第111話 波乱の会議ですね

 シュベルト率いる反勢力は仮にS軍と名付けよう。魔王軍でも精鋭達を引き入れたS軍は、数の上では劣るものの戦力では魔王の正規軍を上回るかもしれない。


 だが魔王城の指揮系統が混乱して勢力が分散している今なら俺達が乗り込むには絶好のタイミングだと思えた。


「もしかしたらシュベルトの奴は、『時のグリモア』だけじゃなくこの城自体を手に入れたかったのかもしれないな」


「お兄様、私もそう思う。バルセイム城は、この辺りでは一番大きな敷地面積を持った建物。今まで何度も魔王軍の攻撃に耐えてきた堅牢さも持ち合わせている」


「だよな、アリサ。魔王城を出たS軍がまず欲しがるのは拠点とする場所だと思うんだ。しかしバルセイム城は、簡単に手に入れる事が出来ない。だったら奴らはどうする」


 俺が、城の会議室のテーブルに両手をついて立ち上がり皆を見回した。この場にいるのは国王カヌレルと王女クラッカル、一部のバルセイムの重鎮達、それに俺の仲間とホサマンネンさんだけであった。


 こちらも城の兵力を分散しなければならない状況なので慎重に事を構える必要がある。この話が外部に漏れるリスクを避けるため必要最小限のメンバーで会議を行わなければならなかったのだ。


 しかし……


「このジャム美味しいね。ちょっと酸っぱいのが程よくて……もしゃ」


 メルだけでなく全員が朝ごはんを食べていた。

 確かに皆んなを叩き起こしたのは俺だけど……


「タケルも食べなよ。このパンケーキすっごく美味しいから!」


 スイーツ大好きリンカは、もはや女の子モードになって嬉しそうにパクついている。こうしているとまるで普通の女の子だ。誰がこいつをドラゴンスレーヤーだと思うだろうか。


 この世界に来て俺は、いや俺達は急速に強くなった。おそらく運が良いのか悪いのかとんでもない敵ばかりを相手にしてきたからに違いない。


 今は、貴族らしい作法で優雅に朝食をとるグライドも最初出会った頃は、恐ろしい敵でしかなかった。だが実際は面白いだけの鼻歌男だとわかった。


 アリサは、有名な冒険作家アレンさんの娘だ。アレンさんとは面識はないが元は俺達と同じ世界の人間だとわかり、更に親しみが湧いた。思えばアリサの豊富な知識と召喚獣に何度も助けられたよな。


 ヒナは、黙ってもくもくと玉子の料理を食べていた。こんな状況で気丈に振る舞ってきた妹に敬意を表したい。お前は俺が頑張れた一番の理由なんだからな。ヒナは、俺の視線に気付きにこりと笑みを返した。安定した可愛さ、さすが我が妹よ!


「タケルっ、早く食べないとアルティメット・バナナが冷めちゃうよ」


 アルティメットってなんだよ! それうまいのか、強いのか!? メル!

 いつも気ままな行動で俺を煩わせるメル……

 寝てる時につつくとキューと鳴くメル……

 落ちたサブレを食べるメル……

 うう〜ん、いい思い出ないよ! どうなんだこれ!?

 メルは、これでも俺の一番最初の仲間で本気を出せば頼りになるんだけどな……


 しかし朝食兼ねた会議とは言え発言少な過ぎだよ。俺なんか飯も喉を通らなさそうだぜ。


 俺の仲間達は、魔王軍、今となってはS軍だけど、討伐をする気があるのかないのか……


 皆は作戦会議そっちのけでもしゃもしゃ朝食を食べている。ため息混じりにぼんやり仲間達の顔を眺めているとふと、ある考えが頭をよぎった。


 もしかしたら皆んなは、戦いに行く事を望んでないのかもしれない。本当は嫌なんじゃないのか!? そんな今更な考えが俺の頭に膨れ上がった。


 俺とヒナ、そしてグライドは、魔王軍に関わっているから別としてリンカとメルは肉親が被害にあっているし、充分な理由がある。アリサは……


 あれっ!? 他の奴らはともかくアリサだ。アリサだけは魔王軍と戦う理由がないじゃないか!

