第119話 黒を見据える王女

「おい、そこは違うだろう! ああ配置が重要だと何度も言ったはずであろう!」


 いきなり飛び込んだ魔王の部屋では荒々しい声が飛び交っていた。作戦会議の最中だったならタイミングが悪すぎたのかもしれない。


「そこのくり抜いたマルカボッチャにロウソクを入れるのじゃ! そうそう雰囲気を大切にな」


 マジかよ! 部屋中に飾り付けられたロウソクや魔女っぽい装飾類……

 ハロウィンの飾り付けじゃんコレ!

 いや、雰囲気完全に間違ってるだろ!


 部屋の入り口で放心した様子で立ちすくむ俺に気が付いた魔王。


「ふむ、お前は、確かタタケルだったかな」


 以前訪れた時に緊張でカミカミだった俺はタタケルと名乗ってしまったのだが……う〜む!


 しかし相変わらずの鋭い眼光に細胞が反応するのだろうか思わず身体がすくんでしまう。そして未だ俺の名前は間違って覚えられているのだった。


「すまんな、飾り付け間に合わんかった……」


 いや誰もそんな飾り付け期待してないですからっ!


「いえ、覚えて頂いていたなんて光栄です」


「ああ、一度聞いた名前は忘れんさ。名前から呪いの魔法を使う事もあるのでな」


 なにそれ! こわっ!

 タタケルで良かった!!


「間違ってるよ! じじい! タタケルじゃなくてタケルだよ」


 おいいいいっ! 余計なこと言うじゃねえ、メルっ!!


「なにっ! タケルじゃったか! タタケルは、どうもリズム感が悪いと思っておったのだが……ふむ、ならば唱えやすいな」


 なにを唱えるつもりなんだよ! 魔王様!


 眼を細め口元を緩める魔王の眼光はやはり鋭い。その姿は魔族を統べる者に相応しく思える。本当にケインズの言うように更に強大な上の存在があるのだろうか?


「タケル……」


「な、何ですか? 魔王様」


 地の底から響くような紫色の重厚な声に思わずたじろぐ俺。足が地についていないような錯覚にさえ落とされるようだ。



「プチ家出って知っておるか? ん?」



 ん? じゃねえよじじい! プチ家出なんて言葉、魔王のセリフじゃねえだろっ!



「いや、良く聞こえなかったんですけど……」


「ぷ・ち・い・え・で、じゃ! 知らんのか!」


「はあ、それがどうしたんですか?」


 ヒナが吹き込んだ余計な知識に違いないのだが、それにしても……


 魔王は、俺の仲間に聞こえないように顔を近づけ声をひそめた。


「実はヒナが帰ってこんのじゃ、そこでワシはピンときたんじゃ。もしやコレはプチ家出じゃないかと」


 確かにヒナは、ここまで長く魔王城を留守にした事はなかったのだ。というかずっと俺とバルセイムにいたから当たり前だけど……


「そこでこのワシの部屋をいい感じにすれば或いは戻ってくるのではないかと考えたのじゃ」


 なるほどだからこのゴテゴテとした飾り付けというわけか。だけどヒナが出て行ったんだとしてもそんな単純な事で戻って来るわけがない。


「ええっ、なに、この飾り付け……」


 ほら、俺の仲間達の反応を見ればやや引き気味なのがわかるよね。


「超かわいい!」


「このコウモリの羽根付けられるみたいだよ」


「こんな部屋に住みたいです」


 いたよ! 単純ども!


 リンカとメルは、眼をキラキラさせながら飾り付けをベタベタ触っていた。アリサとヒナも魔法使いの帽子をかぶり杖を振り回している。

 キュレリアのつけたコウモリの羽根が意外と似合うのか腹立たしい。



 鋭い眼を更に細めて笑みを浮かべる魔王。


「そうじゃろ、そうじゃろ」


 そうじゃろ、じゃねえ!

 いや、大事にしようよ魔王のイメージ!

 まるでクリスマスに自宅に電飾を飾り付けるお父さんと何ら違いがない。


 その中でもクラッカルだけが厳しい眼差しで部屋の一点を見つめていた。


 やはり一国の代表、揺るぎない使命感が彼女を支えているのだろう。


「魔王よ、私はバルセイムの王女クラッカル、あなたに少し聴きたい事があります」


 ようやく話を切り出したクラッカル。その場に緊張が走った。グライドだけはずっと緊張しっぱなしで固まってるけど。


「バルセイムの王女が、どんな要件かな」


 魔王がキリと顔を引き締める。とても怖いんだが……


「あの部屋の奥にある小さな家はもしかして……」


「さすがは王女よ、よく気が付いたというべきか! アレはお菓子の家じゃ!」


「やはりそうでしたか。味を調べても問題ないのかしら」


「構わん、毒など入っておらんからな」


「ご厚情に感謝致します」


 もうおかしいだろうアンタらのやりとり、いや、お菓子の家だからか、合っているのか!?


 混乱する思考をよそに眼を輝かせてお菓子の家に駆け寄る王女。勿論他の奴らも黙っていない。


「んん〜〜ん、美味しい!」


「この黒い屋根は、何で出来てるのかしら今まで食べた事がないお菓子だわ」


 恐らくヒナの作ったこの世界に無いチョコレートだろう。


 期待はしていなかったメンバーだが予想以上にポンコツだった。


「しょうがないな……」


 俺は、ひとり魔王に歩み寄った。


「魔王様、大事な話があるんですが」


 決意を固めた俺の姿は魔王の瞳に映り込んでいた。






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