第131話 埃だらけ勝利
「しかし、いい闘いでしたな。タケル殿」
ホサマンネンさんは、既に勝敗が決したかのようにまったりとくつろいでいる。
「いや、まだ終わってないから! フラグ立てないで下さいよっ!」
「はて? フラグとはどういう意味ですかな、タケル殿。どう見てもキュレリアの勝ちは決まったように……はっ! こ、これはもしかして私の出番がっ!」
ホサマンネンさんだけじゃなく、他の仲間達もキュレリアの勝ちをほぼ確信している様子で渋い顔をしている。何故だかクラッカルまで渋ヅラだ。
ここまで勝利を喜ばれない奴も珍しいよな……
「タケルも飲む?」
「また、何か飲み食いしてんのかよ、メル」
メルは、俺にコップを手渡した、相変わらずの緊張感のなさだ。
「毒入ってないよな……これ」
「私も飲んだから大丈夫、大丈夫、お兄さま」
ありさが言うなら大丈夫……だろうか?
そもそも大丈夫と言われて大丈夫だった試しはないのが世の常というか、この液体なんだか緑っぽいような……
まさか……
ドサッ! 同じように珍しくリンカに飲み物を勧められていたホサマンネンさんは、液体を一気に飲み干してぶっ倒れた。
これアレじゃん!! みどり汁だよ!
どうりでみんな渋い面をしている訳だよ!
一気飲みなんて命に関わる案件としか思えん!!
みどり汁は、俺が以前メルの家に行った時、メルのおばあさんのミレシアさんが飲んでぶっ倒れた健康飲料? ……のはすだ。
だが、それ以来俺は密かにこのみどり汁を「魔女ごろし」と呼んでいる。
あっぶねえーーーーっ!
もはや劇薬だよコレ!
こいつら自分達が酷い目にあったんで犠牲者を増やそうと……くっ!
「タケルさま〜ん、キュレリアは、キュレリアは、遂に勝利を手に入れました。どうぞ恥ずかしがらずにいっぱい撫でてくださいね」
誤解を招くような発言はやめて欲しい……です。
他の奴らはともかく当のキュレリアが、一番舞い上がっているようだ。
しかし、最早ローゼンダークに対抗策が有るようには見えなかった。このままキュレリアは、剣を振り下ろせば良いだけだ。
「さあ、これでお終い……」
振り下ろされた剣は、ローゼンダークの身体を貫く……事は無かった。
キュレリアの手は、まるで鎖に縛られたように直前で止まってしまったのだ。
それは、ローゼンダークが仕掛けた姑息な小細工のせいだった……
「な、なっ、どうしてタケル様が!!!?」
ローゼンダークは、鎧を変化させてその姿を俺そっくりに変えたのだ!
「キュレリアっ! 見た目に構わずやっちまえ!」
俺の言葉にキュレリアは、顔を伏せる。
「出来ません。タケル様へ攻撃するなど……」
どうやら俺の余計な一言が、更にキュレリアの動きを封じることになってしまったようだ。
その後の展開は、一方的だった……
反撃の出来ないキュレリアに対してローゼンダークは、ここぞとばかりに双剣で攻め立てる。
戦意が無くなれば防御も粗くなり少しずつキュレリアの装備は、刻まれていった。
そしてカミナリの様な魔法が、キュレリアの身体を貫いた時、彼女は、意識を失い床に崩れ落ちた。
相手が、魔族であるなら手段を選ばない戦いもあるのだろうが、なんとも後味の悪い対決に終わった。
「ふふ、最後の詰めが甘かったですわね。所詮あなたは、ボロ雑巾の様に寝転がっているのがお似合いだわ」
捨てゼリフを残して踵を返すローゼンダークの言葉は、キュレリアの耳には届いていないだろう。
お前は、よくやったよ……
力じゃ決して負けてなかったんだ。
きっと魔族達にも人間の強さが伝わったはずだ。
負けじゃないよ。
「お疲れさま……キュレリア」
俺が、倒れているキュレリアを両手で抱えあげると薄目を開けた彼女は、微かに唇を動かした。
「タ、タケル……さま……ごめんなさ……い」
「バカだなぁ、謝るより自分の身体の心配をしろよ!」
「はい……ごめんなさい……うぇっ、ぐすっ」
キュレリアは、また同じ言葉を繰り返す。その目からは、いつしか涙が溢れていた。
「キュレリアは、優しいな。姿だけとはいえ仲間に攻撃したくなかったんだよな。俺は、それが逆に人間の強さだと思うよ」
「仲間じゃ無くて……」と言いかけた言葉を呑み込んだキュレリアは、眠るように気を失った。
ローゼンダークは、土壇場で掴んだ勝利に歓喜し自軍の元へ帰るといつの頃からかそこにいた人物を見つけ顔をほころばせた。
「まあ! ドルフィーナ様! 見ていて下さったのですね! 私あの生意気な小娘に勝ちましたわ!」
「……勝った? あなたの勝利に魔族の誇りはあったのかしら? 少なくともあの娘は、大切なものの為に負けを選びました。あなたは、勝たせてもらったに過ぎないわ」
ドルフィーナさんの冷たい眼がローゼンダークを威圧する。こんなにも厳しい顔のドルフィーナさんの顔を見るのは、初めてだった。
褒められることを期待していたローゼンダークは、何が起こったのか理解が追いついていない。
「で、ですが……」
やっとの事で口を突いて出たのは、か細い呟きだった。
ドルフィーナさんは、その間合いでローゼンダークの胸ぐらを掴み、宙に吊り上げる。
「戦場で生き残る為に策を練るのは構わないわ。でもこれは、種族間の信頼を見極める戦いなのよ。魔族は、小ずるい手段で勝ちを収めたとあなたは、胸を張って言えるのかしら!」
目を見開くローゼンダーク、ドルフィーナさんの言わんとしている事が彼女にもようやく理解できたようだ。
「も、もも、もうしわけございませんでした。私は魔族の誇りを汚し埃だらけにしてしまいました。もはやこの命を絶ってお詫びを……」
呆れた様子でローゼンダークを見つめるドルフィーナさんは、ゆっくりと彼女を降ろしその頭に手を置いた。
「あなたが死んでも詫びにはならないわ。策に逃げた自分の弱さを認めてやり直しなさい。小細工などしなくても強くなれる自分を信じなさい。そして……いつか私を超えなさい!」
ただ呆然とドルフィーナさんを見つめていたローゼンダークは、ハッと我に返り姿勢を正す。
「はいいっ! 命に代えても!」
ローゼンダークの返答にドルフィーナさんはようやく笑みを見せたのだった。
しかし、俺たちの方は、またまた窮地に立たされてしまった。ホサマンネンさんに勝算があるのだろうか? それ以前に大丈夫なのか当の本人は、未だぶっ倒れたままだったのだ。
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