 俺のパーティのメンバーだと言うだけで魔王城みたいな危険な所に行く必要がないじゃないか!?


 ふむ、これは確かめなければならない!


 デーブルの並びは、誕生日席って言うのがわかりやすいのかどうかあやしいけれど上座にカヌレル国王が座り、後はテーブルの横並びに王国側のクラッカル王女、次にヒゲの爺さん、神経質そうな眼鏡くん、ホサマンネンさん、ほんわかとした笑顔のお姉さん? という並びで反対側の俺達のテーブルには、ヒナ、俺、メル、リンカ、アリサ、グライドと並んで着座していた。ひとまずマシュは、部屋で留守番をしてもらってる。外で何かあったら俺にもすぐ伝わるはずだ。


 アリサに話しかける為に左を向くとメルと目が合った。メルは自分を見ているものだと勘違いしたに違いない。にっこり笑って顔を近づけできた。


「タケルっ、どうぞ! あーーん!」


 メルが差し出したのは、トウモロコシ程の大きさのバナナだった。

 えっ!? ナニコレ! デカイよアルティメット・バナナ!

 不思議な事にこの世界でもバナナは、バナナらしいのだが……


「あーーんって食べる大きさじゃねぇ!」


 俺の言葉を無視してバナナを口に押し付けるメル。い、息ができねぇ!


 バン!!


 突然テーブルを強く叩く音がした。驚いた面々がその音の出所を辿り、ある人物へと視線が集まった。先程までにこやかな表情をしていたほんわかお姉さんだった……


「皆さん! いつまで朝食を食べているのですか! 国の命運を分ける会議です。少しは真剣に取り組んで下さい! 特にそこのなんちゃって勇者!」


 えええーーーーっ! それ俺が言いたかったセリフじゃん! なんちゃって勇者は、当たってるけど! メルのせいで怒られたよ、俺。


「おこだね! あの人」


 いや、お前のせいだろ! メル!


「少し冷静になってはいかがかな。ブラックワードさん」


 クールに決めたメガネ君が、ブラックワードさんと呼ばれたほんわかお姉さんを諭した。


「グラッサン、あなたはいつも他人事でヤル気が感じられないのよ」


 ブラックワードさんは、メガネ君にも怒りの矛先を向けた。


「そう見えるのは勝手ですが、ヤル気がないわけではありません。このグラッサン、常に冷静沈着が座右の銘でして色眼鏡で見られる事も珍しくはありませんが……ふふっ」


 いや、色眼鏡で見られるのは、アンタの名前のせいだと思うけど……


 ともかくブラックワードさんの言う事はもっともだ。呑気に朝食を食べている場合じゃない。俺は、ブラックワードさんに謝り、再び話題を戻した。


「俺の考えとしては、魔王城には少数で乗り込みたいんだ。まず魔王側と話をつけ、その後S軍との交戦の対策を立てる予定だ」


 俺の意見にブラックワードさんが、ほんわかとした表情で返答を返す。


「タケル隊長のおっしゃる事は理解できます。しかし、私も作戦参謀の役を担う者、それが決して容易な事ではないと予想しています」


 って、ブラックワードさん、作戦参謀なのかよ!

 俺は、てっきりメガネ君が参謀だと思ってたよ!


「確かに厳しいミッションになるでしょう。だがタケル隊長の考えでは少数での行動となります。それならば我が清掃部隊としても人材を取られる事はありませんね。私はその考えを支持致します」


 グラッサンさんは、右手で眼鏡を直した……


 おい、この場に必要なのかよ、メガネ君!


「皆さん! 聞いて下さい!」


 沈黙を続けていたクラッカルが口を開いた。その場の空気が変わり、皆が緊迫した面持ちで後の言葉を待った。


「私も魔王城へ向かいます!」


 その言葉は、皆から驚きさえ奪うほどの予想外のものだった……







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