第120話 舐めんなよ
「魔王様、俺達、いや、バルセイムと同盟を結んでもらえませんか」
魔王は、静かに目を閉じて口元を歪める。その表情からは肯定も否定も読み取れない。
「ふふ、タケル、お前は我ら魔族と同盟を結ぶなどと非現実的な事が本当に出来ると思っておるのか?」
「俺は無茶な事を言っているとは思ってません。仲間にだって魔族の血を引く者はいるし、ここで厄介になっているヒナだって人間です。ならその壁を取り払う事も出来るはずです」
真っ直ぐに突き出した手を今度はアゴに添えて思案する魔王。紛らわしい動作はやめて欲しい、一瞬身の危険を感じたよ、俺。
「ふむ、言いよるな! だがお前達が裏切らぬ保証はない。そして同様に我らもな」
「それはないって言い切れますよ。なぜなら俺の仲間のひとりは、ミレシアさんの孫だからです!」
「な、なんだと! ミレシア……様の……」
いや、様ってアンタもと旦那じゃねえのかよっ!
だがこれは予想以上に魔王の琴線に触れたようだ。
産卵前の鮭が川を遡るようにあるいは、水面下で水鳥が高速で足をバタつかせるようにシナプスを活性化させて膨大な文字の組み合わせから最も有効な言葉を選び出し魔王に突きつける。
「ダメならミレシアさんに相談しょっかな」
「ま、まま、待てっ! タタ、タタケリュ!」
魔王様、噛んでる噛んでるっ!
動揺し過ぎだろ、アンタ!
「はい、何でしょうか、魔王様」
魔王は平静を装う為か眉間にしわを寄せて、笹の葉のように更に目を細めた。
やはり怖ええよ、その顔!
「同盟を結びたいとは既にシュベルトの事は知っておるのじゃな?」
「ええ、奴の恐ろしさもね」
「ふむ、確かに我々が同盟を結ぶ事は有効な手段かもしれん。しかしただ了承するだけでは皆が納得せんじゃろう。魔王の命令は絶対とは言わぬまでも皆ワシの命に従うじゃろうが、それはうわべだけの話にしかならない。タケルよ、その同盟には条件をつけさせてもらおう」
「条件……ですか!?」
「ああ、そなたの国の兵力を示すのだ。お互いの軍より代表となる3名が闘い、お前達が勝利すれば我等魔族は、共闘に価する戦力と認めよう。ただし、代表の3名は一般の兵士より選ぶのが決まりじゃ。タケルとお前の仲間連中はもちろんダメじゃな」
やられた! 魔王は、同盟を成立させる可能性を残しつつも難易度の高い方法を一瞬で考えたのだ。
これ無理ゲーだよな……
だけど断るなら話が立ち消えになるだけだ。単純な提案だが魔族達に力を示せとは本当に上手いやり方だ。
「わかりました! その勝負お受けしましょう!」
「ええっ!」
承諾の言葉を返したのは俺ではなくバルセイムの王女クラッカルだった。先程までお菓子の家を食べ尽くそうとしていた彼女と仲間達はいつの間にか俺のすぐそばに来ていたのだ。
驚きの声を上げる俺にクラッカルは、クスリと笑い、唇に付いたチョコレートを舌でペロリと舐めた。
「魔王陛下、あまり私の国の兵士を舐めないで頂けますか! あなた方の方こそ同盟を結ぶに相応しい存在かこちらも確かめさせて頂きます」
あんたも舐めてるけどなチョコレート!
一歩も引かないクラッカルの姿勢、初見で魔王にここまでの啖呵を切る人間はいないだろう。
「そうだ、じじいっ! ベットでぬいぐるみを抱きながら震えて待ってろ!」
なんで喧嘩腰なんだよメル! と言うかお前も始めて会うのによくそんなセリフが出るよな。
魔王の顔は強張り小刻みに震えている。恐らく怒りに満たされた感情は暴走寸前なのかもしれない。
こいつはヤベえな俺は密かに腰の剣に手を掛けた。
「くっくくくくくっ、うあっははははっ!」
予想に反して愉快そうな笑い声をたてる魔王。
「笑い事じゃないよ。あたしは怒っているんだよ。じじい!」
メルの言葉に魔王の顔が益々ほころんだ。
「いや、気を悪くするな。別にお主らを低く見ておるわけではない。ただ、今の魔族どもは上への不信感で士気が著しく低下しておる。今一度、その底上げをする必要があるのでな。しかし人間のくせに全く物怖じせん愉快な娘じゃ」
俺は仲間の前でメルの身の上を話して良いものかどうか迷った。だがこんな機会は再び訪れるとも限らない……ならば。
「物怖じしないのも当然です。その子は、メルは、あなたの孫なんですから……」
俺が告げた言葉で魔王の眼はこれ以上ないほどに見開かれた。流石のクラッカルも石化したように固まってしまった。
そしてメル自身もええっと両手を挙げて……
と言うか知ってるだろ! お前は!
こうして個人情報を漏洩しつつ駆け引きは続いていく……のかな。
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