第130話 トランプ カード

 幼い魔族の娘ローゼンダークの身体は、キュレリアが振るうバラの鞭に何度も何度も打ちのめされる。


「くっ、ま、負けるもんですか。あんな邪悪な者に私は、決して屈しない」


 身体中傷だらけになりながらも健気にも気丈に振る舞うローゼンダーク。一体どっちが魔族だよ!


「あはははははっ、いいザマね。せいぜい踊りなさいな!」


 キュレリアへと周囲から沸き起こる非難の声。


「悪者だな」

「悪者だね」

「極悪だと思う」


 いやお前ら味方、味方!

 俺の仲間の言い方ひでえよ


 しかし、実際どう見てもキュレリアは、ダーク側の人にしか思えない。


 キュレリアのムチは、ローゼンダークの足を捉え動きを完全に封じた。


「いーひっひ、さあどうやってひん剥いてあげようかしら」


 遂に本物になったのか! キュレリアっ!

 対決前には、こんな布面積のせめぎ合いになるとは誰も予想しなかっただろうし、さすがに軽くひくわー。


 窮地に陥ったローゼンダークは、さぞかし焦りの表情を浮かべて……


「なっ!」

 思わず声を上げる俺!

 ローゼンダークは、嬉しそうにも見える笑みを浮かべて対峙するキュレリアに視線を送っていた。


「も、もっと……」


 お、おお、おいっ! 何だよ、もっとって!!

 いろんな意味で俺の背中に変な汗が湧き上がる。


 逆にボーゼンと立ちすくむキュレリア。

 だよな、だよな。ヤメローッ!


「こ、これはトンデモないドMに出くわしたものね!!」


 辛うじて意識を回復したキュレリアも予期せぬ事態にカップ焼そばにお湯とソースを入れてしまった時のように動揺していた。


「えっ!? はっ! ちがっ! 違うし!! 私は、もっと奥の手を出しておけば良かったって……」


 慌てて弁明する幼女の魔族は、顔を赤くしたまま周囲の視線を伺ってキョロキョロしている。


「可哀想に……さあ終わりにしましょう」


 再び双剣を手にしたキュレリアが、最後の攻撃を繰り出す。ムチで絡め取られたローゼンダークは、当然身動きが取れぬままだ。


 振り下ろされた刃は、闘いに終止符を打つはずだった。皆がそう思っていた。


 キイィィーーーーン!


 カン高い音が闘技場に響き渡り鼓膜を痛いほど震わせる。

 キュレリアの顔が、驚きと疑問に変わる。


「な、なぜ?」


 双剣を受け止めたのは、紛れもなくローゼンダークだったのだ。


「言ったでしょ! 奥の手だって」


 声の主は、未だムチで縛られているローゼンダークだ。しかし、キュレリアの攻撃を弾いたのもローゼンダークその人だった。


「なっ! ぶ、分身っ?」


 その隙を突いてローゼンダークを縛るムチを剣でブッタ切る彼女の分身。


「ご苦労さまだったわね」


 分身の働きをねぎらうローゼンダークは、再び態勢を立て直した。どちらも手には、同じ双剣を携えている。


「さあ、形勢逆転と言ったところかしら、ふふ」


 分身だって! 魔族である彼女の持つユニークスキルなんだろうが、これ反則級だろ!


 更に二人のローゼンダークは、あろうことか身につけていた衣服を脱ぎ去った。


「ダメです! タケル様っ!」


 瞬時にクラッカルが俺の両眼を手で覆う。

 そんな状況でもないんだが……


「あっ、あれは!? タ、タ、タ、タケル殿っ、大変ですぞ!」


 ホサマンネンさんの叫びは、俺の心を激しく揺さぶる。もちろん勝負の行方が気になるからだ。

 1ミリもよこしまな気持ちは……無い……はず!


 俺の眼を覆っていたクラッカルの手が、外され視界が自由になると二人のローゼンダークの様子がわかる。


「なんだアレっ! 鎧? いや鱗か?」


 硬い外皮に覆われたその姿は、古代魚の鱗を想像させた。恐らくキュレリアの攻撃のダメージは、それほどでは無かったのだろう。


「本当にコイツ一般兵なのかよ!」


 それにしちゃあ、やけに引き出しが多すぎるのだ。


「タケル、もしかして……」


「どうしたメルっ!」


「さっきの刺身ってアイツの……」


 いや違うから、多分……


 闘技場に漂う空気も気のせいかひんやりと頬を伝う。諸々のドン引きによるものでもないんだろうけど……


「ふふふっ、そろそろ仕留めるかしら」


「仕留める? 誰を? このキュレリアを? ハッタリでも笑えないわね。本当の敗者がどんなものか教えてあげるわ」


 キュレリアは、魔力を高め体外に放出を始めた。

 オーラとなった魔力は、彼女を包み形を変化させていく。


「つ、翼っ!?」


 漆黒の翼を備えた鎧を身にまとった姿のキュレリア。


「ヴァルキリーモード換装っ!」


 おお! 強いのかは不明だけどちょっとかっけぇ!


「ふん、見かけが変わっただけじゃない」


 口調と裏腹にローゼンダークの顔は、強張っていた。その気持ちの表れかどうかは、わからないが間髪入れず攻撃を開始する。


 1人目の攻撃を受け止めたキュレリアの背後から別の1人が双剣を振るう。


「キュレリアっ!」


 俺の叫びも間に合わず背中に斬撃を浴びる。


「ざ、残像……!」


 背後のローゼンダークの攻撃は、空を切った。

 離れた場所に表れ2人のローゼンダークを見つめるキュレリア。


「随分、慌てているのね。時間制限でもあるのかしら?」


「くっ、うるさい、うるさい、うるさいですわ!」


 過剰な反応を見せるローゼンダークの様子は、キュレリアの言葉が遠からず的を得たものである事を示していた。


 更に攻撃を続ける2人のローゼンダークだが、ことごとく残像によりかわされていく。


「タケル殿っ、強くなった秘密はあの羽根に違いありませんな! くうっ、私も羽根があれば」


 そう言って両手をバタバタさせるホサマンネンさん。口は、尖らせなくていいと思うが……


 そしてかわいい羽根が付いたホサマンネンさんは、きっと誰も見たくない……


「それは、キモいし変だぞ、ホサマンネン!」


 メルは、いつもド直球だ!


「ワッハッハ、既に超人の私が、鳥人になるのは確かにヘンテコですな」


 そんな寒いダジャレは、いらねえ……


 むしろヘンテコなのは、そのポジティブシンキングのほうだろう。

 そんな超くだらないやり取りの中でも闘いは続いていた。


「まず、ひとり目!」


 キュレリアが、一体のローゼンダークの胸を貫くとその体は霧散した。たぶん分身の方だと思う。


「くっ!」


 あとが無くなったローゼンダークは、焦りと悔しさに奥歯を噛みしめる。


 キュレリアの優位を保ったまま、いよいよ勝負の決着はつこうとしていた……







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