第121話 バルセイムへの帰還

「メル、メルちゃん、メルっち……おおおっ!」


 ついに壊れたか魔王!

 ブツブツとメルの呼び方を考えている魔王様。

 心底どうでもいい!


「どれが良いかの? タケル」


 ウゼーーーーーーっ!


「メルでいいんでないですか……」


 投げやりな態度で不快感をアピールする俺!

 恐らく勇者などとは程遠い濁った感情のオーラが魔王へと向けられている。


「おほっ、やはりそうかタケルっ! ここはサクッと呼び捨てじゃな!」


 ジト目で魔王を見ながらつのる不安感にボヤきそうになる。

 もう同盟断っていいかな俺……


「おーい、メルやこっちに来なさい」


「嫌だよ!」


「ええ〜っ! じいちゃんだよ! 怖くないんだよ」


 メルは、咄嗟に指で十の字を作り魔王に向かってその指を差し出し、少しばかり後ろにステップした。この世界にいるのかわからないが魔王はヴァンパイヤじゃないんだよ、メル!」


「うわ〜っ! や、やられた。超強いな、メルは!」


 満面の笑みで応えるじじいは、最早魔王としての全てを捨てていた……


「あのーっ、もういいでしょうか?」


 茶番に耐え切れなくなり、孫とのふれあいタイムをバッサリ断ち切る俺。


「ゴ、ゴホン! 条件は、伝えた通りじゃ! 帰って準備をするが良い」


「分かりました。メルを含めた俺の仲間の三人は参戦しません。その代わり魔王様の方でも幹部クラスの人選を避けて頂けますか?」


「ああ、良かろう! あくまで平均的な力量を測ることが今回の眼目となる。だがそれでも我々の優位は変わらんだろうがな」


 魔王の言っている事は、事実には違いない。魔族と人では元々の潜在能力に大きな差があるのだ。鍛えなくとも生まれながらの強さを持つ種族は、レベルを上げるといった考えを持たないのだ。


「それはどうでしょうか! 俺達は、日々成長してます! ご期待通りにいくとは限りませんよ」


「そうか、ならば少しは楽しめそうだ。お前の言葉を信じるとしよう」


 魔王は、少し口元を緩めたように見えたがその真意は表情からは、うかがい知れなかった。だが、やるべき事は決まったのだ。そこに疑いもなく迷いもなく真っ直ぐに進むだけでいい。


「さて帰ろうか、みんな」


 俺の掛け声に皆は頷く。帰ってすぐに兵士の選抜をしなければならない。魔王の提案した期日は三日後であったが一刻も早く同盟を結ぶ必要がある事を考えると異論はなかった。


 帰る方法は、転移の魔法でと考えていたのだが、こちらの手の内を晒す事もないと考え一旦魔王城を出ることにした。


 門に差し掛かるとドルフィーナさんが待ち構えていたかの様に近付いてきた。


「タケルさん、お話は、どうなりましたか?」


 俺は、さっきの経緯をドルフィーナさんに説明しながらキュレリアから回収したブタの貯金箱を手渡した。


「そうでしたか、魔王様にもお考えがあるのでしょう。私もシュベルトを警戒して城の外の警備にあたっています。奴がそうノンビリしている性格ではないと分かっていますので」


 そこまで言うとドルフィーナさんは、潜めていた眉を和らげニッコリと笑った。笑顔のお姉さんには、なんとも言えない安らぎを感じるよね


「タケルさん、あのキクラゲ娘から貯金箱を取り返して頂きありがとうございます♪ これはお礼の気持ちです♪」


 顔を近づけ唇を差し出すドルフィーナさん。

 しかしその姿は一瞬で消えた!


 というか俺が吹き飛ばされていたようです……

 いつものごとく城の門の扉にめり込む俺。


「ぐっ、はっ……」


「ふう、危ない所でしたタケル様っ! 今この魔族から呪いを受けようとしていましたので、このキュレリアが全力で排除致しました!」


 いや全力で排除されたの俺なんですけど!!

 かろうじて突っ込み終えた俺はそのまま気を失い、気がつくとバルセイムの城の中にいた。


 正確には城の中庭のあたりだろう、ここからは空がよく見える、対空防御を考えるとあまり望ましくない創りなのだがこの城が建造された当時は平和だったのかな、などとボンヤリとした頭で考えていると寝かされていた俺の目の前にひょっこり現れた誰かの顔。


「大丈夫? お兄ちゃん!」


 わわわっ! 近いよヒナ! 今にも鼻がくっ付きそうな距離で話しかけるヒナ。


 どうやらまたヒナにひざまくらされていたらしい。顔に垂れたヒナの髪が少しくすぐったい。


「あ、ああ、大丈夫だよ……それよりみんなは?」


「うん、王女様が転移魔法で連れてきたから心配ないよ。いま城のみんなに事情を説明してるはずだよ」


「そうか、だったら俺も行かなきゃな」


 身体を起こし立ち上がるとヒナが心配そうな顔で見つめている。


「ありがとう、もう大丈夫だよ」


「うん、わかった。でもそうじゃなくて私は、一度魔王城に戻ろうかと思って……」


「そうか、ドルフィーナさんが心配なんだな」


「うん、ドルちゃんが外で警備なんてやっぱり人手不足としか思えないよね」


「優しいなヒナは」


 俺はヒナの頭を撫でてやった。ヒナは小さい頃のようにえへへという顔をして笑った。


「よし、じゃあ俺達の代表を選びに行こう! メル、リンカ、アリサっ、それからマシュ、そんな所に隠れてないで出てこいよ」


 同じくえへへという顔で柱のかげから姿を現わす仲間達。


「タケルっ、もう大丈夫なのか!」


「タケル、帰って来ると信じてたぞ!」


「お兄さま、心配していた」


「キューゥ」


 キュレリアに跳ね飛ばされて気絶していただけなのでどうにも恥ずかしいのだが……


 城の会議室に向かおうとする俺達をまるで呼び止めるかのように話しかける声があった。


「なるほど、あなたがタケル殿か……」


 突然現れた人影は、俺の方へゆっくりと近付いてきた。だがその姿には、見覚えがあった。


「どうしてあなたが!! あなたは確か……」


 長い金色の髪、鎧をまとった凛とした佇まい、そして腰に携えた剣は王道騎士のそれを感じさせる。紛れも無いその外見は、国王軍隊長ザナックスその人であった……






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