第134話 キレた男
立ち上がったホサマンネンさんは、首をコキコキ鳴らして大きく息を吸った。
「ふう、どうやら剣のお陰で助かったようですな」
なるほど剣が、クッションになりホサマンネンさんのダメージを軽減したというわけか!
壁に刺さったままのホサマンネンさんの大剣は、刃をこちら側に向けて縦に突き刺さっている。
って、これ全然クッションになって無いじゃん!
よく見ればホサマンネンさんの背中薄っすら切れてるよ! 背中には大剣で出来た刀傷があり血が滲んでいる。まるで背を向けて逃げた敗残兵のようだ。
「切れてますよ! ホサマンネンさん!」
「はて、ズボンのゴムなら大丈夫なようですが?」
いや、ズボンのゴムの話は、してないからっ!
「だいたい何で鎧を付けてないんですか!!」
ホサマンネンさんの上半身は、一張羅の筋肉じゅばんだけであった。
「申し訳ない、タケル殿。あれはお爺さんから貰い受けた大事な形見でしていざという時以外に着れないんですよ、たはは」
たははじゃねえ! 今がいざという時だよ!
「おい、随分さっきと様子が違うようだな。そろそろ本気でやろうじゃないか」
待ちくたびれたのか、ソフトロックは岩のような手のひらを握り込み拳を作った。その拳の大きさが既にホサマンネンさんの身体ほどの大きさがあるように見える。
「ああ、良かろう、本気で来るがいい。さもなければ敗れた時に悔いが残るだろう」
一体何処に自信を隠し持っていたのかホサマンネンさんのセリフには余裕が見受けられる。先ほどの壁への強打でどうにかなってしまったのだろうかと心配だ。
「くくっ、貴様のようなチビ助に我が負けるだと! 随分笑わせやがるぜ!」
「お前の所の魔王様もあまり私と変わらないくらいチビ助だがいいのか、今の発言?」
ろ、論破だ! あのホサマンネンさんが敵を論破したのだ。今日一番俺を驚かせたのはこれだと拡散したい!
「くっ、う、うるせえええっ!」
しどろもどろになり三下口調のソフトロックの拳が、ホサマンネンさんへと向かう。
「無駄だな……」
片手を挙げたホサマンネンさんは、その拳を受け止める……わけもなかった……
瞬時に跳ね飛ばされ背後にいた魔族の群れに突っ込みそのままゴロゴロと転がった。巻き添えを食った者が何人か倒れている。今度は、魔族がクッションがわりになった様だ。
「おい、大丈夫かっ!! ブルブル!」
「ああ、すまんな。 だが俺よりも倒れた皆の方が心配だ!」
「心配するな! 死んじゃいない! 俺達の為にもアイツに勝利してくれ! それが一番のお返しだ」
ホサマンネンさんの周りには魔族達の輪が出来ていた。もうあんた魔族で良いんじゃね!
「一番……か。私が、一番好きな言葉だ……」
繰り返しだな、こりゃ、熱い熱血みたいな事になってるじゃん! いい事言ってる風だし!
しかし魔族がホサマンネンを応援してるところをみるとあのソフトロックは、よほど嫌われてるんだな。その辺りは、仲間意識が薄いんだろうか、それが魔族だって道理なら同盟を結んだとしても気をつけなきゃな。
「敵に憐れみを受けるなど笑止千万! ブルブルよ、いくらイキがっても我に勝つ事は、魔王城の来場記念品をもらえる確率ほどしかあるまい!」
この前もらったよ、ソレっ!
ふむ、だとすると結構勝ち目はあるんだろうか?
ひょっとするとあのソフトロックって奴は、自信が無いんだろうか? 弱点でもあるのかな?
見た目に騙されて本質を見落としているのなら良く観察し直さないとな。
これまでの行動の中でもソフトロックは、ほとんど攻撃を仕掛けてきていない。それは、余裕の表れだと思っていた。でも、その前提が違ったとすれば……
「ホサマンネンさん! 身体強化の魔法は?」
「はっ! もちろん、いや、直ちに!」
掛けてないのかよ! おいっ!
「急いで下さい! 相手は、待ってくれませんよ!」
慌ててむにゃむにゃと詠唱するホサマンネンさん。さっきの言い訳する暇があったら唱えとけと言いたい!
だとすればホサマンネンさんは、ソフトロックのさっきの攻撃を素で受けた事になる。いまあからさまにホサマンネンさんに魔法を唱えさせたのにソフトロックは、それでもその間の攻撃行動を起こしていない……
何かある……!
正直な所ホサマンネンに勝機があるとすればそこを突くしか無いような気がする。
魔族の応援を受けるという謎の事態の中、詠唱を終えたホサマンネンさんは、俺にいいねをしている。まったくもって不安しかない。
しかし、さっきからの魔族との交流というか同情というか、それを考えると同盟への階段は着実に登っているような気がするのは間違っているんだろうか?
ホサマンネンは、クラウチングスタートの姿勢を取っている。俺の世界のアスリートなら爆発的なダッシュ力を生むはずだ。ましてやホサマンネンさんは、身体強化の魔法をかけているのだ。
それでも体格差を考えると玉砕も有り得る。
俺が、敵の弱点を見付ける隙もなくホサマンネンさんは魚雷のようにソフトロックの元に飛び込んで行った……
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