。ホサマンネンさんだけに伝える何か良い方法は……


「お兄さま、さっきのことだけど、ごめんなさい」


 アリサは、少し瞳を潤ませながら俺の顔を見上げる。魔弾を撃ち込んだ事を謝りに来たのだろう。


「もう良いよ、気にしなくて」


 俺が、頭を撫ででやると猫のような顔でアリサはくすぐったそうに目を閉じている。


「良かった、タオルの事ごめんなさい!」


 そっちかよ!!


 アリサの父親アレンさんは、俺と同じ世界から来た人間でちょいちょい彼女は、他の世界の余計な知識を皆に話してしまいヒヤヒヤさせられているのだが……


 ちょっ、さっきからチラチラとリンカが俺の様子を伺っているのが視界に入り気になるんだけど!


 ひとりで何やら小芝居みたいな動きをしているのも大丈夫だろうか!?


 まず口に手を当てて咳払いをしモゴモゴと何かを喋った後、相手の肩を叩くような動作そして頭の後ろをポリポリとかいて作り笑いをしている……


 完全に自分だけが、俺との関係の修復に乗り遅れて煮詰まっている人のシミュレーションとしか思えない。


 ふう、しょうがないか……


「リンカ! もう怒ってないから!」


「!?」


 驚いて俺を見るリンカの目は見開き次第に潤みだした。

 そして猛烈な勢いで駆け寄って来たリンカは、タックルに近い形で俺に抱き付いて来たのだ。


「ごめんなさいーーーーっ!」


 そのままゴロゴロと転がる俺の体は、ホサマンネンさん達が戦っている闘技場を横切り魔王のいる逆サイドまで到達した。リンカのパワーバランスどうなってんだよ!


「大丈夫ですか? タケルさん」


 心配そうに話しかけてきてくれたその声の主は、漆黒の蝶の羽根をまとった美しい魔族の女性ドルフィーナさんだった。この世界で俺の知る限りケインズを除いて唯一まともな人だとも言える。


「あはは、みっともない所を見せちゃいましたね」


「良いですよ、お茶目なタケルさん大好きですから」


 特にお茶目で転がったわけじゃないけどドルフィーナさんが良いならなんかもう良い気がする。


 ドルフィーナさんは、仰向けになっている俺の顔を覗き込んだ。長い髪の毛が頬を撫でる。ち、近い……

 高鳴る鼓動を何とか抑え込む俺。


「ふふ、タケルさん、私は今回の同盟の件、とっても楽しみにしてるんですよ」


「そ、そうですか。ありがとうございます。でもあの人が勝たなきゃなんですよね」


「んーん、ホサマンネンかぁ。筋肉だけは評価出来るけど小細工は無理そうですね。ひたすら体当たりして砕け散るくらいかしら」


 一時期バルセイムの軍隊に潜入していたドルフィーナさんは、ホサマンネンさんの事を良く知っているのだ。


 だけど砕け散ってもらったら困る。


「なんとかヒントくらいは伝えたいと……」


 言いかけた俺に手を伸ばすドルフィーナさん。

 起こしてくれる為に差し出された手を照れながら握る俺。


「あら、タケルさん、この指輪って?」


「ああ、これあんま役に立たない魔道具なんですよ。俺の心の声がダダ漏れになり酷い目に合うのを防ぐっていうか……」


 いや、待て! なんでコレ忘れてた!!

 この指輪を使えばホサマンネンさんだけに俺の声を伝えられるじゃないか!


「ありがとうございます! ドルフィーナさん! やっぱりあなたは、勝利の女神です!」


 興奮した俺の声にドルフィーナさんは驚きそして穏やかな笑みを浮かべた。


「よくわかりませんが良かったですね!」


 魔王やシュベルトには、負ける気はしないがこの笑顔には勝てないや……

 あらためてそう思った。



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